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ふるさと  作者: 夕顔
13/13

桜の木の下

 私はお墓参りと久し振りに直に会うために、いつもよりナチュラルなメイクをした。


 彼はあまり濃いメイクを好まない。

 しかしナチュラルに見せるメイクこそこの年齢になると実は時間がかかる。

 そして下ろしたてのワンピースを着て、途中の花屋でおじさんが好みそうな花を見繕い霊園へ向かった。




 霊園への道はこの時期になると桜のトンネルができる。


 桜の花が満開になるとその枝は雲のように大きく広がり、空が僅かにしか見えなくなる。

 そのトンネルは霊園内部にまで続き、故人を偲ぶ者以外にもその見事な桜を見に来る人達がいる。


 桜は大分花が開いているようだ。




 暖かい塊と決別を決めた私は、昨日より少し穏やかな気持ちで見上げていた。






 霊園の入り口に着くと直が立っていた。




 直はジャージの上下を着ている。


 ナチュラルメイクや下ろしたてのワンピースの自分とは対照的に思い、昨日タイミングについて考えていた私は苦笑した。


 しかし彼もやはり数年会わないうちに相応の雰囲気を纏っていて、私は安堵した。

 そして後におじさんのお墓の前で、それでも消えないこの暖かい塊と決別する事を思うと今度は緊張を覚えた。




 それとは真逆に直は良い表情をして、まるで小学生の頃のように白い歯を見せて手を振っている。




「久し振り。」


と笑顔で挨拶を交わし、水を汲んでから共に霊園の中のおじさんの所へ向かった。


 道中はおばさんと私の両親の近況について話した。

 おばさんのお母さんはすっかり元気になり、毎日喧嘩をしながら笑って過ごしているそうだった。

 良かったと思いつつあの桜並木の家が少し気にかかったが、今後の自分を思うと余計な御世話だろうと寂しくなり、すぐに考える事を止めた。




 おじさんのお墓は陽が当たり温かくなっていた。

 お墓を綺麗にしてから行きに買った花を供えて蝋燭を灯し、直はしゃがんで線香の束に火をつけて私に分けてくれた。


 直はしゃがんだまま手を合わせ、私は立ったまま手を合わせる。




 私はおじさんを思い出してから、これからこの場で暖かい塊と決別する事を詫びた。






 かなり長い時間手を合わせたはずだが、横を見ると彼はまだ手を合わせている。




 暫くすると直はその態勢のまま話し始めた。




 私は驚いた。






 彼は小学校の教師になっていた。


 今日は監督をしている野球部の試合があり、そのまま直行したと話していた。




 おじさんが亡くなってから宮城の理系の大学を辞め、小学校の教師を目指すべく教育学部が充実している大学に入り直したのだ。


 小学校の教師になるためには水泳と、音楽の教科書に掲載されている歌の弾き語りの実技試験があり苦労したそうだ。


 彼は水泳も弾き語りも完成度が低く中々採用にならず、臨時の教諭として小学校で働きながら採用試験を受け続けてきたらしい。


 無事正規の教師になってから私に知らせようと決めていたのだが、今年の春までかかってしまったと話した。






 直が試験の弾き語りに選んだ曲は「ふるさと」で、楽譜は私が編曲したあの日のものだった。






 全て聞いてから私は、あれ程カナヅチで音痴でピアノがひけず頑張ってきた直を思うと涙と笑いが出てきた。


 彼は

「笑うなよ!」

と言って笑った。




 私は笑いながら涙を拭いて


「おじさんにもちゃんと報告できて良かったね。

 まさかそうやって自分の背中を追いかけてくれるなんて、嬉しいだろうね。」


と言った。




 すると直は立ち上がり私の顔を見た。


「摩耶だって先生と結婚したいって言ってたろ。」






 その瞬間、私の中で大人しくしていたはずの暖かい塊が弾け、意識せずに口から言葉が飛び出した。






「じゃあ結婚しようよ。」






 直は凄く驚いた顔をしてから






「するしかねえな。」




と笑った。






 春の午後の日差しは柔らかくおじさんのお墓を照らしながら、桜の花を次々に開かせ、翌日今年の桜は満開になった。









―――――

―――――




 直は「ふるさと」を練習しながら私の事を思い出してくれていた。


 おじさんが亡くなってから採用されるまでの間、私が独りでいてくれる事に賭けながら、自分の思いに何度も自問自答したらしい。


 そして全てのタイミングが合った時、本当は小学校の頃の目安箱事件の濡れ衣を持ち出して、私に交際を申し込むつもりだったそうだ。


 「ふるさと」を実技試験の弾き語りに選んだのもそのためだったらしいが、私の突然のプロポーズにより彼の長年の計画は破綻した。




 こうなってみて分かったのは「価値観」も「相性」も私の結婚には重要ではなかったという事だ。


 信頼と相手を思う気持ちがあれば、価値観も相性もぶつかり合いながら二人で作っていく事が出来る。









 私は今「ヤマヤマヤ」となり、直のお父さんが好きだった桜並木の見える家に直と住んでいる。




 私はよくお腹に手をあてて「ふるさと」を歌う。


 ここまで辿り着くのには大分遠回りもしたが、遠回りをしなければ辿り着かなかったのかもしれない。




 来年の桜が咲く頃に生まれる我が子にも、過ぎ行く時を愛しく思える人生が待っていて欲しいと願う。






FIN

最後まで読んで下さってありがとうございます。


今回の作品は過去の作品「間違いと正解と」の中から秋世と宮本が登場しています。

時系列は該当作品完結直後のイメージです。

モデルと物語の雰囲気が決まると最後まで勢いで書いてしまうため、見辛い方が多かったかと思います。

途中からモデルが勝手に歩き出して途中で収集つけるのが少し大変でした。

最後には戻ってきてくれて、なんとか纏まった感じです。


これまでのこれからの時の流れが皆さまにとっても愛しく思えるものとなりますように祈っています。

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