一
おはようこんにちはこんばんは、俺の名前はエージロー=カサキっていうチンケな魔法使いの探索者だ。
三年ほど昔に英知の宝珠、俺は親しみを込めてえっち先生と呼んでいるが、ヘンテコな宝珠を拾ったんだけど、それから俺の生活は一変……とまではいかなかったが、そこそこ生活は向上した。
えっち先生は○ィキペディアみたいで、俺の問いにきちんと回答してくれるし、分からない魔法も教えてくれるし、更には裏技を使って貴族だった頃の俺と同等の魔法の威力にしてくれた。
ほんと、足を向けて寝られないよ。胸に埋まってるから足は物理的に向けられないけど。
でもえっち先生と呼ぶと怒るんだぜ?
ま、それはともかく、三年前レベル十五だった俺が、今じゃ二十三まであがったんだ。最もえっち先生曰く、正直遅すぎる、だそうで。
俺は安全マージンをかなり取っている。
二十三レベルのソロなら二十階層近辺でも頑張れるだろうが、俺は十八階層で余裕もって戦っているのだ。
その分得られる魔素も少ないけどな。
あ、魔素っていうのは経験値みたいなもので、ダンジョン内の魔物を倒すと身体が魔素を吸収するんだけど、それにより肉体能力が上がっていく。
そしてレベルは体内にある魔素の総量によって決まっていて、それを測定する魔道具がギルドにあるのだ。
最も魔素を吸収するにはある程度耐性がないと死ぬので、吸い過ぎ注意だ。
つまり耐性の低い低レベルのものを下層まで連れて行きパワーレベリングしようとしても、耐えきれず死んでしまう。
で、耐性は大体レベル、イコール、階層+五程度になっている。俺なら二十八階層までなら魔素は吸収できるが、二十九階層以降だと下手すると死んでしまう。
効率から考えれば、例えばレベル三十を五人ほど集めて三十五階層で狩りまくるのが一番良いだろう。それ以上人数が増えれば得られる魔素の量は少なくなるし、少なくなると格上の魔物を倒すのに苦労する。
ただし、ダンジョンにはフロアボスというのが存在する。
今分かっているだけで十階層、二十五階層、四十階層、五十階層の四つで、こいつらは別格だ。
一番弱い十階層のフロアボスですら、ギルドの推奨ではレベル二十クラスを数人用意しろと言っている。五十階層なんて過去一度しか倒したことがないらしい。
そして五十一階層へと潜ったけど、そこからダンジョンはがらっと変わり今までの魔物とは桁違いに強く、探索者たちは諦めて帰ったそうだ。
≪汝は臆病者か? もっと奥までいけばもっとレベルもあがるだろう≫
「命大事に、が基本だよえっち先生。この世界、コンティニューもロードもできないんだからさ」
≪……汝は英知の宝珠である我の知らない言葉をよく使うな≫
「あー、この辺はまあ、説明しだすとめんど……じゃなくって難しい」
でも、さすがにえっち先生でも前世の概念や知識は無かった。
前に、特殊相対性理論を詳しく、といったら、知るかそのようなもの、って怒られたし、宇宙の果ては何があるのか、とか円周率を百桁くらいまで教えてとか聞いたら、逆に教えてくれとせがまれた。
ま、英知とはいえ、この世界に住んでいる誰かしらが作ったんだろうし、制作者の知識以上のことは知らないってのは仕方ないかな。
≪汝には仲間がいないのか? 居ればもっと下層へいけるだろう≫
元貴族、ってだけで一般の探索者には敬遠されているんだ。クランっていう探索者の集団もあるんだけど、そっちも既に三十を超えた俺じゃ、若さが足りないと言われ、入る事が出来なかった。
か、悲しくないんだからね!
