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出会いの前に

 時は少しさかのぼる。


 *************************


「あ!」


 晴れた空をすっと飛んできた鳥がキスカの上に光る粒を落とした。

 攻撃かと一瞬身構えたが、鳥を見上げたキスカが微笑んだのとオーラに害意を感じなかったので肩を降ろす。粒はキスカの頭に当たる直前に大きな蛍のようにまばゆく光って散った。


「ふふ♪・・・私もです、父様」


 終止ピリピリしていたキスカは初めて、目元をくしゅっとしてほんとの笑顔になった。

 なんだろ、あれも伝書鳩の一種かな。

 光が当たった額を嬉しげに何度も撫でているキスカに近寄って、ちょいっと左手に触れた。


「えっと・・・きれいだったね」

「はい。父から返信です」

「お父さんどうしたって?」

「兄を行かせる代わりに自分が金庫番に残らないといけないから来れないそうです」

「でも連絡くれてよかったね」

「はい。何があっても愛してるよって、リモートキスを送ってくれました」

 そっか。だからあんなに嬉しそうな顔したんだ。


「よかったねぇ。キスカもお父さん好きなんだね」

「はい。尊敬しています」

 よかった。叔父さんやお兄ちゃん達がなんだかキスカを戦利品としてしか扱ってないようにも見えちゃって心配だったので、ちゃんと家族らしい事言ってくれる人がいて安心した。


「落ち着いたら会いにいこう」

「はい。でも私はとりあえず連絡が取れたので、まだ連絡取れてない子を先にしてあげてください。叔父かジェムズの持っている店のどれかには長距離召還や長距離伝書鳩ができる術者がいると思います」

 思わず手を握った両手をぶんぶん振り回してしまった。

「ほんとにもう、キスカいい子!ありがとね!」


「はい。ではサクサクやっちゃいましょう!」

 キスカは珍しいテンションでくるんと半回転しながら子豚男ジェムズに向けてパチンと指を鳴らした。黒い鱗粉をまとった透明な鎖がギュルンっとキスカの手を離れ、ズルリ、ズプンッと子豚男の胸に飲み込まれた。


「ひえぶっ!」

 ジェムズはしゃっくりの凄いのみたいな声を出して胸をさすった。

「心臓に呪い仕込んだから。ペンダント外しても逃げられないからそのおつもりで」


 いつの間にか取り巻きの制服男達も意識を取り戻していた。口を開けてキスカとジェムズのやり取りを見ていたが、我に返ったように各々自分の校章ペンダントを外そうと騒ぎ始める。

「?!外れねえッ」

「取れねえぞッ!」

 キスカはジェムズを踏みつけたまま男達を振り向き、張り付いた笑顔で言った。

「あんたたちも甘い汁吸ってたんだから共同責任。裏切ったら即カースだから。今度はネズミ様と私の下で精一杯働きなさい」


「ふざけるなオレらに何をしたぁ!?」

「ジェムズ様から足をどけろっ!」

 と、用心棒役の数人がキスカに殴り掛かろうとしたが。


「カース!!」


 私達が飛び出す間もなく、キスカが右手を突き出すだけで彼らは顔を引き攣らせ動きを止めた。

「ひっ・・・」


 キスカの手の平から黒い鱗粉が湧き出ている。


「・・・う、うう、・・・すいません寝ぼけてましたァ!」

「従いますッはい!わかりましたッ!!」

 用心棒男達は後ずさり、敬礼して大人しくなった。


 ふむ。頭がすげ変わった事、受け入れるんだ。雇い主のためなら命を厭わない昨夜の射手集団達とは違う。ビジネスライクだな〜。

 この制服男達、ジェムズなんて阿呆な上司に仕えてて、仕事とは言えどストレスすごかったろーな〜。まあ見返りも大きかったんだろうけど。

 リアル社畜だった私としてはこういう下っ端悪役に対して憎みきれないものがある。状況的にこきつかわざるを得ないけど、ジェムズのときあった意味のない雑務は減らしてあげよう。


 寸考の間に、キスカはぱしっと掌を閉じ鱗粉を収めていた。

「わかればいいんです。今後はこのネズミ様を理事長代理、私キスカを新生徒会長として、我々の命令には理事長ジェムズの命令より優先して従うこと。ジェムズ、いいよね?」

「う、もう好きにしてよぅ・・・」


 当のジェムズがそう言うなら、制服男達は頷くしかない。規律の少ない荒くれ者集団だった黒扉達と違って、一見粗暴とはいえ全員雇われ人らしい反応だった。

「はい、わかりました。ネズミ様、キスカ様」

 残りの男たちもわらわら並んで敬礼をとった。

 その様子は・・・なんかこう、メガネを光らせて威圧する小柄な優等生にガタイのいい不良達が平伏しているようなイメージでちょっと笑える。


 ・・・ん、ところで生徒会長とな?

