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第2章9

奥へ、奥へ、陰鬱な空気が更に濃度を深める通路を――――奥へ。

絶滅動物の博物館を突き進み、踏み込んだのは鳥類の絶滅回避研究所。

此処でも同じく等しく、何もかもが絶滅へ向かっている。

――――『鷹 絶滅』『鷲 絶滅』『隼 絶滅』『鳶 絶滅』

飛べない鳩はこの閉塞した世界に圧迫感を覚えるのか、せっかく孵化した雛を自ら食い殺して研究員を嘆かせる。

――――『燕 絶滅』『雀 絶滅』『(つぐみ) 絶滅』『鵯 絶滅』

飛べない鴉は自らの羽を抜いて抜いて抜き続ける、コンナモノは要らぬというように。

………息が詰まる、胸が痛い、呼吸が苦しい。閉塞感から身体が不調を訴える。

いつの間にか通路は階段へ変わっていた。

中央を中抜き吹き抜け状にして、地下へと下るは螺旋階段(スパイラルラダー)。右に寄れば絶滅鳥類の剥製に睨まれ、左によれば飛び降り自殺。

一段踏み外せば一巻の終わり、なんと命の容易く失われる事か。一段一段慎重に、気がめいる程に、慎重に――――

吐き気、頭痛………本格的に体調の悪化を感じかけた時、

(………あ)

エリーシャが、無言のうちに僕の手を握っていた。

――――あたたかい。

不思議な事で、それだけで苦しみがスゥっと軽減する。強く握り締める。小さな手を、柔らかな手を。

足が、止まった。微笑みながら、エリーシャは右の実験室を指差す。

――――金糸雀(カナリア)、一羽、籠の中。

羽は抜け、痩せて、よろめいて、それでも命を繋いでいる。

震える体の下には、小さな小さな卵。卵には(ひび)、それは絶望?…否、それは希望の印。

割れる卵の殻、覗き出る小さな(くちばし)、卵の中が外気に触れる。

ピピ、ピピピ?と雛が鳴く。それは誕生の歌。ピリリ、ピーピッピと親鳥が囀る。それは歓喜の歌。

まだ目も開かぬ雛が、一生懸命殻を破こうとしている。親は囀り続ける、励まし続ける、だが手助けはしない。

まず一つの卵から、殻を破って雛が完璧に殻を破って這い出てきた。

ピリリ、ピーピッピと親鳥が囀る。

『生まれてきてくれてありがとう、可愛いボウヤ。私がママよ』

 と言うように。

 雛は小さく羽ばたき、母に甘え、すぐに他の卵へ近づく。ピピ、ピピピと雛が鳴く。それは応援の歌。まだ殻を破りきれない弟妹たちを助けるために、最初に生まれた雛が外から殻を破る。

 果たして兄の助力を得て、二羽目三羽目の雛が殻を破る。

 その頃には籠の中は大合唱で、なかなか殻を破れない四番目の………最後の雛を応援する歌は随分賑やかになっていた。

 みんなで協力して最後の弟妹が生まれるのを応援する。親は励まし、一番上の雛は殻を突付き、二番目の雛は卵の傍で始終歌い、三番目の雛は羽ばたきながら見守り続ける。

 やっとのことで殻を破った最後の雛を、全員で祝福する。

金糸雀一家の大合唱が始まる。

弱りきった体で力強く歌う親鳥と、小さな体で元気良く歌い上げる雛達の、凍りついた『絶滅回避研究所』を溶かすような、五重奏。

それはエリーシャにとっても望外の幸せだったようで……愛しげに雛を見つめる青い瞳が、熱っぽく潤んでいた。

左手にはエリーシャの温もりが伝わり、実験室のガラスに触れた右の掌は冷たいけれど、微かに………幽かに、金糸雀たちの大合唱で震える鼓動を、生命の歌を感じた。



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