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呪いの子豚男

 すえた焼豚っぽい匂いが強くなる。


 バーサーカー兎が鼻に皺を寄せ引き気味に威嚇する横で、ノンに次いで小柄なキスカが階段に近づき右手を広げ皆をかばうように立った。


「ネズミ様、どうやら私の因縁の男が来ました。

 ゲスの極みな成金男ですが、今後の宿と隠れ蓑の選択肢として使いようはあります。お騒がせしてすいませんが、私に交渉を任せてもらえませんか?」


 宝飾品細工職人の娘であるキスカは昨日、神殿大広間で魔力測定器に束縛魔法や呪いがかかっていないか鑑定してくれた子だ。呪いに造詣が深いらしい。

 どちらかというと有色髪メンバーに比べ目立たない子が多い茶髪メンバーの中で、キスカは神官達の前でも怯えずに気の強い対応をしていた印象がある。イメージとしては【メガネをキラーンとさせながら先生にも率直に意見するクールな美形優等生】といったタイプの女の子だ。年齢も高校生くらいの感じだし。まあメガネはかけてないが。


「信じる。キスカに任せるよ」

「ありがとうございます。皆さんは汚れるから下がっててください」


 キスカは更に一歩前に出て、理知的な切れ長の目を閉じた。

 口元を見るとすでに小さい声で呪文の詠唱が始まっている。半透明な魔法陣が天然でピンク色の唇から紡がれ、肩にとまった小鳥を中心に空中に回りながら展開される。焦げ茶ストレートの艶のある髪が魔方陣の動きにあわせてさらさらと流れた。


 途中から呪文が私にも分かる言葉に変わった。

『お父さま、叔父さま、お兄さま、従兄弟のみなさま、”善良”な幼馴染みジェムズ。キスカを迎えに来てください』


 広がっていた魔法陣がぎゅっと圧縮し小鳥に集まる。小鳥は強い光に包まれた。


「お、お前ら急げぇッ!!」

 階段から裏返ったような怒鳴る声とドタバタと複数の足音がして皆に緊張が走る中、キスカは落ち着いて光る小鳥を手にとまらせその手を掲げた。


 バンッ!!


 ドアが開き、屋上に若い男達がドッと上がってきた。


「う、動くなァッッ!!」


 両脇から筋肉質の男に担がれるようにして現れた小太りの男がゼエハア裏声で叫んだのを完全に無視し、小鳥を頭上に戴いたキスカは言い放った。


『誓約。私キスカは私と仲間を守護する男性と添い遂げます』


 パアンッ!


 言い終えた途端、光る小鳥は破裂して7、8羽に分かれ空に飛び去った。

 ん?魔法のパフォーマンスはすごかったけどなんだか台詞が緊迫した今には場違いな感じがしたが・・・気のせい?


「キ、キスカちゃぁん!な、ななななんて誓約するんだよッ?!!」


「ネズミ様、今の子が我が家の【特命伝書鳩】です。詐欺防止に高額の商談連絡などに使うものです。父が私を探して飛ばしていてくれたのが先ほど届いたので、誓約事項を書いて求婚者達宛に送りました。ご参考までに」


 汗と唾を飛ばしながらがなる小太りの男をまた無視し、キスカは私を振り向いて解説してくれた。・・・て、求婚者多いね。しかも血縁ばかりなんだね。

 次の瞬間、キスカは二重人格かというくらい憎らしげな目をして叫んだ。


「ジェムズわかってるのよ。出てらっしゃい!」


 ん?目の前の小太りの子がジェムズなんじゃないの?


 長い沈黙の後、引きずるような足音がして辺りに強い焼豚臭が広がった。今度はノンとラスタ以外のメンバーも鼻をおさえて後ずさる。


「キ、キスカちゃん、な、なんでわかったのさ・・・」


 【特命伝書鳩】の光る羽を頭にまとわせ、二足歩行の豚のような人物がびくびくしてヨロヨロと現れた。キンキラキンのボタンや校章、地位を表すのだろう光るバッジの着いた目立って立派な制服を着ているその人物は、背の低いキスカが少し見下ろしてしまう程身長に恵まれず、その分横に広がった感じの男の子だ。【特命伝書鳩】がこちらに飛んだということは、さっきの小太りは影武者なんだな。

 本人は弱そうだが屋上に入りきれないほどの用心棒っぽい男達が周りを固めている。武闘派ではないキスカが人質にでも取られたら交渉どころではない。周りだけでも黙らせようと手近な1人目の首を締め上げたところで、


「チェイン オブ カース!」


 ジャラジャラ、ギィンッッ!!

