表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふるさと  作者: 夕顔
8/13

回想

―――――




 私が直を泣きながら叩いた次の日、彼が昔から好きだったジュースと母からおばさんへと頼まれた物を持って彼の家へ謝りに行った。


 雪が降っていた。


 ばつが悪いが、せっかく帰省しているのに喧嘩をしていては勿体ないと思った。

 それに昔からのように、直は私の不機嫌を意に介さずにいつもの顔をするはずだ。


 思えば少し前から私の方が短気だったように思う。

 しかし外面はお互い真逆だった。




 私は昨日腕を掴まれてから出来上がった小さく暖かい塊を、直の顔を見て確かめてみたいところもあった。




 確かめたところでどうにかなるものでも無いのと、気付かない方が良かったような後悔もあり、しかしそれ程深い意識を持たずにいつものように彼の家のチャイムを鳴らした。


 何回か鳴らしたが反応がなく、ドアノブに手をかけると鍵がかかっていないため玄関に入り声をかけたが同じく反応がない。


 私だけの用事ならまだ良いが母から荷物を任されているため少し考えてから家の中に入った。

 実はこれが初めてではなくこういう事は今まで数えきれない位あって、小さく「お邪魔します」と言ってからリビングへ向かいソファに腰かけた。




 するとあまり時間が経たずに玄関のドアが開いた。


 玄関には直がいて、靴を脱いでいた。

「おかえりー。」


と声をかけたが反応が乏しい。


 母から頼まれた物を渡すと彼は無表情で

「ああ」

と言って受け取った。


 私は謝りに来たはずが理不尽にも、私が予測したいつもの直の表情ではない事に少しずつ苛つきながら自分の部屋へ向かう彼の後をついていった。






 すると

 部屋に入るなり抱き締められた。


 何がなんだか分からなかった。


 でも強い力で抱き締められる事で、心臓と共に昨日湧いた塊が疼き出し、体の力が抜けそうになった。




 私は気付いたら心地好さに溺れて全身を直に委ねていた。




 直前まで苛ついていた事などどこかへ飛んで行った。




「ああ。

 やっぱりそうなのかもしれない。」




 そう思いながら目を閉じると、暖かい塊は私に幸せという感情を教えてくれた。






 暫くすると彼は小さい声で一言だけ言った。




「父さんが死ぬって。」




 舞い上がっていた私は地面に叩き付けられたように自分を取り戻し、今度は地面に沈められて視界が真っ暗になったような気がした。






 直のお父さんは癌だった。


 ずっと風邪による体調不良だと思っていたようだが、いよいよ耐えられなくなり初めて病院へ行って発覚したそうだ。

 つまりもう末期だったのだ。

 余命は三ヶ月と宣告された。


 それがこの日に確定し、直は手を握り合っているおじさんとおばさんを病室に残して帰ってきたのだ。


 おじさんはいつも直に厳しく時に優しく、「背中を見せる」という教育を大事にしているような男らしい人だった。

 直はお父さんを凄く尊敬していて、だからその病室にはいられなかったのだ。






 おじさんは頑張った。

 三ヶ月と言われたのに春まで生きた。




 直は大学を休学しておじさんの側にいるようにした。

 最初おじさんはそれに対して怒っていたが、気付いたら怒っていなかった。


 その間の彼は見ているのが辛かった。

 何をしても悪い方にしか考えられず、それでも頑張って自分を奮い立たせていた。



 アパートから持ってきたという直の部屋に設置されたパソコンは、いつもおじさんの病気について検索している画面だった。


 私はただ顔を覗きに行くとかついて歩くとか、寂しい時は手を繋ぐ位しか出来なかった。






 おじさんの葬儀は盛大だった。


 まだ若い現役の先生だからだろうか小学生や父兄や同僚の先生が一杯だった。


 直は泣かずに淡々と喪主をつとめた。

 おばさんも泣かなかった。

 むしろ参列した人達の方が泣いていた。




 結局その時も何もしてやれなかった。




 おじさんのお墓は桜がたくさん咲いている霊園になった。

 おじさんは桜が好きで、だからマイホームも桜並木が見える所にしたと後から聞いた。




 直が泣かないのに私が泣く訳にはいかなかった。

 何も言わずに力一杯拳を握る直の手が痛そうに感じて両手で包んだ事があり、それからは手を繋ぐ機会が増えた。


 暖かい塊はすっかり身を潜め、私の頭から離れていった。




 それから私は桜の花を見上げると泣きたくなる自分と戦わなければならなくなった。




 これが私が桜が苦手な理由の一つである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