第六話 不安
夕飯の準備をしていると母の陽子ーようこーが帰ってきた。陽子には霞が一通り説明を済ませ四人は夕食を食べ始めた。
「そう言えば、今日私が相手した妖魔ね、死体の数と討伐数が合わなかったのよ。確か、六体足りなかったのよ、多分その死体を使ったんじゃない?見た目犬だったし」
「そうか…。確かに、魔力をかなり上手く隠してるしバレずに死体を持ち去る、それくらいはできそうだね」
「それじゃあ、逃がした分も合わせて残りは五体か…」
一体深手を負わせたとはいえ相手は死体だ、そんなことをものともしないだろう。気を抜けないな。
「それに術者の方も警戒しないと相手はS級なのよ?」
「ねえ、お母さんの方で警護とか頼めない?」
「多分無理ね~、狙われている明確な理由とかが分からないと軍も隊を出してはく
れないと思う。まあ、一応頼んでみるけど」
「ありがとう、母さん」
「お礼なんていいのよ、可愛い我が子を守るのは親の勤めよ」
その一言で緋日の表情が暗くなった。それに気づいた姉さんが少し声を上げる。
「あっ、お、お母さん!」
「あっ、ご、ごめんなさい緋日ちゃん!え、え~っと、そ、その~」
「大丈夫です、陽子さん。私は、大丈夫ですから…」
笑顔で答えるが、無理して笑っているのはこの場にいる全員分かっていた。
緋日は幼い頃に妖魔により両親を失っている。両親とも優秀な退魔師だったがSSS級妖魔、識別名「九尾」との戦闘で命を落とした。二十人編成で内十八人が死亡、緋日の父神崎貴弘により相手にもかなりの深手を負わせたのだが討伐までには至らず後一息のところで逃げられたらしい。母親もこの時の戦いで命を落とした。親同士が友人関係にあったので一時期うちで一緒に住んでいたこともある。そのため、緋日がどんなとき無理をするとかはみんな分かっていた。そんな緋日に母さんが言う。
「…私は、緋日ちゃんのこと本当の娘みたいに思ってるから、だから、寂しくなったらいつでも言ってちょうだいね?家は部屋数余ってるから、いつでも一緒に住めるわよ?」
「そうよ、いつでも来てちょうだい」
同調し姉さんも言う。
「…ありがとうございます」
緋日も本心で言ってくれているのが分かっているので照れたようにはにかみながら言う。だが、まだ少し表情は晴れない。
「それより今後どうするかを話しちゃおう」
少し強引な話題転換だが致し方あるまい。みんなも気づいたのか話に乗ってくる。
「そうね…一応、明日も登下校はついて行くわ」
「それには私も同行しよう」
「…そうだね、分かった。お願いするね」
姉さんと緋日の二人がいてくれるというのは正直かなり心強かった。
「学校にいるときは守ってあげられないから心配だけど…」
「大丈夫だよ。校舎には結界を張ってあるし今日程度の奴らなら入ってくることは出来ないだろうし。術者の方も今日の感じじゃ術者が表に出てくるってわけでもなさそうだし」
「それでも心配なのよ。今回は死体がB級だったからよかったもののもし相手が死体のストックを持っていて、それがA級やS級だったら一般高校の結界なんてすぐに壊されてしまうわ」
姉さんが言うことも分かるが、僕の考えは違った。
「それは無いんじゃないかな?」
「どうして?」
「死体にストックがあるなら今回、見つかるかもしれない危険を冒してまで死体を回収する必要は無いだろうしね。多分突発的に考えたことだと思うよ」
「成る程…」
「まあ、今朝の死体って確定している訳じゃないから確証は無いけど」
とは言え、この線が一番有り得ると思う。
「それに六体の内半数しか使わなかったんだから単に妖魔が僕らをからかっただけという事もあるだろうし、あまり難しく考えすぎない方がいいかもね」
「そうかもしれないけど…もう少し危機感を持ってちょうだい」