どうせ前世でもぼっちだったんだ。こういうのは慣れてるさ。
それにソロなら自分のペースで気兼ねなく稼げるし、ドロップ品も独り占めできる。話し相手もえっち先生がいるから寂しくないし、良いことづくめじゃないか。
「ふっ、かっこいい男は常に孤独なのさ」
≪……すまぬ、どこにそのかっこいい男がいるのか、我に教えてくれ≫
「ここにいるだろぉぉぉ!?」
などと、えっち先生と楽しく会話しながら、俺はダンジョンに潜っていた。
ちなみに武器は小剣と短剣の二刀流だ。えっち先生に、魔法使いは魔力が切れたら何もできないから武器を使えるようにしろ、と言われて始めたのだ。
レベルのおかげか身体能力は結構あがってるし、武器の性能もかなり良いもので、十八階層でも魔法を使わずに倒せるようになった。
でも、武器を使うのはいいんだけど、武器を振り回しながらの呪文詠唱がめっちゃ難しい。未だに初級クラス、つまり詠唱が短く魔力制御も簡単なものしか使えない。
立ち止まって集中しながらゆっくり唱えるなら、もっと難しい魔法も使えるのに。
武器を振って魔物の血を取り、周りの索敵を行う。十秒後くらいに魔物の死体が粒子となって消え、あとには黒い小さな石が転がった。
これは魔石と呼ばれるもので、中には魔力が詰まっていて魔道具の燃料になるものだ。
探索者の稼ぎの九割はこの魔石だ。もっと下層へ行けばもっと大きな魔石がドロップするし、その分稼ぎも良くなる。
でも、命大事に、だ。
この十八階層で一日籠もれば二十個から三十個くらいは魔石が集まる。
それで概ね銀貨一枚いかないくらい、日本円で換算すれば一万円弱ってところだ。
宿代で大銅貨三枚、日本円なら三千円、食費が大銅貨二枚、日本円で二千円くらいかかるので、生活費だけで半分消し飛ぶ。
残りの半分は、衣類を買ったり武器のメンテナンス代で消える。つまり全く金は貯まらない。
でもこれ以上深く潜って、万が一怪我でもしたら治療費だけで金の大半はきえてしまう。生憎俺は攻撃魔法しか適正がなく、回復魔法は使えないのだ。
俺もせめて攻撃魔法じゃなく、回復魔法が使えればクランに入る事もできたのになぁ。
攻撃魔法は確かに威力は高いし、使えるものも少ない。うまく使えば格上の魔物だって倒せるだろう。
でも威力が高い分、数はそうそう撃てない。俺だって最高レベルの魔法を五回も撃てば、魔力がからっけつになってしまう。
そうなったら魔法使いなんてお荷物だ。
≪いや、並の貴族なら二回も撃てば魔力がゼロになる。汝は多いほうだ≫
「でも並の貴族より多いけど、並じゃない貴族よりは少ないだろ」
≪そうだな、原初の魔法使い直系の貴族に比べれば遙かに少ないな≫
原初の魔法使いってのは、この国を興した人たちだ。今で言えば王族とか公爵がその直系になる。
元々この国、というかこの大陸は魔物が住んでいて、人類が住むには適してない。魔素が濃すぎるからだ。
それを人類が住めるレベルまで緩和し、維持する必要がある。それには魔道具に魔力を注ぐのだが、貴族たちはその維持が大きな仕事である。
ところが二百年前、このダンジョンが発見された。そして魔力の籠もった魔石が大量に流通しはじめ、魔力の低い貴族はそのあおりを受け、俺の家のように没落する貴族が増えた。
そりゃ国にとって貴族なんてものは金食い虫だ。前世でも人件費が一番高かったし今世も同じだ。それが魔石という安いものに置き換わっていくのはある意味仕方のないことだろう。
今では貴族は万が一、魔石が足りなくなった時の保険であり、魔力を大量に持っているもの、あるいは力を持つ高位貴族しかいなくなっている。
俺は大量に持っている方だが所詮男爵、簡単に首を切られてしまった。世知辛い世の中だねぇ。
