第二章25
ぴぴ、ぴぴぴとどこかで雛の鳴き声。
「あんたが復活される遙かに前から箱舟内部は血塗れだった…勝敗はとっくに決まっていたんだよ」
だけど親鳥の鳴き声は聞こえない。
(………ああ)
瓦礫に体を潰されて………息絶えていた。
「分かるか御先祖様?あんたが闘えないのも、俺様みたいな紛い物が現れるのも、ランツクネヒトが付け入る隙を作ったのも、全てが民衆の自業自得よ」
死んだ親鳥に、死を理解できない雛鳥が擦り寄る。金糸雀の黄色い羽が、向日葵のように黄色い羽が、檸檬のように黄色い羽が………舞い散っていた。
「全てが、遅すぎちまったんだ」
「そう、おそすぎたの………おそすぎたの」
遅すぎ………言葉が僕の胸で反復する。そう、全ては遅すぎた。何もかも、全てが、遅すぎたんだ。
「そうかぁ………遅すぎたんだぁ」
『剣聖』の差し出す短剣を左手で受け取る。
「だ・め………ヤメテェ!コウキ君!」
「ハッ!喚くなよ失敗作ちゃんよぉ。せっかく御先祖様が決断したんだからその意思を尊重しろよなぁ!」
ヒラヒラと舞い散る金糸雀の鳥羽が、導かれるように、
「……遅すぎることなんて
――――何一つないよ」
まるで意思があるかのように、僕の右手へ。
「こうき………?」
「コウキ、君?」
「………御先祖、様?」
三人とも、僕を驚いた目で見ている。
「何も、遅すぎる、ことなんて………ない」
金糸雀の鳥羽が、決心を促してくれた。
心臓の中で化膿していた腫物が急に潰れたような、ああした魅しから、妖力から、悪魔の誘惑から解放されたような……そんな気分。
どん底まで落ちた気分は、一気に吹っ切れた。自ら口にすることで、誰かに押し付けられた言葉でなく、自分の言葉を発することで。
「舞風――――」
右手の黄色鳥羽に込められた意思を感じ取り、起動呪文を解読。
「――――忘歌」
金糸雀の鳥羽が変化する。
「五本目の刀!知らねーぞ、そんなもの!」
戦闘態勢に移ろうとする『剣聖』に
「もちろん、知るわけがないでしょうね。
だって、今、作られたのだから」
頬に掛かる水痕一筋拭いもせずに、エリーシャが突きかかる。『剣聖』の動きが邪魔される。
「もしも何かの理由で鵝臨射を失った時の為に、私とヒカリさんで用意しておいたのよ。
鵝臨射・予備をね!」
「ケッ、魔力が無くなっても流石は稀代の魔術師ディド・バルカの転生体ってことか」
込められたのは『こどもたちをまもって』――いつの世も如何なる生き物も母が思うことは同じ。
真名を呼ぶ事で、真の姿を取り戻す。
「――――水心子正秀!」
金糸雀の羽は、変わる、無骨な、日本刀に。
「ッ!舐めんな!」
「クッ、ツゥ!?」
瞬時に攻防は入れ替わって、『剣聖』の卓抜した剣技に防戦一方となるエリーシャ。
ギィン、と大きく槍をはねあげて、
「テメェは後でたっぷり相手してやるから、」
無防備となったエリーシャの腹部に、
「俺達の間に割り込んでくるんじゃねえ!」
横薙ぎに大きく『剣聖』の刃が
「そうは、いかない」
ギィィィィィィィィィィィィン
受け止めた刃から全身に伝わる衝撃、腰を落とし足を踏ん張って、耐える。
「!!??」
僕の目の前で『剣聖』が目を丸くしている。
「――――コウキ君」
僕の真後ろで、エリーシャの声が聞こえる。
一瞬で、倒れていた地点から十メートル離れた二人の間に割って入った。
「チッ!これが御先祖様の『加速』か!」
「そうだよ、僕の能力は………『加速』だ」
『剣聖』の視線を真っ向から受け止める。
「この世界に、必要な力だ」
鍔迫り合いを続けながら、言葉を続ける。
「僕はどんな遅れからでも挽回してみせる」
右手には水心子正秀。
「時間が止まっているなら僕が動かそう」
明治の元勲、勝海舟の佩刀、水心子正秀。
「空気が止まっているなら僕が風を起こそう」
膠着した固着した固定した国家を、最低限の出血で切り開いた漢の信念が、
「世界が閉塞しているなら僕が開闢しよう」
今、僕の右手にある。
「どんなに周回遅れのスタートからでも追い抜いてみせる。そう、僕はいつもそうやって来た」
語りかけるのは自分に、エリーシャに、今はこの世にいない家族に、
――親が消えてしまって、震える雛鳥に、
――水心子正秀に、いや、刀になる前の母鳥に語りかける。
「――――大丈夫、みんなは僕が守るから」
幽かに刀が震えた気がした。もう歌えない彼女なりの、それが精一杯の答え。