 なんかまた場違いっぽい言葉が出てきたんですけど。。。


 制服男達が収まったと思ったら今度はキスカの身内が騒ぎだした。

「ねえ待ってよキスカちゃん!」

「まさかジェムズの魔法学校に入るつもりか?!」

「あそこは黒い噂も多いぞ!それよりオレの母校の方がいいんじゃ」

「学校なんて行かんでいい!今すぐウチへ嫁入りしなさい!その方が守りやすい!」


 キスカが営業笑顔で冷静に答える。

「いいえ、叔父さま達。今一番各方面の手が届きづらいのは散々裏金払ってるジェムズの学校内だわ。黒扉もまだ搾り取れるとこを壊すのは惜しいと思っているし、王宮と神殿も軍人供給源である学校をすぐには潰さないでしょう」

 なるほど、そこまで考えて立ち回ってくれたんだね。神殿や王宮のことならルシアが詳しそうだけど、民間のことならキスカが一番頼れそうだ。


「う、なるほど。それは否定できないが」

「でもジェムズのヤツに借りができるのは賛成できん!」

「そうだよとにかくジェムズから離れてよ!」


 キスカは引かず、むしろこれでもか!と念押し笑顔で畳み掛けた。

「私、仲間と皆一緒に学校に行きたいの。兄さまが通っていた学校も素敵でうらやましかったけど、あそこのキャンパスは狭すぎるわ。ジェムズのところは有象無象が隠れるのに最適だって理屈ではわかるでしょ。もし心配なら護衛を派遣して下さると心強いわ」


「む。まあキスカが前から友達を作って学校に行きたがっていたのは知っているが・・・」

「そうなんだ。じゃあオレも通おうかな!」

「僕も行こうかな〜」

「ぬ・・・しかたない。ではさっそく護衛を依頼するか」

 キスカの叔父は懐から新たな伝書鳩を取り出すとどこかに送った。兄達もそれぞれ魔法の道具を出すと何やら通信を始めた。


 身内男性をさくっと丸め込んだキスカはまた制服男達の方に半回転して指示を始めた。


「ジェムズの影武者とつきそい2人は今すぐ学校に戻り、私たちの受け入れ準備にかかりなさい。魔法初級講座の寄宿クラスを増設し、勇者候補優待価格の当初予定金額から9割引、後払い可で受け入れること」

「きゅ、9割引ぃ?!キ、キスカちゃんいくらなんでもそれはぁ・・・」

 あきらめたように黙っていたジェムズが、お金のことになったらガバッと起き上がって口出ししてきた。が、またげしっと踏まれて言い返される。


「は?神殿にチラシ出してた勇者候補優待価格が優待とか言って実は適正価格よりぼってるの私が気づかないと思ってるの?」

「そ、そんなぁ・・・」

「ちなみに私を含むネズミ様パーティ全員は全て無料にすること」

「うえ、キ、キスカちゃんお願いだからそれはぁ・・・」

「は?あのときお願いだからやめてって言った私にあんたが何したか忘れたの?」

「う、うう、わ、わかりました、わかりましたからぁ。。。」


「じゃあ次。寄宿舎は別棟ではなく本館のセキュリティ高い方を用意すること。人数は15人から200人程度」

「にっ!200人ん?!無理だよぉ」

「は?大戦で生徒減ったんでしょ。同性は相部屋にすればいけるわよ。

 あと授業は2、3後日からでもいいけど、宿舎は今夜から宿泊可能にすること」

「えぇ?!じゃあせめて準備に全員帰らしてよぉ!」

「だめ。どうせ今日は脳筋ばっかで事務能力ある子は連れてきてないでしょ。あ、それより思い出したわ、本館って水場が男子用しかなかったわね。ちゃんと女子用の浴場とトイレも整備しといてよね」

 言い返す度に仕事が増やされたジェムズはがっくりと首を落とした。


 そんな感じで険悪幼なじみコンビのやり取りで全てが短時間で決まっていった。

 私はこの学校とやらのシステムが分からないのでキスカの判断に頼るしかなく、鼻をつまんで見守るしかない。


 キスカの提案があるまでは、足下をすくわれる危険を承知で神殿か王宮に身を寄せるしかないと思っていた。が、第三の選択があるならその方がいい。どこにいってもリスクはある。

 昨夜のことで魔法を早急にコントロールする重要性を痛感した今、学校で学べるのはありがたいな。


「・・・ん?」

 ぐるりと思考を巡らせている先に、変な気配を感じた。

 昨日感じたような殺気とは違う・・・サーチの隙間をかいくぐろうとするような、くすぐったい気配だ。

 見張られているような、何かを探しているような・・・。


「泥棒〜っ!!助けてくれ!」


 聞き耳を立てる間もなく、建物の下、地上から誰かの悲鳴が聞こえた。


 あーもー!頼むから話をすすめさせてくれ!

 思わず片手で目を覆う。

 でも放置は出来ない。行くのはこの場合、私とグリコちゃん、でいいのかな?