 ジャラ、ギィンッッ!!

 ギィンッッ!!

 ギィンッッ!!

 ギィンッッ!!

 ギィンッッ!!


 キスカの声と共に金属音が一斉にした。手元で男の首がゴキッと変な音を立てた。

 見れば、男達の首に下げられている校章入りペンダントの太い鎖が黒い鱗粉を発しながらそれぞれの首に蛇のように巻き付いていた。


「怒ってるわけ、わかるわよね」

「ぐ、ぐぇえッ!!」

 制服の男達全員が首をおさえうずくまって悶え苦しむ中、子豚男は厚い肉のせいか何とか出せる声を振り絞った。

「キスカぢゃんッ!な、何をじだ・・・!」


「あんたの学校の装飾品一式、友情価格でウチが作ったってこと忘れた?」

「ま、まざが!ぐ・・・っ!」

「そう、そのデザイン父様じゃなくて私がやったのよ。いつかあんた達の職権乱用が酷すぎたらお仕置きしようと思って仕込んどいたんだけど、まさかこんなに早く使うことになるとはね」


 見た所、キスカはほとんど自分の魔力を使わずに校章ペンダントに貯められた魔力を引き出し、軽々と大の男数十人を地に伏せさせていた。会話から推測すると、前もって自分が細工しておいたペンダントを通してなら呪いの発動が容易なのだろう。・・・重ね重ね、文化系って条件がハマると凄い。


 キスカの指先から禍々しい黒い鱗粉を発する透明な【呪いの鎖】が四方にのび、男達全員の首の鎖に繋がっているのが感じられた。


「自分が継いだ学校の経費さえケチる癖に、幼なじみの私を買うのにいくら出したのかしら?」

「ご、ごめんでばッ・・・」

「否定しないのね」

 ギリギリッ!

 キスカが指先をクイッと動かすと鎖が首を締める力が強まった。

「まさか黒扉に拉致させた所からグルだったなんて言わないわよね、ま・さ・か」

 ギリギリギリッ!

「何か言ったらどうなの?」


「ぐッ・・・ぐぼ、、」

 とうとう子豚男も泡を吹き崩れ落ちた。顔が青紫色になり手足がビクビク震えている。取り巻きの男達はすでに全員気絶している。

 痙攣する子豚男を見つめるキスカの目は、憎しみと悲しみが混ざった複雑な色をしていた。


 どうやら子豚男はキスカを黒扉の店で買ったらしい。窮地の思い人を助けるのではなく、付け入って自分の欲望を満たすとは最低な男だ。しかも最初からグルだった疑いさえあるという。他の求婚者達に遅れを取っていただろうことは想像しやすいが、もし本当ならあまりにも卑劣だ。

 しかし・・・まさかあの静かな娘が1人で男どもをここまで半殺しにするなんて。ーーーいいぞもっとやれ!

 

 私たちは話が進むたびにムッとしたりハラハラしたりしていたが、ぐうの音もでない程にキスカ本人がかたき本人をボッコボコにしているので実際は何もする事はなく、ただ後ろで見ていた。


 キスカは白目を剥く子豚男の顔をげしげし踏みつけ、無表情に畳みかけた。

「へたばっている間に正統な求婚者達が着いてしまうわよ。今窒息して死ぬのとやるだけやって玉砕するのとどっちがいいの。決めなさい、この卑劣漢」


 あ。もっとやれとは思ったけど。

「ねえキスカ、一旦緩めないとイエスさえ言えないんじゃない?」

「・・・あ」

 そう指摘すると一瞬きょとんとした顔に戻ったキスカ。

「・・・軟弱ですね」

 子豚男の顎をげしっと靴で小突き、呼吸をさせた。


「ぐはっ!はーっ!ぜーっ!」

「最後のチャンスよ。さあ私たちを保護するの、しないの」

「ででででもギズガぢゃ、黒扉が相手じゃ無理だよぉっ!」

(まだ言うか!!)

