第一章 6
「そもそも『ディド』って………誰?」
――――絶句。
そうとしか言いようの無い表情に、全員が固まっている。
「………なん、ですって………?」
ややあって口を開いたエリーシャの声は乾いていた。信じられない、という思いでいっぱいになった表情で。
今はもう亡く、目の前の少女の母であり、僕のパートナーであったという夢の中の女。僕が知ることを当然として口の端にのぼるその人の名前。
「母の事を…知らないと…言うのですか…?」
エリーシャの顔は、呆然から次第に変わっていき、
「あなたのパートナーですよ?それを知らないと言うのですかコウキは!」
しかし、僕にはその人物の事すら分からないのだ。
「知らない、知らないんだ………僕はその人の事を………本当に、知らない………」
激しい調子で詰め寄るエリーシャに僕はうろたえる。
「で、ですが、先ほどはコウキ君から母の名を口にしたではありませんか!」
「分からないんだ、その人の事。夢の中で見ただけで………」
「そんな……それでは母があまりにも…!」
激昂寸前のエリーシャを、ハスドルバルが止めた。
「エリーシャ、少し下がっていなさい」
「でも、コウキ君は私の!」
「いいから、ここは私に任せなさい」
「―――はい、お爺さま」
不承不承、エリーシャは下がる。怒りに震えるエリーシャの代わりに、ハスドルバルが質問してくる。
「コウちゃん、本当に君はディドの事を知らないの?」
僕は無言で頷く。頷く以外に何も出来ない。
「ディド・バルカ――――僕の姉のディドの事。コウちゃんをアンヴァリッドにして、絶滅戦争で共にミゼリコルディアの脅威から人々を護り続けた『神仙女王』、そう言っても分からないかい?」
「あんばりっど………?みぜ……こる?」
連発される知らない単語に、首を傾げる。僕の様子を不審気に見ていたエリーシャは、やがて何かに思い至ったらしく、恐る恐る口を開いた。
「まさか………コウキ君、記憶が………?」