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第一章 2

「―――百年振りの目覚め(、、、、、、、、)は如何ですか?」

(―――――――え?)

 非現実的すぎる言葉は(ハンマー)の様に、僕の意識を叩き潰した。

 『百年振りの目覚め』

その言葉の意味がよく飲み込めない。何を馬鹿なことを…とも思うが、目の前の少女の青い瞳は真剣そのもの。嘘や冗談を言うような表情ではない。

 まっすぐ過ぎる少女の瞳から逃げるようにして顔を逸らし、辺りを見回すとUNUMS………『国連大学付属魔法学校』の寮とは全く違う見慣れぬ部屋。きちんと整理された清潔な………病的なまでに白い、清潔すぎる部屋。

(ここは…どこだ?)

 そう喋ろうとして、口が塞がれていることに始めて気づく。………人工呼吸器だ。

他にも点滴の管や何だか良く分からない管が身体中に張り巡らされベッドの側の変な機械と繋がっており、思うように動けない。重病人や手術患者でもあるまいし何でこんなものが…

 混乱する僕をよそに、少女は淡々と背後に控える二人に命令を出している。

「ゴルヘグ」

「はっ」

 少女の傍らに控える、巨大で筋肉質な執事が応答する。

 身長は二メートルを越え、筋骨隆々で迫力満点の体躯は百三十キロ以上あるだろう。つるりと磨き上げられた禿頭(スキンヘッド)に角ばった輪郭の眉まで剃り上げた顔は、道端で出会ったら即効で逃げ出したくなるような極悪な人相をしている。

 少女は、大の大人でも裸足で逃げ出しそうな大男に臆する事無く命令を出す。

「アンヴァリッド、ヤグチ・コウキが無事に目覚めたとハスドルバルの伯父様に報告してきて下さい」

「ははっ」

 自分より頭三つ分は小さな少女に慇懃に礼をして、巨体らしからぬ静かな足取りで部屋をでる執事。

「ネル」

「はぁい♪」

 同じく少女の傍らに控えた女性が応答する。

 榛色の髪を柔らかく編んだ、しっとりとした二十代半ば位の女性が、黒縁の地味なメガネの下に母性を感じさせる柔らかで優しげな表情を浮かべる。こちらは機能美に優れたメイド服を着込んでいる。

「生命維持装置を外してください。もう、心身・霊魂ともに安定しているようですから大丈夫でしょう」

「あいあいさー♪」

 明るく答えると、ネル、と呼ばれた女性は僕に近づいてきた。

「はいはいコウキさん。じっとしてて下さいねー。痛かったら言ってくださぁい」

ネルさんはベッド側の変な機械…おそらく生命維持装置……をいじくった後、点滴の針や身体中に張り巡らされた管を看護婦さんのような手際の良さで次々と外していく。

 針を抜くときのチクリとした痛みが、これが紛れも無い現実だということを示していた。

 人工呼吸器も外される。解放された口で自主的に息をして埃っぽい空気を吸い込んだ。

「コウキ君、私の話…分かりますか?」

 ネルさんとは逆側から、ベッドに横たわる僕に顔を近づける少女。彼女の体温が伝わるには遠く、彼女の香りが届くくらいには近い距離。まるで夢を巻き戻したかのような情景。

まるで旧知の間柄のように少女は話しかけてくる。だが、知らない。僕はこの少女の事を……現実には……しらない。

 学校の知り合いではないし、学外にも親戚にも少女に該当する人はもちろんいない。

 唯一思い当たるのはさっきの夢の中の(ひと)だけ………しかし、夢の住人が現実に現れるなんて、そんな事が現実に起こるのだろうか。

夢で見たのと全く同じ少女…いや、良く見れば、違う。その黄金・純白・青の色彩と瓜二つの顔立ちに目を奪われて誤認していたが、その少女は夢の中で見た(ひと)とは違っていた。

 まず、身長が違う。夢の中の(ひと)は僕よりも長身……身長百七十強はあったのに、目の前の少女はいいとこ百四十。身長に三十センチ以上の開きがある。

それに伴い、見かけの印象も大分違っている。夢の中の(ひと)は満開に咲き誇る女の美貌を完成させていたが、目の前の少女は身体つきも細く華奢で、まだつぼみの固さを残す。

外見だけで年齢を判断するならば、夢の中の(ひと)は二十五歳前後で、目の前の少女は僕の妹と同じ年くらいか。

 つぶさに見れば顔立ちにも細々とした違いがある。夢の中の(ひと)よりも目の前の少女の方がやや眉が太め、目が釣り上がり気味になっていて、強情そうな感じが強化されている。

 夢の中の(ひと)と同一人物とは思えないが、全くの他人とも呼べない位よく似た少女。一番可能性が高いのは姉妹だろうか?何にしろ、この二人が無関係というわけではないと思う。

 だから、夢の中では自然に呼んでいた彼女の名前を恐る恐る口にした。

「―――ディ…ド………?」

「っ!」

 少女の反応は顕著に現れた。まず目をまんまるにして驚きを露わにした後、逡巡と躊躇いが交錯し、視線が左右に忙しく動き………最後に、目を伏せて口を開いた。重々しく。

「ディドは………《母》は、もういません」



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