第二章24
「それでも、御先祖様とトコトン相性の悪い『腐敗王』ガモンハイド様としては、万に一つの敗北要因すらも消し去っておきたい………だから、百万回やっても勝つ可能性の無い、『神呪天討流抜きの御先祖様』にまでこうやって取引するのさ………さて、御先祖様?切腹の覚悟はできましたかね?」
答えない僕に無理矢理先ほどの短剣を握らせる『剣聖』。
「………………………………………」
渡された短剣。意外に肉厚で、これなら良く切れるだろう、僕の命を絶つくらいには。
「………………………………」
魅入る、短剣の刃に。魅入られる、短剣の刃に写った、己が虚ろな瞳に。
「………………………ぼくが、死ねば」
鏡のような刃に写った僕に、問いかける。
「………………百万人は、救われるんだ」
「ああ、その通り」
声がして、顔を上げる。そこに居るのは、僕と同じ顔の『剣聖』。
「百万人の命を確実に救うか、一億人全員一気に滅びるかのどっちか、だよ」
また、哂いが消える。諭すような、あやすような、優しい声で。
「安心しな御先祖様、戦争に負けるのはあんた一人の所為じゃねえ。この月にいる全員が敗北要因だ」
(込み上げる吐き気とぐるぐると回る視界)
僕の罪悪感を解きほぐすような優しい声は、
「『失われた六十年』………戦争を先延ばし先延ばしにして、強行に戦争準備を進めるハスドルバル爺を更迭投獄してまで、ただ我が代の春を謳歌し、貴重な物資と時間を浪費した時代…勝てる機会を逃して怠惰な平和を貪った世代」
(眼に映る首の捥げた剥製)
そのまま、民衆への怨嗟と変わる。
「最後の最後、末期も末期になってから、二十年前にハスドルバル爺を復職させて、『自分達の義務を果たせ』と押し付けたんだ。極めて民主的な取り決めによってな」
(眼に映る瓦礫の下で潰れた卵)
「そのツケを今更払わされてるんだ。六十年分の莫大な利子付きでよ」