「分かってるよ」
その後、夕食を食べ終わりお風呂から上がり自室に入る。ベットに横になると綴は息を吐いた。
「ふうぅ…」
正直言って綴は不安だった。どんな意図があれ自分が狙われたのは事実であり、死にそうな思いをしたのもまた事実であったからだ。家族の前ではあまり心配をかけたくなくいつもの態度を装ったが内心は不安で仕方なかった。
「明日は何もないといいけど…」
ふと、コンコンと扉がノックされる。
「綴、入っても平気?」
どうやら緋日が来たらしい。起き上がり返事をする。
「大丈夫だよ」
扉を開き緋日は部屋に入ってきた。緋日は僕より先にお風呂に入ったため彼女は寝間着姿だった。扉を閉め綴の前に座る。
「夜中にごめんなさい。少し話したいことがあって」
夜中と言われ時計を確認するともう夜中の十二時をまわっていた。
「いや、大丈夫だよ。それで、話って?」
「今日話してるとき綴無理してたでしょう?」
「無理なんてしてないよ」
一瞬ドキッとしてしまうがなんとか平静を装い答えるが少し声が堅くなっていた。
「嘘、綴ずっと不安そうな目をしていた。霞さんも陽子さんも気づいてる」
綴は諦めたように息を吐きベットにあを向けに倒れる。
「みんな気づいてたのか…。カッコ悪いところ見せちゃったな…」
「そんなこと無いよ。綴は今日が初戦だったから。それに、綴は一般人だから、本来妖魔に関わることなんてほとんどないし、不安を覚えても仕方ないってみんな分かってるよ。それに、妖魔二体相手に耐えたんだからたいしたものだと思うな!」
「耐えたと言っても途中氷霞が助けてくれなきゃやられてたかもしれないしな…」
実際、あのとき僕は前から来る攻撃を避けられなかった。あそこで大怪我をして動けなくなり殺されていたかもしれない。
「そう考えると、運が良かったな…」
「そうね…。あの、もし明日に不安が残るようならその、一緒に寝てあげてもいいけど……」
「え?なに?」
言葉の最後が尻すぼみになっていてよく聞き取れなかったので聞き返す。
「う、ううん何でもない!…そう、明日学校休んで警護しようかって言ったの!」
なぜか顔を赤くして言う緋日に答える。
「いや、流石に学校を休んでまで警護してもらうわけにはいかないよ。それに杞憂で終わるかもしれないしね」
「そう…分かったわ」
そう言えば緋日は僕が不安に感じてると誰よりも早く気づいて一緒にいてくれたな…。と、ここで先ほど緋日が何を言いたかったのか思い当たった。
「まあ、だから別に添い寝してくれなくても大丈夫だよ」
「!?…聞こえてるんじゃない!もう!」
耳まで赤くして怒る緋日には悪いが恥ずかしそうにもじもじしているのであまり迫力は無い。むしろ可愛らしい。
「ははっ、ごめんごめん」
「む~~~」
ぷくっと頬を膨らませる緋日に自然と笑みがこぼれる。
「聞き取れなかったのはほんとだよ?ただ、僕を心配してくれている緋日を見て小さい頃のことを思い出したんだ。緋日は、僕に何かあると良く一緒の布団で寝てくれたなと思ってさ、それで何が言いたかったのか分かったんだ」
「そんな昔のこと覚えてなくていいのに…」
また恥ずかしそうに俯く緋日。
「でも、嬉しかったんだよ?あの時も、今だってさ。僕のことを心配してくれてさ。だから、ありがとう」
「い、いや、別に、何というか……どういたしまして」
取り繕う言葉はいらないと感じたのか素直に答える緋日。それからスッと立ち上
がる。
「それじゃあ、私もう寝るね。明日の送り迎えは任せて。必ず守り抜いてみせるから」
「ああ、よろしく頼むよ」
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
そう言うと部屋を出ていく緋日。この時には緋日のおかげで綴には不安はかけらもなかった。