第一章 8
「――――絶滅戦争」
そう、全ての終焉はこの戦いから始まった。
人類の………いや、地球上の全生命の根絶の為に放たれた『刺客』が世界に現れた。
『刺客』は開戦から一年で全生命体の六割を抹殺。たったの一年の内に五十億以上もの人命が灰燼と帰した。
特に人口の集中する都市部が真っ先に破壊された。通常兵器の一切通用しない『刺客』を相手に各国軍は成す術もなく世界各国は滅んでしまった。
部屋のモニターにその様子が映し出される。ニュー=ヨークを血の海にし、オーストラリアを腐らせ、東南アジアを地図から消し、カナダを酸の雨で溶かし、インドの半分を貪り食い、アルゼンチンを業火で焼き尽くし、大西洋を干上がらせ、シリアを氷結し、日本の東半分を海に沈めてゆく『刺客』達。地球上の如何なる生き物の存在も許さないと言わんばかりにそれは鳥を獣を虫を魚を人を花を木を草を殺し、屠殺し、ただ虐殺し続けた。
ミゼリコルディア、曰く『神の慈悲』、『息の根を止める短剣』……それが、世界の『刺客』の自称だった。姿形は人間と酷似しているが、その戦闘力は一体一体が神話級の災厄クラス。たった一六九体のミゼリコルディアの出現に数十億年の時間を掛けて進化してきた地球上の全生命体に『絶滅』という二文字が突きつけられた。
「しかし、人類は無力ではなかった」
開戦から一年、バルカ家当主ハミルカル・バルカ(ハスドルバルやディドの父)は世界の神秘魔術咒術仙術を駆使して、ミゼリコルディアに対抗できる存在を創造した。
「それが、アンヴァリッド」
アンヴァリッド…異空間《廃兵院》に本体を『埋葬』する事により、『咒力』という力を一億人分用意する事と、いくつかの条件さえパスすれば何度でも分身を復活できる人類最後の切り札。
アンヴァリッドの創造によりミゼリコルディアと比肩しうる戦力を手に入れたハミルカルは各国の残存勢力を統合し、壊滅していた国連軍を再編、ミゼリコルディアとの戦いの最前線に身を置いた。
それから更に一年後、戦争二年目―――
「僕が………?」
「そう、コウキ君はアンヴァリッドになったのです」
「本体が埋葬されて?じゃあ、今の、この僕は…?」
「《廃兵院》に埋葬されている本体の分身、ということになります」
エリーシャの瞳は、真剣だった。嘘、偽りは全くないまっすぐな瞳に見据えられる。
「僕が…この、僕が……分身………?」
『剣聖』ヤグチ・コウキ。それが一九歳になった僕に、人々が付けた尊称だった。
神呪天討流という四剣四刀の殺神剣技を駆使するアンヴァリッド、初陣でミゼリコルディアに勝利して以来三十四連勝。不敗にして常勝必殺の僕には人類最強の肩書きが付けられた。
「僕が………人類最強?」
クラスのイジメっ子に泣かされまくっていた、この僕が?と、訝る間にも話は進む。
「『剣聖』ヤグチ・コウキと『神仙女王』ディド・バルカの活躍により、敗北だけだった国連軍も序々に勢力を巻き返してきました」
三年目には両者の勢力は拮抗し…四年目、五年目では人類側の方が優勢になっていた。
「このまま、勝利は人類側のものになるかと思われました。が……」
コンスタンティノープル最終決戦。
ミゼリコルディア、アンヴァリッドの総力を掛けた最後の決戦は……人類の敗北で幕を閉じた。国連軍は瓦解、最高指揮官ハミルカル戦死、主だったアンヴァリッドの消滅、人類はほぼ全ての戦力を失い、抵抗をやめた。
「そして、地球はミゼリコルディアの手に落ちました」
決戦を生き残った残り十三体のミゼリコルディアは地球を自分達の都合よい姿に変え始めた。その一つが『あまねく光は遮られる(ルーキフーゲ)』。太陽光を嫌うミゼリコルディアが地球に陽光が届かないように分厚い黒雲で覆い、地球から一切の光が失われはじめた。
「生き残った僅かな人類は、もはや地球での生存を諦めました」
地球外への脱出。開戦初期から続けられていたこの計画の指揮をとっていたのがハスドルバルだった。箱舟計画と呼ばれる計画は決戦敗北から一月後には強行される。
不可避となった世界の終焉を前に、巨大な箱舟に一億人を乗せての月移住計画。
箱舟は十の階層に分かれており、一つの階毎に、東京山手線と同じ位の面積に一千万人近くを詰め込む。
どんなにコストダウンしたといっても、月に人間一人を送るのにすら千万円は掛かる。ましてや一億人なんぞ言語道断。実行不可能かと思われたが………
「地球から月まで約三十万キロ。それだけの距離を、これほどの大質量を移送させる手段は………ただ一つしかありません」
物体を加速させる能力――『剣聖』ヤグチ・コウキのその能力だけが箱舟計画を可能にした。とはいえ、第二宇宙速度(地球の重力を振りきり、月に到達する為に必要な速度)まで巨大な箱舟を加速させるのは、流石の『剣聖』といえども全力が必要だった。
全力を使い果たす………それは、アンヴァリッドにとって自らの消滅を意味していた。
「コウキ君の見た先ほどの夢とは………この直前の記憶だったのでしょう」
エリーシャの瞳が愁いを帯びる。
地球が完全に『あまねく光は遮られる(ルーキフーゲ)』に覆われる直前、まだ青空を残していたモンゴルの草原で、消滅を覚悟した僕と、箱舟で月へ行くディドは最後の時を過ごした。
そして、箱舟計画発動。ヤグチ・コウキは箱舟を月まで飛ばして………消滅した。