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夢解きトロイメライ  作者: とよきち
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第八話 『エコー』 前編

 夢は隠し事をしない、とユングは言った。

 夢は願望充足である、とフロイトは言った。

 夢は私の感情である、と何かの本で書いてあった。

 つまりある種の夢の正体とは、無意識の奥底に隠された感情にあるのかもしれない。

 燃え上がるほどの怒りが、狂おしいくらいの恋情が、恥ずべき劣情が、大いなる渇望が、人の心の奥底に秘められて、抑圧されて、押し殺されて――夢というものが生まれる。

 幸せな夢も、悪夢も、そして【トロイメライ】も。

 ガラリと開けた教室のドアの向こうに、彼女は立っていた。

 誰もいない教室。三年四組。そこでは生徒たちの机と椅子が整然と並び、壁には巨大な黒板が静寂と共に横たわっている。日常の裏側の、その最奥に相応しい場所だった。

「こんばんは、籠手崎先輩」

 開け放ったドアから入り、入夜は軽く頭を下げてそう言った。

 彼女は窓際にいた。返答はなく、こちらに背を向けて微動だにしない。ウェーブのかかった亜麻色の髪が背中に広がり、セーラー服から華奢な脚が覗いていた。その足が宙に浮かず地面についている点を除けばさっきと様子は変わらなかった。

 ほんのわずかな違い。

 その違いが何を意味するのかも、意味があるのかもまだわからない。ただ、もしかしたら接触したことで彼女の【トロイメライ】に変化があったのかもしれなかった。

 人の感情が絶えず流れて変化するように、【トロイメライ】もまた変化する。

「……ねぇちょっと入夜くん、どうするつもり……?」

 振り返ると、心配そうな顔をした凛音がいた。

「大丈夫ですよ。籠手崎先輩の夢を解くだけです」

「夢を解く? なんか前も言ってたね、それ」

「簡単に言えば幽霊を成仏させるみたいなものですよ」

 言って、入夜は籠手崎のほうに向き直る。

「夢というのは、『抑圧された感情』から生まれるんだそうです」

「え?」

「心理学者のユングやフロイトが導き出した答えですよ。夢には自分の隠された感情、願望があると。そしてその夢を見なくなるようにするには、『抑圧された感情』を暴き出して、原因を突き止めて、それを本人に認識させることで夢から解放されるんです」

「……」

 返事はなかった。またぞろ子供っぽく首を傾げているのかもしれない。入夜は人差し指を立てて、ヒントを与える。 

「【トロイメライ】は、夢の性質を持つ存在です」

 途端にあっ、と声を立てる彼女。

「……もしかして、籠手崎さんのもその、『抑圧された感情』を突き止めれば解決できるってこと……?」

「ご名答。僕はそれを、『夢解き』と呼んでいます」

 厳密には本来使われていた『夢解き』の意味合いが違ってくるけれど。

 一通り説明を終えて、入夜は改めて籠手崎のほうを見る。相変わらず後ろを向いたまま、まったくといっていいほど動いてない。意識があるのかもわからない。

 籠手崎澄歌。

 才色兼備の称号をほしいままにし、多くの男子から迫られる高嶺の花の存在。それが少し前に無鉄砲な一年生にこの教室で白昼堂々告白され、逃げ出して、テストの成績も落ちて、そしてついに【トロイメライ】まで出現させてしまった女の子。

 そんな彼女が無意識に抑圧している感情は――

「わかったよ、入夜くん」

 と、入夜の思考を遮るように後ろから確信めいた声が飛んできた。

 振り返ると、凛音が珍しく真剣な表情で近づいてきた。入夜の横を通り過ぎ、一歩前に踏み出した。そしてビシッ! と人差し指で籠手崎のほうを指をさし、

「籠手崎さんはきっと、恥ずかしかったんだよ!」

 そう明言した。腰に手まで当てて自身満々な感じ。

「…………あの、凛音さん?」

「任せておいて入夜くん」

 言って、凛音は首だけ振り返ってシュビッとサムズアップ。

「こういう汚れ役は……先輩であるあたしが引き受けるから!」

「なんかカッコいいこと言い出しちゃった!?」

 全然意味わからないけれど。いかにもベタなドラマで吐きそうなセリフだった。

 一体どうしたんだろうか。……というか、汚れ役?

 凛音は籠手崎に向き直り、再びビシッと彼女に人差し指を突きつけた。

「籠手崎さん。あなたは恥ずかしかったんだよね、一年生に告白されちゃったことが」

 ああもう、という入夜の呻きも聞かず、凛音は続ける。

「あなたはそれまでたくさんの男の子に告白されてきた。バスケ部エースの佐伯くんとか、成績トップの臣越くん、柔道部主将の内藤くんとそうそうたる面々に告白されたと聞いているわ。……それで、あなたはいつしか天狗になってしまった」

 天狗って。

「それまでハイスペックな男子に告白されたものだから、あなたはどこの馬の骨とも知れない一年生に迫られて、ショックを受けたんだよね。だから、恥ずかしかった」

 するとその瞬間、ずっと窓際で後ろを向いていた籠手崎の肩がわずかに跳ねた。

「やっぱり図星ね……」とそれっぽく呟く凛音。入夜は思わずため息をついた。

「……もう満足しましたか、凛音さん」

「無事に解決したよ入夜くん。さすがのキミも、先輩に向かってこんなこと言いたくなかったでしょ?」

 と凛音はどこか満ち足りた顔で振り返ってきた。平たく言えばドヤ顔だった。

「ええ、人を天狗扱いしたり好きな異性のことを馬の骨扱いするなんてできませんよ、僕には。それで、『さすがのキミ』ってどういうことですかね?」

「それは……あはは。誤解だよ入夜くん。むしろ言葉の綾…………って、ん? 好きな異性?」

 ええ、と入夜は首肯する。

「残念ながら逆なんですよ、凛音さん」

「…………ありらりらん?」

 ぽかんとしたその表情。まるで開いた口が塞がらないという感じで少しおかしかった。なんというか、色々残念だ。呪文みたいなリアクションも含めて。

 唖然と固まる凛音の前に進み出て、バトンタッチ。

 一つ息を吐き、静かに入夜は籠手崎に問いかけた。 

「籠手崎さん、あなたはその告白してきた一年生に恋をしたんですよね?」 

 その直後だった。

 後ろを向いていた籠手崎澄歌が、ゆっくりと振り向いたのは。

 そして誰もいない教室で、ひそひそという囁き声が聞こえてきたのは――  

 


……なんか、凛音さんがどんどん残念な感じになってる気がします(笑)二章以降で汚名返上させてあげようかなと。

それでは後半へー続く(ちびまる子風)

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