第三話 『肝試しでもしませんか?』
「ほら、気づいたら知らない場所に監禁されてパニックホラーなゲームが始まる映画とかあるじゃない? モニターに気味の悪い人形が映ったりするやつとかさ。うう、足を錆びたノコギリでギコギコ切るシーンとか思い出しただけでもダメだあたし……。えっと、入夜くんだっけ? キミがタイミング良く現れたのもあってさ、(ちょっと怪しげだったし……)、あたしてっきりそういう類いの黒幕さんなのかなーって思ったんだよね。どう? あたしの推理ちょっとは当たってたりする?」
と、桃里凛音は立て板に水を流すような調子でまくし立ててきた。
河原から橋まで上ってきた彼女に対し、『黒幕ってどういうことですか?』という入夜の質問の答えがこれだった。なにげにボソッと何かを言ったような気がするけれど、気にしないことにする。
入夜は苦笑しつつ首を振った。
「僕がその黒幕だったらすでに手足の一本や二本はなくなってると思いますよ」
「言ってることがすでに怖いよ!?」
「例えですよ、例え。僕がそういう悪人だったらって話です」
そういう役はホラー好きの誰かさんのほうがハマりそうなものだけれど。
桃里凛音は訝しげにその薄茶色の目を細め、入夜を値踏みするようにじぃっと睨めつけてきた。表情がコロコロと変わる人だな、と入夜は思う。せっかく大人びた顔をしているのに。
「キミ、二年生って言ったっけ?」
「はい」
「あたし、三年生」
ずい、と三本指を入夜の前に突きだしてくる。まるで年を聞かれた三歳児みたいな仕草だ、とは思ったものの、実際、紺色のセーラー服のリボンは白だったので、三年生だということは本当みたいだった。しかし、その威嚇めいた主張の意図がわからない。
「……えっと?」
「年長者は丁重に扱わないとダメなんだよ。崇め奉らないとバチが当たっちゃうの!」
そう早口で喋る彼女は手足が可哀想なくらいプルプル震えていた。背丈は彼女のほうが自分より少し高いはずなのに。まるでネズミに怯える子猫みたいだった。
「いや、だから僕は黒幕とかそういうのじゃないんですってば。涙目で本気で恐がらないで下さいよ。……桃里先輩」
なるたけ優しく諭すように入夜は言う。両手を広げて、危害は加えませんのポーズ。震えた子猫はしばらく警戒していたものの、ようやく信じてくれたようだった。彼女はホッとしたように少し膨らみのある胸に手を当てて、短い息を吐く。
その後は少し沈黙があった。気まぐれな幽霊がふらりと通りかかったのかもしれない。
しばらくして、彼女はその薄い唇を開いた。あのさ、と穏やかな笑みを浮かべながら。
「あたしのこと、名前で呼んでくれないかな。あんまり苗字で呼ばれるの好きじゃないんだよね」
「……凛音、先輩?」
「さん」
「わかりました、凛音さん」
よろしい、と彼女はもっともらしく頷く。崇め奉れと言ったり名前で呼べと言ったり、なかなか思考回路が読みにくい人だと思った。まぁ、多少は気を許してくれたのは確かなようだった。少し疲れたけれど。
またぞろシャボン玉を吹きたくなる衝動を抑えて、入夜はため息をつくに留めた。
「それで、凛音さんは気づいたら河原にいたんですよね?」
彼女は思い出したようにあっと声を立てる。
「そうそう。そうなのよ。それまでのことなんかぜーんぜん、覚えてないしさぁ。あたしって夢遊病なのかなーって思わず疑っちゃうよね」
「いや、夢遊病ってわけじゃないと思いますよ」
即答すると、凛音は薄茶色の瞳をパチパチと瞬かせる。
「えっ、どうしてそんなことわかるの? ……ハッ! やっぱり入夜くんってパニックホラーの黒幕さん……!」
と、ファイティングポーズをとる凛音。
「ではありません」
と、ガードを構える入夜だった。
「じゃあどうして……っというかそもそもあたし、入夜くんに『気づいたら河原にいた』って話してなかった気がするけど。もしかして名探偵? 実はまさかの超能力者?」
「……僕は謎解きは得意なほうじゃないですし、超能力も使えません」
少なくとも今は、と入夜は心の中だけでつけ足した。
そもそも『気づいたら河原にいた』という事実は会話の流れからくみ取れるものだ。
ふと夜空を見上げると、楕円の形をした月が一段と輝いていた。悪魔が指先でも触れたらたちまち溶けてしまうような、清く柔らかな光。首から提げた銀色のシャボン容器が月明かりで鈍く光っている。
それを入夜は右手で軽く握りしめ、静かに呟く。
「僕が解くのは謎じゃなくて――夢を解くんです」
すると案の定、凛音は首を傾げた。子供っぽくきょとんとした表情で。
「どういうこと?」
「凛音さんがどうして河原にいたのか、その謎が解けるかもってことです」
「……はぁ。本当、入夜くんって何者なの。謎すぎるよキミ」
「それも含めて事情は後で説明しましょう。とりあえず、僕についてきて下さい」
「? ついてくって……どこに」
戸惑う凛音に入夜はニコリと笑みを作り、
「あそこです」
と、ある場所を真っ直ぐに指さした。
そこは、入夜が本来目指していたゴール地点。遠くの闇の中にうっすらと、真っ白な巨人がうずくまるように佇んでいるのが見える。
日常の裏の――その最奥。
指さしたまま、入夜は努めて軽薄に言った。
「僕らの学校、天ヶ紅高校で肝試しでもしませんか?」
今回の狙いとしてヒロインの印象づけというのが一つあったのですが、いかがでしょうかね。外見大人びてるけど中身は子供っぽいのって個人的にはけっこう好きなんですが(笑)




