第二章33
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暗い暗い闇の底の底。
絶滅回避研究所は、元通り。
闘争に巻き込まれて怪我した鳥達も、水心子正秀の能力で治癒されて、元通り。
「エリーシャ……僕………強く、なりたい」
先に言葉を漏らしたのは僕の方。
だけど戻らないものも幾つかあって。
戻らないものは、掛替えの無いもので。
冷たくなった幾つかの骸が、切々と物言わず訴える。
「強く………なりたいよ………」
覚悟を決めた。決心は付いた。
僕がやらないといけないということが、心の奥底まで深く刻み込まれた。
手には水心子正秀の重み。
それは新たに死した生き物の重み。
二度と戻らない命に、遺された雛は乞い願う、謳いながら。
「コウキ君は………十分強いです」
エリーシャが血塗れになった僕をハンカチで拭く。
「コウキ君は、凄く強い『心』の持ち主」
血を拭われる度に身が清められる想い。
「でも、心なんて強くても――――」
――――あれほどの技量の差、敵わない実力差は覆せない――――という言葉を続ける前に、
「どうして『心技体』という言葉がこの順番なのか分かりますか?」
エリーシャの矢継ぎ早の言葉に断ち切られた。
「心の強さが、他の何よりも重要だから。
間違っても体の強さではなく、決して技量の優劣が重要ではないから」
黄金色のエリーシャの髪が、僕の胸元で眩しく輝く。
「心が、心の強さがなければ、技も身体もどれほど優れていても仕方がありません」
少し背伸びして僕の首筋、頬の血を拭うエリーシャ。血臭は薄れて、エリーシャの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「心が強ければ、どんな困難にも立ち向かう心が強ければ………『技』や『体』の優劣なんて瑣末なことです」
胸元に引き寄せた手を両手で包んで微笑むエリーシャは、まるで天使のように……
「盗まれた『技』の分も奪われた『刀』も全て取り戻せるように、私が鍛えてあげます」
………訂正、補修を受けることになった生徒を励ます教師のように見えた。
だからごく自然と、当然のようにこんな言葉が口から飛び出した。
「うん、お願いしますエリーシャ先生」
『先生』という言葉がどういう効果をもたらしたのか、
「――はい。必ず私がコウキ君を強くしてみせます」
エリーシャはまるで結婚式の花嫁のように、笑って見せた。
エリーシャは一度大きく頷いて口を開き、
「コウキ君」
しかし目線を切って下を向き、胸の前で手を合わせ、迷いの表情をみせる。
「………エリーシャ?」
「私と………その………あの………」
小さな声でぼそぼそと呟いた後、
「…あ…………あのー………えっと………」
真っ赤になって、息を吸って、思い切って、一言。
「ね、ね、ね、ね、寝て(・・)!」
「☄!♨※ !?ふぇえ?! ※♨!☄」
「くれま・す、か………?」
尻すぼみに小さくなるエリーシャの声と、林檎よりも真っ赤になった頬が鮮烈に目に焼きついた。
暗い暗い闇の底の底。
絶滅回避研究所は、元通り。
死んだモノは鳴かないけれど、生き残ったモノは鳴いていた。
――――精一杯、歌ってた。