ぼさぼさ頭のズー
「えっと・・・はい。3年?くらい前、来ました」
のび切ったぼさぼさの黒髪、汚れた爪、黒だか茶色だかわからない埃っぽい服・・・。やつれてるし最初かなりのおじさんかなと思ったけど、でも意外に話すと20代かも?・・・というようなその男性は、あっさり自分が第2期勇者候補だと認めた。
探そうとは思ってたけど、あっさり会えすぎてちょっとびっくりした。しかもこれ状況的に、彼の本意で動物泥棒やってたっていうより、黒扉に使役されていたっぽいよね?まあ聞いてみなきゃわからないが聞きづらい。
一瞬目線を下げ指先を探る。
むむ、やはり可哀想に左手小指の先がない。予想通りというか、隷属にされてたんだな。
顔色は変えずにニコリとして問いかける。
「黒扉のお仲間はこれで終わりですか?」
ぼさぼさくん(仮)は複雑そうな顔で背筋を丸めたり伸ばしたりしてから答えた。
「えと。オレは仲間ってわけでもないですけど」
あ、隷属だとは言いづらいよね。おーけーわかってます。
「応援がすぐ来ちゃうかどうかだけ知りたくて。分かりますか?」
「うちのグループはここにいた8人で全部です。特に通信かけた感じはしませんでした。グループのアジトは王都の向こうの端です」
「そばに別部隊がいるとかではないのは助かります」
ということで、心配しているだろう仲間と勇者候補向けにとりあえずの速報をする。
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【速報】
黒扉の強盗は捕らえた!
怪我人数人。
別口の射手の気配がするが、1人か。
敵味方不明!一応注意せよ!
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じゃあ次!
彼の手首を掴んだまま急いでクマムシの周りの地面を探る。さっき巨大クマムシに絡んでいた網の主綱を切った矢が気になっていた。
今は静かになって御者達と寄り添っているクマムシの側の地面に、深く突き刺さる木製の矢を見つけた。
引き抜いて矢先を触る。
ぼさぼさくんも私が何を警戒しているか気づいたようだ。
「さっきこれが飛んできて、魔法付加してある獣綱が一気に切れたんですよね」
「枝を削っただけっぽいなぁ。これであの威力かぁ」
どこからか知らないが、私のサーチをかいくぐり、たった一本で命中。すごい腕だ。敵ならヤバい。
目と耳を凝らしても、騒ぎの前に感じた強い気配は今はしない。遠ざかったのか、気配を殺しているのか。
目当ての気配は見つからなかったが、サーチを広げた事で、側の廃墟にも勇者候補達が数十人いるらしいのが分かった。
昼頃来ていたという王宮の使いの気配はもうない。川向こうの宿舎跡には神官の気配が数人分うろついている。
「魔法付加って、強化してたってことですか?」
「はい。引っ張りにも刃傷にも強いはずだったんですけど」
「むー。気持ち悪いなあ。味方だったら出てきてくれていい気がするし、敵にしては襲ってこないし。・・・心当たりあります?商売敵とか」
「わかりません。さっき死んだのがグループチーフ、そこで伸びてる3人が黒扉です。彼らが外と取引をしてました。難しい事は全てチーフがやってました。
オレたち4人はその・・・召使、みたいなもんだったんで、取引のことは知らないんです」
「そうなんですね」
なるほど。じゃあさっきグリコに腕を飛ばされちゃったのは隷属の子なんだな。じゃあ早く治療してあげねば。
タイミングよく、ミーエに似た男の人が建物の入り口からこちらをのぞいている。多分ミーエのお父さんなのかなと思われる彼に、怪我人をお願いする。
「取り敢えずまた何かあると危険なので中に入ってて下さい」
情操教育に悪い黒扉の遺体には布をかけてから、ラスタ・グリーン、バンビ、マナ、アザラ、ノンに降りてきてもらった。
