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第6話 最悪な一夜


 「はい、手をあげてぇ♪」


 バスの後部席からふざけた声がした。


避難する際、一緒のバスに乗り込んだ宿泊者だ。

大学生くらいだろうか? 社会を舐めきった顔をしている。

この若い男はナイフと拳銃を見せびらかせながら

運転席に来ると運転手さんに言った。


「人質ね、あんた達」

「なんだあ、そりゃあ……」


 運転手さんが凄む。

若い男は拳銃を押し付けた。


「わかんねぇかあ、コレが! アアッ?」


 私は目の前の光景が信じられなかった。

バスの中は騒然としていた。

同僚達は泣きながら頭を抱えている。

若い男は私を睨みつけると叫んだ。


「見てんじゃねーぞ! オンナあっ!!」

「きゃっ!」


 私は降り口に突き落とされた。

頭を打って、目の前に星が見える。


バキッ!


何かが折れる音がした。


「ぐあああっ!」


 ボキッ!


「ウヒィッ!!」


 何が起きているのか解らない。

私の今の体勢で見えるのはバスの天井と逆さまになった外の景色だ。


 「おい、大丈夫か!」


 宿泊者の2人が私を起こしてくれた。


「ありがとうございます」

「早く、こっちへ」


 座席へと手を引かれる。


「あっ」


 床には、若い男が両腕を真反対に折られ

他の宿泊者に踏みつけられていた。


「両腕折られたぐらいで呻くんじゃねーよ、テメェは!