 キスカの目がすわった。


「チェイン オブ カース!」


 今度は子豚男の制服に着いているたくさんの飾りボタンや宝飾バッジから黒い鱗粉がブワッと一気に立ち上り【呪いの鎖】が全身の肉に食い込む。

「ぐ、ぐええっ!!!じぬじぬ死ぬ!だすげでギズガぢゃ」

「死ね!この期に及んで無理とか!苦しんで死ね!」

「ぐえええっ!!」


 うう。

 そろそろあいつ本当に死にそうだけど・・・キスカの気持ちを考えたら止めるべきか、見届けてやるべきか。

 本気で悩むな。どうしよ。

「キスカの家族っぽい人たち来たよっ!!」

 地獄絵図を見ながら私が本気で悩んでいる横で、目のいいレッドベリーがめざとく新たな客達の訪れを告げた。

「すごい乗用獣に乗ってるわ!」

 アザラも一瞬緊張を忘れたのか楽しげな声を上げた。


 バサアアアッ!!ーーードカン!

 

「キスカッ!叔父さんが助けにきたよ!」

 まず最初に、身なりのいいナイスミドルが一角獣ペガサスみたいな美しい動物で屋上に直接乗り付け、子豚男を踏みつけて着地した。

「叔父さま!」


「キスカそこにいるのか!兄さんが助けにきたぞ!」

「なんだよ僕の最新車に勝手に相乗りしたくせに先に行くな!キスカちゃんと結婚するのは僕だって!」

「何言ってんだよ解呪もできない成金が!オレがキスカと結婚するんだ!」

「兄ちゃん達どけよ!キスカちゃんは若いオレがいいに決まってら!」

 続いて階段から、揃ってキリッとした切れ長の目をもつ若い男達が喧嘩しながら現れた。


 全員一見武器は持っていないが、ブラウンやゴールドの高級そうな上衣にはこれ見よがしに多くの宝飾品を付けていた。もしかすると宝石達は飾りでなくて呪いアイテムなのかもしれなかった。


「兄さん達も、来てくれてありがとうございます」

 呪いの鎖を締め付けるのを一旦やめたキスカが集まった家族や親戚にお辞儀をした。


 またロッカのときみたいな感動の再会が始まるのか・・・と思ったが、

「キスカ!お前はオレが守る!」

「キスカちゃんはオレと結婚するの!」

「いや、僕だって!」

「黙れ若造ども。キスカは私の後添にもらうと決めているんだ!」

 男どもの喧嘩がまた始まっただけで、誰もキスカを抱きしめようとはせずにお互いを牽制し続けた。


 ・・・・・・。

 今日は時間もない事だし、キスカの復讐に割く時間はあっても男どもの喧嘩に割く時間はないんだよね。困ったな。

 とりあえず地獄絵図は一旦収まったので、私たちには目もくれない男達のことは放っておいてキスカの側に寄った。


「大丈夫?すごかったね」

「すいません、身内がうるさくして。ジェムズの家は平民で1番、叔父の家は平民で2番目にお金持ちですので、競わせておけば手厚い経済サポートが受けられるでしょう。どっちの家も幾つか事業を持ってますので身を隠すのにも便利です。

