第3話 起きてしまった大量殺人事件
「ねぇ、大丈夫?」
「うなされてたぞ、おい」
同僚達と上司、運転手、バスガイドが私を覗き込んでいた。
「あれ? ここは?」
「宿に着いたよ」
「えっ?!」
窓の外を見た。
皆、バスを降りて宿へ入っていく所だった。
「私、バス会社にいたのに……。運転手さんから、お茶を頂いてたのに……!」
「何寝ぼけてるんだ。ずっとこのまま宿に向かっていたぞ」
「アンタ、話してる途中で寝ちゃったのよ」
私は同僚と上司に連れられて宿に入った。
荷物を部屋に置いて先に風呂へ入る。
皆は浴衣に着替えたが、私は動き易い服に着替えた。
「やだ、アンタ。一人で浮いてるよ」
周囲からそんな事を散々言われたけど構わなかった。
だって、集まった宴会場は、20畳の大広間で天井まで5段もある押し入れがあったから。
「……夢……じゃあないよね」
私は覚悟を決めた。
私は周囲を見回して逃げ道を考えた。
部屋の2面は大きなガラス扉になっていて全開すればすぐに外へ逃れられる。1面はテーブルや座椅子などをしまう押し入れ。もう1面は襖と押し入れの一部。夢では女将がこの襖の向こう側で叫んでいた。
いや、待って……。
夢の結末は変化している。
何度も同じ夢を見て、その夢を夢の中で同僚に話して
さらに私の話しを聞いた運転手さんが進路を変えた事で
夢の結末は大きく変わった……。
でも今、私が見ているのは結末が変わる前の夢に近い光景。
どうしたら良いんだろう?
宴会が始まった。
私は襖側に座る事にした。
私が見てきた夢が、もしも正夢ならば危険をいち早く察知して皆を助けられる。私はお手洗いに行く振りをしながら小まめに部屋の外の様子を伺った。
それから1時間後、宿の正面玄関がにわかに騒がしくなった。
団体客が到着したのとは違う。明らかに不穏な慌ただしさ。
そっと近づき通路の角から様子を見たら……。
私は気絶しそうになるのを堪えて部屋へ駆け戻った。
「皆!すぐ逃げて!!」
私は襖を勢いよく開くと同時に叫んだ。
「早く! 外へ逃げて!! 殺される!!」
ああ、夢で見た女将は私だ。
叫びながら思った。何度も繰り返して見た夢の通りおぞましい唸り声が近づいてくる。同僚達も上司も一発で酔いが冷めた様子だ。
「隠れろ!」
上司が叫ぶ。
「駄目っ! 外へ逃げるのよ!」
私が制止する。
ガラス扉を全開して私は叫んだ。
「ここから離れるのよ!!」
私は裸足のまま、何も持たずに外へ飛び出した。
皆が私の後に着いて逃げてくれると思ったからだ。
だが、50人もいれば様々な人がいる。
立ち尽くす人
私に罵声を浴びせる人
自分の靴や貴重品を探し回る人
我先にと押入れへ隠れようと争う人……。
「外へ逃げて!」
私は最後にもう一度叫ぶと暗闇へ一目散に駆け出した。
私がバスの中で見た夢は旅館にいた人全員が惨殺されたニュースだった。
そしてそれを、目の当たりにした。
奴らはロビーにいた人達をなぶり殺していた。
すぐに現場から離れなければ……。
「ねぇ!別れ道だよ!どっちへ行けば良いのよ!」
同僚が私に食いかかるように言う。
この別れ道も夢に出て来た。
夢では左側から化け物が来た。
だから……。
「右!」
そう、右の道へ逃げなければならない。
私が同僚達を連れて走り出そうとしたら上司が大声で怒鳴った。
「左だろ!俺達は左から来たんだぞ! 街に出て助けを呼ばないと!」
「駄目です!左からは化け……いや、”悪い奴ら” が来ます!」
私の言葉は無視され、大多数は遠くに街がある左の道へ進んでしまった。
私の言葉を信じてついて来たのは毎度、話しを聞いてくれていた同僚とその友人の2人だけ。同僚の友人とは今まで仲良くなかったが、これを機に打ち解け和えた。
「宿から離れた場所で、さらに宿の屋根を見られるくらい高い所へ逃げるの」
私達は月明かりを頼りに背が高く登りやすい木を探しながら走って逃げた。
「ね! あの木は? あの木はどう!」
同僚の友人が叫ぶ。3人が上まで登っても折れなそうで、尚且つ登りやすい丈夫そうな木を指差した。
***
私は今、私と一緒に逃げた同僚2人と共に地元の警察署で保護されている。そして、心療専門の医師が付き添いながら状況を詳しく説明をしている。
月明かりの中、3階建の宿の屋根よりも高い木の上で見た光景は
悪夢であって欲しいと願うほどの残酷なものだった。
だが、紛れもない事実……
危険ドラッグを集団で吸った奴らがスプラッタ映画さながらの事を実際にやってしまった。
理由は、簡単に出来そうという興味本位から。
危険ドラッグの使用と『集団』という気持ちが大きくなる要素が合わさって起きた最悪な殺人事件だった。
会社は大きな式場を借りきって葬儀を執り行った。
関係者以外の立ち入りを禁じた。
なぜならこの事件で助かった社員は50名中、私と同僚、その友人と他数名で10人足らずだった。
助かった人達は皆、車中で私の夢を聞いていて一か八かで夢の話を参考に避難していた。
「吉村さん……良い人だったのにね」
同僚が目を赤く腫らして鼻をすすった。
「白い蛇が這い廻った場所……あれは『居てはいけない場所』を意味していたのよ」
私は今まで見てきた夢を一つ一つ思い出して、何がどのように現実を暗示ていたのかを考えていた。
「ねぇ、もしこれが夢ならば、今度は皆を助ける事が出来るよね」
私は事件が発生した当時時計をしっかり確認していた。
「なに馬鹿な事を言ってるの」
同僚は激しく私の肩を揺らした。