だから下っ端の貴族はダンジョンに、この迷宮都市に恨みを持っているものも多い。そのため元貴族というだけで、俺も探索者たちから敬遠されているんだよ。
ま、実際俺はダンジョンのせいで生活を失ったから、恨んでると思われ敬遠されるのは仕方がない。
このままだとだんだん貴族が減って、そのうち君主制から民主制になるのかね。むしろ迷宮都市そのものが独立したりしてな。
今だって迷宮都市の領主は公爵だがそれは形式上であり、実際都市を運営している探索者ギルド、商人ギルド、医療ギルド、職人ギルド、憲兵ギルドの五つのギルドが権力を持っている。
特に探索者ギルドは一番大きく、発言力も高い。憲兵ギルドなんてこの迷宮都市の治安を預かっているが、引退した元探索者たちがほとんどであり、探索者ギルドの子飼いとまで言われている。
ま、探索者ギルドだって大規模クランには弱いから、一長一短ではあるけどな。
≪次がきたぞ≫
おっと、長々と考え込んでしまったようだ。
敵は……うーん、バウンドワームか。あいつら見た目イモムシだから、剣で切ると体液が飛び散って服が汚れるんだよな。しかも毒付きなので、非常に質が悪い。
≪切り裂く風、敵を撃ち払え≫
リズムを足で取りながら呪文を唱え、左手に持った短剣へ魔力を注ぐ。
こうやってリズムを取ると、意外とすんなり魔法が使えるようになるのだ。魔法の呪文詠唱に必要なものは、正しい発音と正しい魔力の注ぐ量だからな。
例えば今の呪文なら、風、撃ち、のところでちょっと多めに、それ以外は平坦に魔力を注げば良いのだ。だったら足でリズムを取れば注ぐタイミングを逃さない。
そして、この短剣は魔法の発動体を兼ねていて、これを使うと多少魔法の制御を肩代わりしてくれるのだ。
こういった武器はすべてえっち先生から教えて貰った。もちろん買える訳がなくドロップ品だ。えっち先生に、この魔物を倒すとこのような武器を落とすから落ちるまで籠もれ、とか言われましたわ。
レアアイテムを求め魔物のポップ監視をしてたMMORPGのようだな。
≪【風刃】≫
力ある言葉により、短剣から不可視の風の刃が放たれ、一匹のバウンドワームを切り裂く。
更に短剣を操作すると、風の刃がリモコンで操縦しているように動き、残りのバウンドワームへと襲いかかる。
これはえっち先生から魔法の基本を教えて貰ったときにヒントを得て、自分で考え作ったオリジナル魔法だ。
どうやら俺は風との相性が良く、風魔法なら高威力の魔法も使える。ま、このオリジナル魔法は下の中といった程度だけど、柔らかいイモムシにはぴったりだ。
更に遠距離だから毒の液体がかかることもない。
しばらく風の刃を動かしてたら、イモムシたちは全滅していた。ダンジョンの地面には五~六個ほどの小さな魔石が落ちている。
それを丁寧に拾い、腰に結んである空間袋、見た目以上にモノが入る魔法の袋で探索者には必須の魔道具、へと入れていく。
バウンドワームが来るたびにそれを繰り返し、いつの間にかそれなりの数の魔石が貯まっていた。
数えてみると五十個以上、売れば銀貨一枚を軽く超える。二十階層以下でソロが稼げる額はどう頑張っても銀貨一枚いかないレベルなので今日はよほど運が良かったのだろう。
うむ、今日は一杯やってもいいかな。
とはいっても、前世で飲んでいた酒に比べれば非常にまずい。激まずと言っても良いくらいだが、酒は酒であり、酔っ払えるのだ。
もっと稼げるようになれば、もう少し高級な酒も飲めるかね。
そう思いながら帰ろうとすると、後ろからぱちぱち、と拍手が聞こえた。
振り返ると、いつの間にだろうか、そこには杖を持ったハーフエルフの少女が佇んでいた。