第1話 連日連夜、繰り返される同じ夢
私はここ1ヶ月、同じ夢を繰り返し見る。
あまりにも同じ夢を繰り返すので自分は変になったのかと憂鬱になった。
もしかして『うつ病』?
病院に受診してみたがとても健康だと、医師から太鼓判を押された。
そして納得できないまま今日を迎えた。 社員旅行のバスの中でもいつものように、同僚に愚痴る事にした。
「私ね、また同じ夢を見たんだよ」
「またぁ?」
「うん……。もう何回目だろう……。」
「で? 今回はどうしたの?」
同僚は、私から毎日毎日聞かされて更に旅行先でも聞かされたので、さすがに呆れ顔になった。 でも、私としては真剣だ。 これほど酷いと何かのお告げかと感じてしまう。 同僚は深いため息をすると腹をくくったように、私の話を聞く体勢になった。
「え~と。 最初はどんな夢だったけ?」
「最初はね……」
こんな夢だった。
「どこかへ向かう為に田舎道を歩いていると大きな1本の木と、その根本に消火栓がある分かれ道に辿り着いたの。 左右どちらかに進むんだけど、私は右側の道を選んでずーっと進んで行って、古びた旅館へ到着したの。 ご馳走を食べて、大きな露天風呂にゆっくり浸かって……」
「あらやだ、アンタ。 夢でも長風呂?」
「……別に良いじゃない」
「怒らないの! 続けて♪」
「じゃ、続けるよ。お風呂から上がって、部屋に戻ったの。 がらりと襖を開けたら20畳以上の広い部屋一面にありったけの布団が敷かれていたの! 凄いでしょ!? で、どの布団で寝ようかなって見渡していたら部屋の外が突然騒がしくなって……。 『化け物がやって来るから逃げろー!』って女将が叫んでいるのよ。 私は慌てて部屋の押し入れに隠れたの。 とりあえず1段目に。 でも、この押入れは不思議な造りでね……」
「押入れが不思議な造り?」
同僚が興味なさそうに聞き返す。私は、これが重要なんだと強調してから話を進めた。
「この押し入れはね、不思議な造りで縦に5段もあるの。 だから、5段目は見上げるような高さなのよ。”吹き抜け” じゃないんだけど見上げるような高さなの。 とにかくね、私って高い所が苦手でしょ。だから押し入れの1段目に隠れたの。そしたら、すぐに……雄たけびが聞こえてきて……。
例えられないな、あの声。なにしろ、恐ろしい声を上げて部屋に乱入して来たの。同時に、ギャー!って悲鳴が上がって喰われて骨がバキバキ鳴る音とか凄かったのよ!」
「……で?」
「押し入れに隠れた私は助かったよ」
「おぉー! 某アニメの見過ぎ!」
「違う!」
あの生々しい叫び声や、音は ”寝る前に見たTV番組が影響している” なんて程度では無い。
この夢は、次の日も次の日も同じ状況を繰り返した。
「同じ夢を繰り返して見るのね……。そりゃ疲れるわ」
同僚が同情した口調で言う。私は真剣に話すのが面倒くさくなった。
でも、何か胸騒ぎがするので続けることにした。
「何度も繰り返して見ているとね、そのうち、”これは夢だ”って夢の中で気づくの。だから夢の中で考えたのよ、今度は隠れる場所を変えてみようって」
「あら、そんな事出来るの?」
「出来たの! まずね……」
私は一息ついて心を落ち着かせて一気に話す準備をした。
そして同僚へ再び視線を向けたとき
「あれ?」
この場面を夢で見ている事を私は思い出した。
「どうしたの?」
同僚は私の顔を覗きこむ。
「ううん、何でもない……」
実は何でもなくは無い。
同僚の顔と、その向こうに見える窓の外の風景を私は ”夢” で見ている。
今、私は現実に起きているのか? それとも布団の中で夢をみているのか……。頭が混乱しそうになりながらも、私は夢の中で起こした行動を一気に話し始めた。
「同じように、女将が『逃げろ!』って叫ぶの。私は今回も押し入れの1段目に隠れた。でも、毎回同じ場所で良いのか?と疑問に思ったのよ。だから今回は3段目に隠れた。2段目の扉に足をかけて身体を捩らせないと入れない高さだけど、ここは2段目よりも更に安全だと考えたから。 間もなく方々から悲鳴が聞こえてきて……あの、おぞましい雄叫び声と喰らう音が……。
とてもリアルな音に聞こえたし。 驚いた事にね、その化け物が1段目と2段目の押入れを開けて隠れていた人達を食べたのよ!
もし、前回と同じように1段目に隠れていたら……もし、変えた場所が2段目だったら……こうやって頭を抱えて息を殺してじっとしていたの。
そのうちに化け物はどこかに行っちゃった。救助隊が来て私を助け出してくれたけど辺り一面、血の海で喰い散らかした肉の破片や折れた骨なんかが散在しているの。でね、また次の日もその夢を見たんだけど、今度は、大きな変化があったの!」
「大きな変化って?」
同僚は話に飽きてきたように言った。
「夢の中で、これは夢だ! と確信していたから試しに夢を ”変えてみよう” と思ったの」
「ほう! どんな風に?」
「女将が知らせる前に、私が知らせてみたの。『この旅館に化け物が来て、この旅館に居る人達が喰われてしまいます。 今すぐ逃げて下さい』……って」
「で、どうっだた?」
「呆気にとられた顔された」
「夢の中の人に?」
「そう。頭にきたわ」
「やだ、変なのぉ! 目を覚ましちゃえばイイじゃん」
「今はそう思うよ、でもね……」
「じゃあ、どうしたの?」
「当然、私の近くの人を手当たり次第連れて逃げたよ!それでね、あの押入れの5段目まで上がったの。よく見たら、天井裏につながる扉があってね、そこを潜って屋根の上に出たの」
「高所恐怖症なのに、よく登ったねアンタ……」
「必死だったのよ。それでね、見たの!」
「何を?」
「化け物が旅館に入る所を!」
「化け物を見た?」
同僚は声を裏返して聞き返した。
「で、どんな化け物だった?」
「大きな……大きな蛇」
「古風だねぇ~」
「ちょっ……! こっちは真剣だったのよ! だって……」
同僚はシラーっとした目で私を見る。
そんな私が、同僚に詳しく説明しようとした時、バスガイドさんが「サービスエリアに到着します」とマイクで伝えた。
全員バスから降りて、しばし休憩。
お土産売り場を見て回っていたら、白虎隊のイラストが印刷された木刀を売っていた。
「あ……私、これ買おう」
「やだ、あんた。まだ現地に到着してないんだよ。なんで、もう買うわけ? 荷物になるだけでしょ。今から買う人なんていないよぉ!」
「いや……。これ、役に立つから……」
「まさか、『今』を夢の続きだと思ってるわけ? しっかりしてよ! 社員旅行だよ! 現実のぉ!!
もうっ……吉村さ~ん! この子変なんですけどぉ!」
同僚が私達の上司の吉村課長を呼んだ。
気さくで良い人だが、心配癖があるおじさん。
「どうした、バス酔いか? 」
「木刀が……役に立つと思うんです」
「……おいおい、顔が青いぞ。 目も座ってるし。 もしかして、入院が必要じゃないのか?」
「いや、吉村さん……この子にそんな必要ありませんから」
「でもなぁ……社員旅行で具合が悪くなっちゃなぁ。お前、とても楽しみにしていただろ。 今夜は牛鍋だからしっかりしろ!」
私は『今』社員旅行に参加している。
バスの中で同僚に夢の話をしていたので夢と現実の区別がつかなくなっていたらしい。