「バンビくん、援護してもらえる?グリコちゃんは」


「ドロボーさんつかまえるぅ〜ッ!」


 どうしようか、とバンビに話しかけたとき既に遅く、巨大なバーサーカー兎はすでに宙に身を躍らせた所だった。


 〜〜〜ばむん!!


 うわもう着地しちゃったよ。早すぎる。

 ・・・やばい・・・もし単なる民間人の出来心による軽犯罪的物盗りだったらバーサーカーの血祭りは可哀想だ。

「行ってくる!話進めてて!」

 言いおいて、私も後を追う。


 見下ろすと、黒扉に襲われていたのはキスカの従兄弟の物だと思われる豪華絢爛な馬車状の物と御者達だった。

 不思議な突起のある馬車は巨大なクマムシみたいな生き物に曳かせている。


 巨大クマムシは網状の綱を絡ませられていた。

 バーサーカー兎はまず綱を手繰る男の1人を攻撃し、腕をもぎ取った。

 ビシュッ!

 バーサーカー兎の攻撃とほぼ同時に矢状の物が飛んできて、主綱が宙に舞った。


(ん?第三勢力か?!)

 飛んできた方向は王都の内側からである。しかしぱっと見人影は見えなかった。

(ん〜、気になるけどまずはこの場を鎮静せねば・・・)


 巨大クマムシは興奮して暴れ、綱を持つ4人の男達は怯んで逃げようとした。

 バーサーカー兎は向かってこない男達は無視し、すぐ横で御者達を押し倒していたマッチョな男に向かっていった。

 ・・・と思った瞬間マッチョ男の首は飛んでいた。


(うわ、やりすぎじゃない?)

 ボルダリングする暇はない。

 止めなきゃ、と壁を蹴って数階分一気に飛び降りる。


 と、グリコのきょとんとしたような声が聞こえた。

「あれぇ〜?おじちゃん日本人にゃの?」

 見ればバーサーカー兎は中肉中背の小汚い男に向かい合っていた。


(え?何?日本人が混じってた?・・・でも今回の召還にしては汚れ過ぎだよね・・・もしかして前回の?)

 色々思う所はあるが、とにかくグリコに一言言わないと。

「ちょっとストップッ!強盗くらいで殺すのはやめよ!」 

 叫んで、グリコと男の真横に降り立った。


 ざわっ・・・。

 一瞬のざわめきの後、全員が息をのみ、沈黙が広がる。


(・・・え?何?何なの?)

 四方から私に向けられる視線。

 ・・・え?この場合、普通見るのはピンクの巨大兎でしょ!?


 内心混乱していると、

「助かった!助けてください黒の使者様!」

 盗賊と思われる3人の男達が喜色を浮かべて取りすがってきた。

 ・・・あ、これ、サリユが言っていた「黒い服を来ていると闇の手の者と勘違いされる」ってヤツだわ!てことはこいつら、黒扉確定!


「え〜?悪い人やっつけるのぉ〜!」

 私に取りすがる男達などはまるっと無視して、グリコは甘えた口調で地団駄を踏んだ。

 あ、うん、かわいいよ。かわいいんだけどね、・・・かわいすぎてちょっと説得が面倒そう。

 

「この子説得して〜!」

 さくっと説得を諦め、バンビに丸投げした。男達の手を振り払い、混乱に乗じて逃げようとしている綱持ちの2人を追う。


 ひゅるぅ〜。

 上をバンビのチューインボムが飛んでいく音がした。ので、ちょっと避ける。


 ちゅど〜ん!!


 進路やや横で着弾し、ピンクのキノコ雲とともに爆発する。

 1人の男が爆風を食らい倒れた。

 残った1人を後ろからハードな膝かっくんで引き倒す。

 捕獲完了。


「え〜もおずる〜い!力加減が難しんにゃもん〜!」

 エモノが減ったのに拗ねたような声を出したグリコはドンッと地面を踏みしめると、びょ〜んとジャンプして残りの黒扉3人に襲いかかった。


 ボグッ!ガギッ!ドグァッ!!


 瞬殺で男達は地に伏した。

 ・・・えらいえらい。爪を使わずに手の甲で薙ぎ払ったんだね。


=======

よーしよし!

グリコちゃん、峰打ちナイスだよ!

=======


 伝書鳩でグリコを褒めてから、のびている男2人を引きずって日本人らしき男性の前に戻る。


「あなた、日本人ですか?」


 近づくとビクン、と明らかに怯えた反応をされた。うーん、ちょっと傷つくな。うそ、別にこれくらいでは傷つかないが、やっぱ、黒い服って怯えさせちゃうのかな。せっかく出会えた日本人同士だってのにな。


 顔を覗き込むと、のび切った前髪の下の顔は案外若かった。

 もしや同年代くらいかな。


「もしかして、前の勇者候補さんですか?」

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