そんなもんに殺される方が断然痛えんだ、このクソ野郎!!」


 運転手さんの怒りに、車内全体が静まる。


「お客様、頭を護って低くしていてください!」


 運転手さんが後部席まで届くほどの

太く大きな声で呼び掛ける。

同時にアクセルを吹かすと、勢いよく走り出した。

外にいる奴らがわめき立てめちゃくちゃに発砲してくる。

バスは行く手を塞ぐ彼らを蹴散らし、もと来た道を戻る。

それにしても山奥の道をずいぶんと速く激しく走れるものだ。


「誰か手伝ってくれ!! 大変だ!」


 前の座席の宿泊者が叫んだ。

数名の男性宿泊者が駆け寄った。


「ヤバイ!」

「ハンドル頼む!!」

「ブレーキはこれか!?」

「アクセルから足を外させろ!」


 口々に叫んでいる。

会話の内容だけで何が起きているのがわかる。

生きた心地がしない。

このバスのスピードはコントロールされていなかった。


「駄目だ!曲がり切れない!」


 細い道から弾んで飛び出し

大きく太い木に、真正面から突っ込んだ。


「お願い……夢なら醒めて」


 私は泣きながら顔をあげた。


「白い蛇は幸運をもたらすんでしょ……!!」


 血生臭さと耳に張り付く、大勢のうめき声に叫び狂った。


「お客さん、しっかりして!」


 運転手さんが私の頬を叩いた。


「あ…」


 私は悪夢から覚めた。

バスの昇降口へ突き落とされ気絶したまま夢を見ていた。


「お客さん席に座ってください。

道を塞いでる奴らを蹴散らしてやりますから」

「運転手さん、それは駄目です!今、夢で見ました!」


 私は慌てて制止した。


「……そうか……」


 運転手さんは歯ぎしりして外を睨む。


「どうしよう……」


 ライフルを構えた奴らが

私達のバスに向かって近づいて来ていた。


 「コイツに時間稼ぎをさせましょう」


 林崎君が拳銃片手に犯人の一味を踏み付けながら提案した。


「そんな事、出来んのかい?」


 運転手さんが驚いて尋ねる。


「俺も……白い蛇が出る夢を見ていまして。

ずっと夢を疑っていたのですが……。

まさに今の、彼女とあなたの会話を夢で見たんですよ。

もう、疑いの余地は無いでしょう」

「結論から聞いていいかい?」


 運転手が唾を飲み込んでから聞いた。


「俺達は助かるんかい?」



 運転手さんの質問に車内は静まり返り、一斉に林崎君へ注目した。

林崎君は拳銃を犯人の頭に突き付け言った。


「これ、3Dプリンターで作ったんだよな。

で、まともに使えるのはコレだけだ。

お前は、仲間には暴発する恐れがある物を承知で渡した。

ま、奴らがコレよりも派手な方を勝手に選んだんだけどな

お前の制止を聞かずに……だろ?」


 犯人は裏返った声で驚いた。


「何で知っているんだ!ゲボォ!!」

「……喧しいんだよ」


 林崎君は犯人の口の中に蹴りを入れた。


「前歯全部折れたぐらいで騒ぐんじゃねぇぞ。

殺される方が断然痛えんだ、クソ野郎……」


「おい、コレを仲間に伝えろ」


 林崎君は犯人にメモ紙を渡した。


「いいか、下手な真似してみろ。

警察に捕まるより酷い目に遭うぜ。

九頭竜の紋…って言やあ分かるよな……」


「ヒッ」


 犯人は慌てて首を激しく縦に振ると

頭を床に擦りつけて必死に命請いした。

林崎君は犯人を顎で促し仲間に連絡を取らせた。


「……あぁ本当だ。一度弾を全て抜いて銃口から棒を入れて

引っ掛かりを取らねぇと暴発する。

……あ!?テメェらが俺の忠告を聞かねぇのが悪いんだろ。

ま、今更だけどよ。

……ああ、待ってやるが早くしろよ。

でも待ち切れなくなったら

俺一人で楽しんじゃうからな、ヒャハハハ!」


 頭に銃口を押し当てられながら話す犯人を尻目に

運転手さんはバスの避難口を開く。

死角を利用し、ひそかに乗客を外へ誘導する。


 「この道をまっすぐ進んで下さい。足元には注意してください」


 運転手さんが声を殺しながら乗客を案内する。

手には私の『白虎隊の木刀』が握られていた。


「お客さんのコレは、俺に預からせて下さいね。

きっと役に立つと思うから」


 私がバスから抜け出すと

運転手さんが木刀を軽く振りながら言った。


「この草に隠れた細い坂道を降りると

麓の村へ辿り着きますから、助けを求めて下さい。

さ、早く」


私は深く頭を下げて無言でお礼し、草を踏む音を立てないように足早で逃げた。

 村に着くと、村の消防団が私達を集会所へ案内してくれた。

会社の皆も、旅館の人達もそこにいた。


「……あ! 無事だったんだね!」


 同僚が私にしがみついて泣いた。


「うん……でも運転手さんと林崎君が、まだ残ってる」


 私の言葉に、しんと静まる。


このままどうなるのかと不安な気持ちが高まる。


「ね、アンタさ。夢で見ていない?

運転手さんも林崎君も助かるよね!?」


 同僚が半泣きしながら私の両肩を掴んだ。

私は答えられなかった。

なぜなら、今の出来事を夢で見ていない。

重い沈黙が僅かな希望を削っていく。


*


 山陰から朝日が上ってきた。

昨晩の出来事が夢であってほしい望みは消えた。

村の人達が炊き出しをして、私達に食事を提供してくれた。


「くそ……圏外かよ」


 誰かが情報を入手しようとしたらしい。

村の人に尋ねればよい事なのかも知れないが

最悪な事態を耳にするのが怖くて誰も尋ねていなかった。

私達は各々の時間を過ごした。

まだ半日さえ経っていないのに随分と時間が過ぎたように感じる。

太陽が真上まで来た頃、村長さんが私達の部屋に駆け込んできた。


 「朗報です!特殊部隊が突撃して

男性一人が救出されたという連絡がありました!」


 村長さんの報告に安堵の声が上がったが、すぐに沈黙した。


「二人いるはずなのに……」


 最悪な事態が夢であってほしいと願う私は村長さんへ訪ねた。


「今起きてる事は夢ですか?

現実ですか?

他に白い蛇が出た夢を見た人はいませんか?

これが、また夢なんて事はありませんよね!?

目が覚めたらバスの車内で……なんて事はありませんよね!? 」


 村長さんも同僚も周囲の人達も

申し合わせたように、私から目を逸らして床を見る。


「ねぇっ! 誰か!! これが夢だって言ってよ!!」


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