時は流れ、社会人になりました→異世界に飛ばされました
「・・・さん見たところ細い感じだけど、うちの会社は遅番や宿直もありますよ。
か弱い女性の体力でやれますか?」
「はい、問題ありません。
高校まではずっと水泳部でした。体力はあります。毎年全国大会に出ていました。
大学では帰りが遅いため、実用的な種類の護身術を習っています。」
「ははぁ、見かけに寄らず体育会系女子なんですねえ、・・・さんは。
では結婚出産はどうですか?会社を辞めずに続ける自信がありますか?」
「はい、問題ありません。
今のところ恋愛に興味ありませんので」
「ええー?もったいないなあ。
社としては仕事を教えてすぐ孕んだ産んだで辞められても時間がもったいないけど、女性としてそれももったいないねえ」
「問題ありません」
面接官数人のうち、メガネの太った男性がニヤニヤしてから、隣の細面の真面目そうな男性に肘でつつかれると咳をして笑うのを止めた。
ほう、これが噂のプチ圧迫面接か・・・。
さっきの男子には聞いてなかったじゃんか〜。
別に我慢できるけどうざい。
「訴えたら勝てる」ラインではないが、メンタル弱い女子ならおどおどするレベルのプチ圧迫だ。
おあいにくさま、リニューアルした私は怒る方向にいくだけで、怯える方にはいかないよーだ。
「でも可愛らしくして取材先に好印象持たれるのも仕事のうちだよ。
政治家や警察副署長に可愛がってもらえないと」
「問題ありません。
ただ今は面接試験時間ですので笑顔は慎ませていただいていますが、TPOはわきまえてちゃんと女性らしくすべきときはいたします」
「あんまりかたくなで飲み会慣れしてない子も困るんだけどねぇ」
「学生時代に海外有力者の方々との交流機会もありました。
日本語でする国内政治家との交流ならば、尚更何ら問題ありません」
「その目上を目上とも思わない感じが心配なんだよ僕は!」
「首相だろうとなんだろうと、家に帰れば親もあり子もあり、単なる人間です。
人として見て、尊敬できる方にはもちろん敬意をはらって行動いたします。
問題ありません」
言外に”あんたは尊敬できないから知らんよ”と含みを持たせて一瞬ニッコリする。
何なんだよこの面接。
某全国紙の入社試験会場。
仮にも新聞書いてる連中が「孕んだ」とかいう言葉公の場で口にしちゃダメでしょ!
落ちたら落ちたで他も最終面接行っているし、こんな人事部長にすり寄ってまで受かりたくもない。
しかし、条件的にはこの社が一番よさそうだし、ここでちゃぶ台ひっくり返してもいい事ないーーーと判断して、その場は「問題ありません」でのりきった。
そしてはや5年。
あの面接でどうして気に入られたのか分からないが、私はその新聞社の東京本社所属の社会部遊軍記者になっていた。
ま、団塊世代大量退職で人が足りなかったんでしょ。
普通は、地方支社を数年ずつ渡り歩いて仕事を覚え、育ってから東京に呼び戻されて、社会部/外信部/政治部/経済部/科学部/運動部などの部に所属し、世界や日本の中央の大きな事件や企画を担当するようになる。
だがちょうど私が入社した年に人事改革があって、いきなり東京に所属したので、私は年次の割にもう軽くお局様だった。
いわく、口うるさい代わりに、皆のために面倒ごとを引き受けるので便利だし〜ってことで嫌われてはいない、存在。
今日も今日とて、よくやらかす後輩、小池を叱っていた。
「だって記事だと強盗って書いてあるじゃないですか〜。
僕だってレイプ有りって知ってたらつつかないすよ〜!」
「性犯罪込みだけど未成年だから被害者家族の要望で罪状は片方しか報じてないの!
引き継ぎ書読めばわかるでしょ!
取材先怒らすどころか泣かして出禁とか何やってんの小池くん!」
「出禁」とは取材先に出入り禁止をくらう事だ。
叱られている小池はよく見る光景なので、同僚や上司はいつものことだと生温く見守っている。
「ほう/れん/そう」もできないアフォを下に付けられてこっちは困ってんだ!
仕事なめてんのか!
性犯罪なめてんのか!
レイプされた気持ち想像してみろ!
てかこんなの入れた人事部誰だよ!・・・あいつか?!
ともあれ、私が社会部に来るまで、怒るのも面倒で皆に放置されていた小池も、少しはましになってきた気がする。
・・・はやく独り立ちしてくれ。
だるい気分でうつむきかけた所に、数少ない信頼できる女性上司、木崎さんが声をかけてきた。
「そろそろ例のセクハラと育休取得問題の団交の時間でしょ。職場代表で出られるかしら?」
「問題ありません」
「じゃあ、お願いね。小池くんのアフターケアは私がするから」
「よっ!女性の味方!がんばってきてくださーい」
「お前が言うな!・・・いってきます」
人種、病気、マイノリティ。何でも差別は嫌いだ。
中でも私が反応してしまうのは、女性差別。
組織の中で社会人をやって数年になれば、考え方はある程度丸くもなる。
あんまり差別にうるさいのも、”女ってヒステリーでやだよな”って感じで自分でもイヤだと思う。
けど、あのときから、セクハラやなんかはオートマチックに感知してしまう日々が続いていた。
女教師、女医、女弁護士・・・。言葉の、差別。
かくいう私は、女記者だ。
「学生時代留学先で身近に起こった強姦事件をきっかけに、怒りと使命に燃えて入社した熱い女」的な肩書き。
だが現実は厳しい。
入社5年。
仕事自体は覚えたが、社内のセクハラ上司や取材先の横暴政治家、セクハラ警察官と舌戦で戦うくらいがせいぜいだ。
所轄の警察と、霞が関、社内。ーーーちまっこい。
学生の頃は記者って世界を股にかけている感じでアクティビティ高い風に見えたが、実は世界は狭い。
ある意味、24時間勤務体制で自由になる時間がない分、世界狭いのかも。
もっと自由度高い仕事に転職できたら、国際貢献的なボランティアとかもできるかしら?
な〜んて悩みつつも、後輩が取材先で枕を迫られたり、妊娠したらやめろといびられたり、目の前で前近代的な細かい悪事は起こる。
一つ一つに対処しているうちに日々が過ぎる。
そんな、5年。
本社会議室で行われた社と組合の団体交渉集会。
ワークライフバランス改善とセクハラ撲滅について壇上で意見を述べた直後のことだった。
各部、各支社の組合員代表約100名が拍手を送ってくれているその目の前で、私は【異世界】に召還された。
天井の空気穴から入ってきた金色の鱗粉がなぜか私目掛けて飛んできて、全身を覆っていく。
プチ圧迫面接をかました太った人事部長に似た人が、笑顔で手招きしている。そんなイメージが鱗粉に被さってサブリミナル的に見えた。
「えっ?兼原人事部長?」
呟いたところで意識が途絶えた。
長時間労働、ワークライフバランスの崩れ、セクハラなどを社に訴える団体交渉の壇上で、過勤時間月200時間超過、法定休の代休さえも溜まっている社会部女性記者が、過労で倒れた。
しかも、人事部長の名前を呟いて。
異世界に意識が飛んでいた私のあずかり知らないところで、それは兼原人事部長はじめ出席していた社役員全員が青くなる大問題へと発展していたそうだ。