第二章32
「水心子正秀、か………また厄介なものを作られちまったな」
『剣聖』がガリガリと頭を掻いて苦笑する。
「せっかく飲み込んだ刃物が六百本も御釈迦になっちまったとはねぇ………はは、アレだけ痛い思いをしたというのに」
続いて顎に手を掛け、値踏みするように僕を見て、
「今のまま殺りあっても割りに合いそうにねぇな。折角手に入れた鵝臨射が無くなったんじゃ意味が無さ過ぎる」
溜め息一つ、苦笑も一つ。それで結論が出たらしい。
「帰ろうか、リプシマ(ディド)」
「えーーー」
リプシマ(ディド)はあからさまな反対。
「こうきだけずるいー、でぃどもこうきとあそびたいー」
「どうせ聖戦が始まれば嫌でも面合わせるんだ。その時の楽しみに取っておけ」
手足をバタバタさせて抗議するリプシマ(ディド)を丸めこんで、
「次に会う時は、きっちりと鏖してやるよ。
俺と、リプシマ(ディド)と、ガモンハイド様と、数少ない人間の未来の為に」
『剣聖』はニヤリと哂う。
「自ら死ななかった事を底なし沼のごとく悔やんで悔やんで後悔しつくすまで痛めつけてやるから………楽しみに待っててくれよ、御先祖様」
「それは嫌だな…できれば御手柔らかに」
ハハっ、と二人して笑う。鏡地獄のような同じ貌が、硬軟違えて笑みを作る。
闘争の気配は薄れ、
「ああ――――それと」
思い出したように、去り際に一言。
「御先祖様の口唇、結構美味しかったぜ」
ブーーーー!
盛大に息を噴き出しつんのめる。
「さっ……さっさと帰れーーーーー!」
顔が火照るのを誤魔化すように大声を張り上げた。