 私は視るのとかける専門ですが、兄は父ゆずりで解呪を得意としてますので、ネズミ様の勇者証の解呪も後でやってもらっちゃいましょう」


「それは助かるよ、ありがとう。けど、近親者で結婚するのはこの国では日常的なのかな?」

「属性は血で決まるので、代々続く技術を守る家ではよくあることです」

「もし嫌なのに無理に自分を賞品扱いしてるなら私反対だけど・・・大丈夫なの?」

「はい。小さい頃から父以外の家系の男性全員から求婚されていたのでいつか誰かととは納得してました」

「そうなんだ・・・」


 でもやっぱりキスカの顔は晴れない。変だと思いつつも、親族の内輪の話に入り込むのは難しかった。

 仕方なく更に問いかけるのをやめると、キスカは私の側を離れて取っ組み合いを始めていた親族男性の元に寄った。


 そしてすっと左手を差し出し、平常心の声で言った。

「叔父さま、兄さん達、私の指を見てください」

 隷属にされたことを示す、第一関節から欠けてしまった指が見てとれた。


「私、傷物にされてしまいました。それでももらってくれますか?」


「・・・!」

 つかみ合っていた男達の動きがピキンッと一瞬止まり、顔を見合わせる。

「・・・・・・」

 少しだけ首を傾げたキスカは手を下げ、小さく息を吐いた。

 沈黙が広がる。


 そのとき、男達の足下で横たわっていた子豚男がぴくりと動いた。

「ぐぼっ・・おええ〜っ」

 目覚めた途端に胃液を吐き出し始める男を見て、キスカの兄が嫌そうに声を上げる。


「げっ!ジェムズの野郎も来てたんだ!」

「うわあやめろよ、服にかかるだろッ」

「きたねえなあ、てかなんだよこの悪臭、こいつかよ!」

 ちょうど真上に立っていたキスカの従兄弟はえづくジェムズを蹴り飛ばした。服を汚された方の若い従兄弟は鼻をつまんで神経質そうに清浄魔法を使っている。


 ドタ!ベチャッ・・・。

 太ったジェムズは大して飛ばず、屋上の床にべちゃっとなって転がった。

 しばらくビクビク痙攣した後、腫れた口からしゃがれた声を絞り出した。


「・・・ギズガぢゃ、は、おでがまもるっ・・・」


「「「「はぁ?!」」」」


 それを聞きつけた叔父が気色ばむ。

「そんなザマで何をぬかすか!キスカを守るのは私だ!」

 続いて兄がジェムズを蹴り付けながら叫ぶ。

「こんな奴にキスカを守れる訳ないじゃないかっ!オレが守るんだよっ!」

 イライラと頭をかきむしった従兄弟達も続いた。

「キスカちゃんなんでこいつなんかも喚んだんだよ!ああもう!オレが守るってば!」

「あーもおっ!キスカちゃん、落ち着いたらいい錬金術師でも喚んで金で義指を作ってあげるからね。そしたら僕と結婚しよ!」


「ありがとうございます!叔父さま、兄さま、従兄弟の皆様♪」


 俯いていたキスカは前を向くなりパッと皆に笑顔で駆け寄ると、生き生きとした目でジェムズを踏みつけて宣言した。


「そしてジェムズ。今度裏切ったら社会的に抹殺して体も殺すわよ。わかった?」

「へぶぅ・・・」

 ジェムズは足の下で少しだけ頷いた。

 


 *************************



 と、いうわけで交渉成立。家族会議?もやっと一段落?した。


「ちょっとニオイ厳しいよね・・・。ごめん、誰か清浄魔法かけてやってくれるかな?」

「わかりました!」


 離れてみていた皆に声をかけて、後片付けを始めた。

 ターニャ達に清浄魔法を頼む。

 呪いのニオイに吐瀉物のニオイが混じって、もう、女子的には我慢の限界。


「ええ~。あんましニオイ消えないね」

 しかしラスタとノンが鼻をおさえて眉を寄せ、顔を見合わせる。

「ん。強い呪いだ」

「あんな臭い珍しいからもう会わずに済むと思ったのにね」

「そうだなまさか知り合いだったとは。・・・容姿に関する呪いも複雑に入り組んでいる。あれじゃもう元の姿がわからんな」

 匂いで呪いを感じるノンとラスタは相当参ったようだ。正直私もかなり苦しかった。

 これって魔法のニオイ感知能力があがってきたってことならいいことなんだけど・・・まじつらい。変な物嗅がされた警察犬の気分だ。


「すいません。あいつ小さい頃から最低男なんで、私と喧嘩する度に兄弟みんなで呪いをかけてたせいでここまで臭くなっちゃったんです。今後善行積めば直るはずなんですが・・・皆さんにまでご迷惑おかけしてごめんなさい」

 キスカが申し訳なさそうな顔をする。

「小さい頃からそうなんだー・・・」


 なんかそれって、もう直る見込みほぼないんじゃないかな。

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