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ふるさと  作者: 夕顔
6/13

大学生

 仕事の内容にもよるかもしれないが、男性は仕事に対してオンオフがあり、オフにするためにはある程度の時間が必要らしいが、その点は私も含め女性には分からない人が多い気がする。

 オフになるために時間をかけていては、働く奥様は晩御飯のメニューを考えている暇も無いし、怖い顔で子どもを保育園へ迎えに行かなくてはならなくなる。


 男性は仕事に一点集中するのに対して、女性は常にパラレルに脳みそが動いているなどの違いがあるのだろうか。


 私も基本的に仕事中は度々考え事をしているのだが、決して仕事の手は休めない。

 だが「ふるさと」の影響は大きく、今日は少し事情が違い私も戸惑っている。




 私は思考の比重を仕事に向けるため、気持ちを切り替えて営業員から頼まれていた資料作成に手をつけることにした。

 営業員より事務職員の方がAccessやExcelあたりの使用には強い事が多く、提出資料や会議資料の作成をよく頼まれるのだ。




―――――




 私は地元の専門学校に進学した。


 直は宮城の理系の大学へ行ってしまった。


 私も宮城へ行きたかったが、私はフラフラしている人間だから独り暮らしをさせられないと両親に反対された。


 直は四半期毎には実家に帰ってきていて、その度に私は必ず顔を見に行った。


 彼は段々別人の「男」になっていったように感じた。

 少し痩せて少し身長も伸びて、眼鏡は相変わらずだが地元にいた時よりほんの僅かだがあかぬけたように感じた。

 理屈っぽい所は変わらないが、あまり気にならなくなってむしろ久しぶりに会話をする事が楽しかった。

 直は大学が楽しいらしく笑顔で一生懸命話してくれたが、理屈っぽい彼の得意分野のため、私は半分くらいしか聞かなかった。

 それでも久々に帰ってきた彼が笑顔で話しているのはなんだか嬉しかったので、私はそれを眺めながら聞いているふりをしつつ楽しんだ。




 私は専門学校に入ってからは彼氏が出来なかった。


 良い雰囲気になった人はいたが、情けない事に私は本命にはなれない女のようだった。

 原因は様々あるはずだが、流行を求める事こそがお洒落でモテるはずだという勘違いが、私の本命への道を塞いでいる壁の一つだと思う。

 今は大分抜けたと思うが、雑誌に踊らされているマニュアル女だった。


 でも逆にそのお陰で、本命を目指すべく貞操はガチガチに守られ無茶な事もしなかった。




 ある冬の日、帰省してきた直と話している時に私は激怒した。


 愛情表現と性について話していた時だった。

 私は正直な所、ずっと直を「少しだけお洒落だけど地味でモテない男」と見下していた所があり、自分の事を棚にあげて雑誌や友達から聞いた話を元に能書きをたれていた。

 しかし私の言う事に直の考えが全く噛み合わず、私に淡々と反論をしてくる。

 私は段々それに苛ついてきていた。


 すると彼が

「摩耶本当はしたこと無いんじゃないのか。」

と言ってきたのだ。


 それは図星で、私は派手で流行をおいかける未経験者だった。

 そして「未経験」は当時の私にとっては恥ずかしいコンプレックスでもあった。

 周囲の友達は経験者が殆どだが、私はまだ知らないのだ。

 流行好きが波に乗れていない悔しさも少しはあったが、何よりも自分が本命になれない女だという証のような気がしていたのだ。





 それが惨めで、私は少し見下していた直に「経験者」として話していた。




 私は

「直はあるっていうの!?」

と言い返した。


 すると直が

「あるよ。」

と答えた。




 それを聞いた瞬間私は頭に血が登り、直の体を平手で本気で叩いた。


 何度も何度も叩いて、気付いたら怒りや悔しさが入り交じり涙が出ていた。


 彼は私の手首を掴んで

「なんで泣くんだ。」

と困った顔で言った。


 私は自分でも何で泣いたか何でこんなに叩いているのか分からなくなり慌てて彼の部屋を出た。




 自分の部屋に戻ると、さっき掴まれた手首から温もりの記憶と切なさが滲み出てきて私はうろたえた。


 直が急に遠くに行ってしまったような寂しい気持ちになって、私は手首を掴んでうずくまった。


 そして、いつの間にか大きく男らしい手になっていた彼の手を思い出していた。




 後に冷静に考えるとどう考えても私が悪いので、私は次の日に謝りに行く事にした。


 少しだけ暖かい塊の存在を感じたが、信じられないのと信じたくないのとで私はあまり考えないようにした。


 しかし確かめたい気持ちは少しずつ膨れ上がり、彼の顔が見たくなった。




 だがそれからある出来事があり、直とくだらない会話を笑いながら出来るようになるまでにはかなり時間がかかる事になる。

 その日は雪が静かに降り積もっていた。





―――――




 先程までは「ふるさと」をもう一度聞きたいと思っていたのだが、あの冬の日の記憶が頭の中に浮かんだ事で今度は聞きたくなくなってしまった。




 気付いたら終業時間が近い。

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