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ふるさと  作者: 夕顔
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桜の並木通り

 私は桜の季節が嫌いだ。


 正確には桜を見る事が苦手なのだ。


 桜に対してアレルギーがあるなどの恨みがある訳ではない。

 むしろ昔は好きだった。

 短い期間しか見る事のできないほとんど白色に近い淡いピンク色は春の空に映え、新しい年度の知らせを届けてくれるので、私は桜と空を見上げてはいつも始まりに期待をしながら眺めたものだった。

 この地域では桜が咲くのは全国平均より遅いのだが、私にとっての桜のイメージはまさにそれだった。




 川沿いの桜の枝に大分大きくなった蕾が付いていた。

 今年ももうすぐ桜が咲く。


 会社への通勤路は本来ならば桜の並木道の川沿いを通るのが一番の近道なのだが、桜が咲くと私は並木道をあえて逆方向のバス通りに出る事で、並木道を回避をしてから遠回りで通勤をする。


 それ程桜が苦手なのだ。


 私は少し憂鬱な気持ちになり、まだ蕾の桜の並木道を早歩きでさっさと通り過ぎる事にした。




 会社は歩いて行く事のできる距離で国道沿いにある。

 規模的には全国規模ではあるがそれ程大きくはなく、当面は潰れる心配は無い安定性がある会社だ。

 私はそこの営業部で事務員をしている。


 「摩耶まやちゃん今日飲みに行こうよ。」

 この主任の大久保さんは、私の3歳年上でそこそこ男前の独身だ。

 仕事は出来るのだが、酔っぱらうとお尻を触るなどのセクハラをしてくるのが悪い癖である。


 ご馳走様ですと答えると

「敵わねえなあ。じゃあ今日は定時あがりね。」

と言って主任は外回りに出て行った。


 私は大久保さんと悪くはない雰囲気である。






 私はこの社内では最年長ではないが女性社員の中では年齢が平均より上の方で、友人達も含めるとこれまで放出した御祝儀の総額は最早数えたくもない。

 気にしていないと口では言っているが、正直そろそろ焦っている。


「大久保さんと付き合うのも悪くないよな。」

 と思いつつ、しかし私の中にあるぼんやりと暖かい塊が障害となって踏み切る事を躊躇させている。

 そしてぼんやりとした物の正体に私は気付かないふりをしている。






「まずは今日あたり一緒に外泊したら?」


と朝っぱらから同期の女子社員のユリは給湯室で来客へ差し出すお茶をいれながら他人事のように言う。

 いや実際に他人事なのだが、彼女はその相性こそが最も重要だという持論がある。

 合わない男性と結婚する事こそ一番の悲劇だという彼女は、付き合うなどという行為は時間の無駄であり、それさえ良ければ結婚後に恋愛を楽しむ事ができるはずだとよく語る。


 彼女も彼女なりの王子様を求めて、私達は共に良い年齢の彼氏がいない独身仲間である。


 私はユリの意見も分からなくはないが、出来る事なら結婚前に恋愛をしたい。

 価値観が合わない結婚も不幸になるのではないかと思うのだ。


 ただ価値観が合うかはどうしたら分かって、どうしたら将来へ繋がるのかが自分でも分からない。

 何しろ価値観を前面に出す事は何よりも嫌われるリスクをはらむため、相手を好きになればなる程価値観の問題に触れるのは怖い事だと思う。

 そうこうしているうちに上辺のまま関係が終わってしまう事がほとんどなのだ。


 とりあえず私は

「でも社内でそんな事して違ったら最悪じゃん。」

と答えた。

 ユリは笑った。






「加賀谷さんこれで先方に電話で対応しておいて。」

 営業社員の簡単なフォローもこの部署の事務員の仕事で、私はよく客先へ電話をかける事がある。

「〇〇株式会社の加賀谷と申しますが、先日お問い合わせいただきました件で××様いらっしゃいますか。」

 私はすぐに頼まれた対応をするべく客先に電話をした。

 私が話したい担当者はその場にはいなかったようで、先方の電話対応をした女性社員が

「少々お待ち下さい。」

と言うと保留音楽に切り替わった。






 保留音は久しぶりに聞く「ふるさと」で、私の中の暖かい塊がドクンと疼きだした。

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