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ふるさと  作者: 夕顔
2/13

小学生

 先方が不在だったため、戻り次第に折り返し連絡を貰う約束を取りつけ、私は受話器を置いた。


 動き始めた私の中の暖かい塊は、まだ身体の中心で疼いている。




 私は「ふるさと」に思い入れがある。




―――――




 小学生の頃、私は合唱部だった。


 合唱部とはその名の通りに合唱をする部のはずなのだが、私達の学校の合唱部は歌っている時間より走ったり腹筋をしている時間の方が長かった。

 肺活量や声量のためにはこれが効果的だという事で、私達はひたすらこのトレーニングを繰り返した。


 実際にコンクールで金賞を獲得した学校は同じ人数のはずなのに声量が全く違い、その学校に追い付くのにはこのトレーニングが必要なのだろうと自分達なりに納得していた。


 合唱自体は発声練習の後、何故か毎回音楽の教科書に掲載されている「ふるさと」を歌う。

 その後にコンクールの課題曲と自由曲の練習だ。

 皆やる気があり過ぎるのかあまり歌えない鬱憤からか、休み時間や下校時にも何気なく「ふるさと」を歌い出す部員が多かった。




 するとある日、学校の目安箱に「合唱部がうるさい」と書かれた紙が入っていた事があり、児童会の役員をやっている合唱部員がその投書を持ってきた。

 今思うと恐らく本当に煩かったのだろう。

 部員は女子しかいなかった。


 しかし他人様の迷惑を省みず、自尊心を傷付けられた合唱部の女子は被害者面で犯人探しを始めた。

 実際は匿名なのと、違う字で複数枚同じ内容の物があった事もあり、犯人を特定できなかった。





 でも私は犯人の一人を同じクラスの山谷だと思っている。


 山谷は女子に人気がある運動神経が良い賑やかグループの男子の一人だ。

 山谷は本当は短気なのだが元々の顔つきが笑っているように見えるせいで、弄られたり山谷に気のある女子に叩かれたりしていた。

 山谷は本当はそういうのが嫌いなのだが、周りは分からない。


 私は山谷とは幼い頃からの仲なのだが、あまり男子と仲良くしていると「男たらし」というレッテルが貼られるため、学校ではなるべく仲良くしないようにしている。


 クラスには秋世ちゃんのように、山谷と同じ賑やかグループの宮本達と堂々と仲良くしている女子もいたが、あそこまで他の女子と揉める勇気も度胸も無く、義理も無いように思えた。


 山谷のお母さんと私の母は友達同士で往来があった。


 何故山谷が犯人だと思ったのかというと、私が家で「ふるさと」を歌っている時に山谷がおばさんと遊びにきて私の顔を見るなり

「すげえうるさい。」

と耳を塞いだからだ。

 自分の家で気持ち良く好きな歌を歌っているのに、遊びに来た山谷に「うるさい」と文句を言われ、私は多少傷付き合唱部としてのプライドを汚されたようで、それを根に持っていたのが私の中で彼が容疑者に確定した理由だ。


 母達の前ではいらぬ詮索をされるのを避けるために私達は名前で呼び合ったが、学校では女子の妬みを避けるために苗字で呼び合っていて、あまり会話をしないようにした。

 私がそう強制したのだ。


 山谷の名前はすなおという。


 私達の関係は秘密なので、直が容疑者と思ってはいても合唱部の女子に告げ口はしなかった。


「直でしょ。目安箱にあの紙入れたの。」

 本人にそう言うと

「俺じゃねえよ。」

と返ってきた。

 しかし根拠があれだというのに、私の中の直への容疑は晴れない。根は深い。

 私は直に詰め寄ったが、彼は首を縦に振らなかった。


 段々お互いがヒートアップしてきて

「俺が犯人じゃなかったら摩耶は俺の言う事聞けよ。」

「直も犯人なら絶対言う事聞いてよ。

 もし直が犯人だったら明日から私の給食の牛乳は直が飲んでよ。」


 この頃給食に毎日出る牛乳が嫌いな私は、事ある毎にヒートアップすると牛乳を持ち出していた。


 しかしこの時も結局牛乳を飲ませる事はできなかった。




 直は短気でケチでたまに喧嘩もするが、多分仲は良かった。




―――――




 「ふるさと」を聞いて久しぶりに小学生の頃を思い出した。


 しかし今日は定時あがりを目指すために手を止めてはいられないと気付き、私はキャビネットから書類の束をデスクへ運んだ。


 先方からの折り返しの電話を待ちながら、昨日上がって来た契約書等のチェックを始める事にした。

 これも営業部の事務員の仕事で、不備があると業務部から差し戻されてしまうため、二度手間にならないよう念入りにチェックをする。

 この作業も長い付き合いなのでコツを掴んだ今ではかなり早くなった。




 しかし久しぶりの暖かい塊の疼きは、度々私の手と目の動きを奪う。

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