それで思い出して周りを見たが、射手集団の遺体は片付けられていた。バーサーカーと爆弾の餌食でグチャグチャだったはずだけど、さっき来ていた王宮の手の者が持ち帰ったのかな。しまったな・・・けど寝てたときのことを後悔しても仕方ない。
マナとアザラが黒扉3人を拘束し、ラスタ、ノンが巨大クマムシと馬車、建物入り口周辺にステルスをかける。
アザラは口には出さなかったが、クマムシにもめちゃめちゃ目を輝かせていた。この反応、こいつらもどーやら貴重な動物なんだね。
「さっき、魔法強化された綱を一発で切ったすごい弓矢の使い手がきてたの。今は気配が感じられないけど、一応気をつけてね」
お子様と保護者達に地上の見張りをお願いして、私はぼさぼさくんと階段を登る。
「えーと、申し遅れましたが私はネズミ。本名は危ないのでこちらの世界用に作った呼び名です。あなたは?」
「ズーです」
「ズー?」
「オレ動物園の飼育員だったんで・・・」
てへへ、と前髪をかきながら見上げてくる顔は、特に美形とかではないが素直そうな感じだ。んー、まあ、でもエンヴィーんとこのラーキ達のようなこともあったから、まだわかんないけど。
「そうなんですか、素敵ですね」
登りながら最低限の情報交換をする。
第2期の勇者候補について情報が得られるのではないかと期待していたが、ズーは英語が得意ではなく、ほとんど話す機会がなかったという。
「日本人はいなかったんですか?」
「いたのかもしれませんが・・・戦闘員はすぐに別の場所に送られたから。少なくとも王都に残った奴らの中にはオレだけでした」
「そうだったんですか。その後すぐ黒扉に?」
「最初は神殿の馬屋番をさせられていたんですが、逃げたらすぐつかまっちゃって。その後なぜか黒扉の動物闇取引グループに引き渡されました。今思うとオレを捕まえた神官が黒扉と取引したんでしょうね。その証拠にさっきチーフが死んだとき他の奴らは逃げてましたけど、オレは無理で・・・あ」
これ以上話すと自分が隷属だったことを説明しなければいけなくなるところで、「しまった」という顔で止まるズー。
まあ言いたくはないだろうけど・・・私知ってるしな。
そういや他人の隷属と行動共にするのは初めてだな。ちょっと杭打っといた方がいいか。あ、間違えた釘刺しといたほうがいいか。
屋上への入り口の前。ルシアのサイレント結界内に入ったのを確認してズバリと切り込んだ。
「他の3人の人は死んだ黒扉チーフの隷属だったから解放されたんでしょうね。ズーさんは解放されなかったのなら、残り3人の黒扉か、神官に指を食べられていたんでしょうね」
「え?!・・・なぜそんなことを」
「3人の黒扉、締め上げるように指令出しときますんで。違ったら後日一緒に神官を締め上げに行きましょう」
「え?!そ、そんなことできるんですか」
「ええ」
眉を下げてビビり顔のズーにニッコリして畳み掛けた。
「・・・あ、今更ですけどあなた、私の味方ですよね?」
ぐっと両手を握り、顔を近づけた。狭い階段の中、顔が近づく。
ズーはすぐに頷いた。
「は・・・はい」
「あなたの隷属条件が不明なんで。自動的に密告するとかそういう不利な条件かかってませんよね?」
「えと・・・はい。上司の命令に逆らわない、逃げない、自殺しないとかだけです」
更に顔を近づけギギンと目を射抜く。手を思いっきり握る。ズーの顔が恐怖なのか照れなのか真っ赤になった。
「私あなたを信じますからね!ズーさんも私を信じてくださいねっ!!」
「う、あ、はいぃ!」
よし。
これだけ言っとけば楽には裏切れないだろう。少なくとも裏切るとき顔に出るようになるだろうから分かりやすくなる。この世界の隷属って、表情残ってるのは助かるね。
「ちなみに私たち昨日来たばっかりなんで。」
「え、ええっ?!」
「黒扉はこれでつぶすの2つめです。レッツクラッシュ黒扉」
「えええっ?!」
「今後も黒扉撲滅と情報提供にご協力お願いしますね♪」
ズーは顔面蒼白で冷や汗をたらしていた。
・・・ちょっと脅しすぎたかな。
きりがいいので短めです。
しばらくは毎週更新していきますね!