第二章16
「出ておいでよ――――『ディド』」
「――――え?」
刹那、時間が凍った。僕らの心臓が、呼吸が………生命が。
「………うん、わかった、こうき(・・・)………」
確かに、夢で、聞いた、そのままの、声。
音もなく、気配すら滲ませず、薄っぺらい闇の影からソロリと這い出た女。それは……
「え?え?え?ええ!?」
世界に、新たな色が加わる。
先ず、黄金。
それは陽の光を受けて豪奢に輝く、癖の無いまっすぐな彼女の髪の色。
次に、純白。
それは絹よりも滑らかで、肌理の細かい彼女の肌の色。
そして、青。
僕の好きな空の青と同じく優しい青は彼女の瞳の色。
黄金・純白・青………それが、彼女を構成する三大色素。鮮烈なその色素が、僕の視界に焼き付けられる。
それは確かに、ディド、夢の中の女、神仙女王!
「な――――な!!」
混乱どころではなく、錯乱の一歩手前まで乱れた意識は暴走寸前。
「こうき………こうき?あれ?こうきがふたりもいる………?」
夢の中の女に良く似た謎の女も、僕と『剣聖』をみて少々混乱したようだが、
「…あは、こうきがふたり…たのしー……」
知性の欠片も感じられない、幼い物言いで、あっさりとアリエナイ現象を肯定した。
「なん………なんだよ………おまえら」
同質であり異質である目前の二人に眼を鋭くする。
「ほら、ディドも御先祖様に挨拶しなよ」
「うん……わたし……ディド・バルカ……」
ゆっくりと首を大きく傾げて、
「はじめ、まし?あれ、どうして、わたしこうきに、あいさつ……するのかな、かな?」
「いいんだよ、ディド。初めましてで」
姿形は夢の中の人に酷似した、けれども知性を感じられない幼児のような物言いが異常差を際立たせる。
「じゃあ………はじめまして………あは、あたらしいこうきも………かあいい」
よくよく見れば視るほど目立つ差異。
輝きながらも、くすんだ黄金の髪。
まるで死化粧の様にのっぺりとした純白肌。
瞳孔の開いた、焦点の定まらぬ青い瞳。
窶れ果て痩せた頬は、むしろ成熟した大人の妖しい色香を増加させてみせる。
――――エリーシャとは真逆の、ディドの模倣人形。