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ふるさと  作者: 夕顔
9/13

それから

 そして直は休学のまま在籍している大学を辞めた。


 だが暫く引きこもるとその年のうちに違う大学を受け直し、無事合格を果たした。

 その大学も県外だった。


 私は当時大学の事をあまり理解していなかったのと、あれ程落ち込んだ直が動き出した事が嬉しかったため、特に何も言わなかった。


 私の母は何かを知っているようだったが、おじさんが亡くなってからは直がいない所で彼の話しをする事を私が嫌がるようになったため、何も話さなかった。

 うっかり気が緩んで泣いてしまうなどしたくなかったのだ。


 思えばこのあたりから私は実家で直の話をしなくなったように思う。


 そして彼は携帯電話を持たない人なので、相変わらず実家に帰って来ない限り本人と話しをする事も無かった。




 それでも次第におばさんも直も元気になり、大学二年生頃には昔の彼のように明るくなっていた。


 理屈っぽい部分も柔らかくなり、少しの事でも笑うようになった。


 大学も彼に合う所なのだろうと私は安堵した。




 私はおじさんの葬儀から髪の毛を染める事をやめて、服装も派手な物を着なくなった。

 もうすぐ社会人という自覚もあったが、もう派手な服装でいられるテンションが無くなった事が一番大きい。




 先に社会人になった私だが、恋愛の方は相変わらずだった。


 マニュアルからは大分脱し、良い雰囲気の人はちょくちょくいたのだが、所謂彼氏にはならなかった。

 このあたりにどうやら私はダメな男に惹かれる事が分かり、それに気付いてからは相手の条件や背景の方を見るようになった。






 直が大学三年生の夏休みで帰省している時に、珍しく

「海に行こう」

と誘ってきた。

 海やプールが嫌いな彼が珍しいと思い了承したのだが、泳ぐから水着を持って行くと言ったので、日焼けをしたくない私は嫌がった。

 だがしつこく食い下がったため渋々海へ行き泳ぐ事にした。

 どうせ焼けてしまうのなら中途半端は嫌だと思い、布面積が少な目のビキニを着る事にした。


 いざ海に入ってみると直は小学生の頃から変わらずカナヅチで浮き輪を抱いている。


 私は驚いて

「何で海に入るのよ?」

と訊ねると、どうやら泳げるようになりたかったようだ。


 そこで私が泳ぎの指導をする事になったのだが、浮き輪を離すと海でも沈んでいく彼を導くのは相当難しかった。

 浮き輪が無い環境にまず慣れさせようとしたが、手を繋ぐだけでは怖いようで、結局私に抱きつきながら浮く練習だけで一日は終わってしまった。


 最初のうちは自分の素肌に直が触れる度に緊張しビキニにした事を後悔したが、彼が若干震えていた事もあり気にしないようにつとめた。


 この日は素人目には泳げるようになるとは映らず

「直もうカナヅチで生きていきなよ。」

と私が言うと少し不貞腐れて落ち込んでいた。




 直とはそれからも何度か海へ行ったが残念ながらあまり変化は無かった。


 しかしある日匙を投げたくなった頃におばさんから、私が仕事中の時にも直が一人で市民プールへ通っている事を聞いた。

 私が思った以上に本気で泳げるようになりたかったようだ。


 スクールに通うのは恥ずかしいから自主トレで泳げるようになる事を目指すようで、それを聞いた私は笑って彼をからかった。

 彼は私に弄られ

「うるせえバカにすんな!」

と言って笑っていた。


 それからは私もたまに市民プールへ付き合って、沈む直を見守った。


 この頃は小学生に戻ったように楽しかった。




 思えば直は私より何でも出来て、カナヅチは私が直に勝てる少ない弱点の一つだ。






 その年の終わりにおばさんのお母さんの調子が悪くなり暫くそちらへ住むという事で、直の実家は引っ越しをした。

 今の家は貸し出す事にしたようで

「またそのうち帰ってくるよ。」

と言っておばさんは少し遠くにあるお母さんの家へ移り住んだ。


 私は少し寂しかったが、この頃には運転免許もマイカーもあったのでその時はそれ程深く考えなかった。


 しかし現実的には、おばさんのお母さんの家に簡単に遊びに行けるものではなく、携帯電話を持たない彼とはますます疎遠になってしまう。




―――――

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