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第2章8

『絶滅回避研究所』……その施設は動物園の片隅にひっそりと建っていた。

開放的な外の施設とは全く異なる空気…冷たい檻の中に、生き残った僅かな動物が閉じ込められている。

「もともと箱舟計画(ウトナピシュテム)は、二、三十年の期間を想定したものでした」

 暗い廊下を歩きながら、淡々とエリーシャは説明する。

「ミゼリコルディアの魔の手が届かない、安全な月で反撃の為の戦力を整える……一億人の人命救助だけの計画ではなく、次世代のアンヴァリッド育成、地球を取り戻すのに必要な戦力を養成する、その為の計画なんです」

 檻の中には一握りの動物がいて、人工繁殖や…単に絶滅を遅らせる為だけの延命措置が行われていた。見ていて愉快なものでは、決してない。

「ですが、腐敗王ガモンハイドの侵寇によって……全てが狂ってしまった」

 空っぽの檻も数多く存在する。そして其処には、必ずプレートが掲げられている。

「ガモンハイドは(ディド)に封印されましたが…封じられた身のままで、ずっとこの箱舟(ウトナピシュテム)に干渉しています」

『ツキノワグマ 二一年絶滅』『二ホンサル 四四年絶滅』『レッサーパンダ 四五年絶滅』『アビシニアン 四六年絶滅』『オオカミ 四七年絶滅』『ゴールデンレトリバー 四九年絶滅』『プレーリードッグ 五〇年絶滅』『カンガルー 七八年絶滅』『ワラビー 七八年絶滅』『ゾウガメ 七九年絶滅』

…………絶滅を阻止できなかったという無念を刻んだプレートを、掲げて。

「封印されたガモンハイドは、アンヴァリッドに必要な咒力を奪い続けています。

その所為で、当初の計画では三十年もあれば十分な数のアンヴァリッドを復活(レスレクティオ)できる筈だったものが、十分な咒力が確保できずに、百年目の今日まで……コウキ以外に誰一人復活(レスレクティオ)させることができませんでした」

 研究所の職員達の顔は、おしなべて暗い。自分達の無力を呪うかのように、悲愴。

「当初三十年の計画の為に造られた箱舟(ウトナピシュテム)は…計画の失敗や長期化に備えて五十年は保つ様に設計されてはいますが…一世紀という長期間の為には造られていないんです」

 生命維持装置に繋がれて、横たわる一匹の老犬…もはや種を存続させるペアもおらず、自身の生命も風前の灯火。滅びを待つだけの老犬の瞳に力は無く光は無く…ただ、絶望だけが其処にある。

箱舟(ウトナピシュテム)は老朽化の極みに達しています。

生命維持装置は正常に作動せず、引き起こされる事故で年間平均一万人が死亡する。

食料プラントは耐用年数を遥かに越えつつも稼動を余儀なくされ、慢性的に食糧不足。

水質浄化装置は限界を超えて飲料不適格の水を使わざるを得ず、体調を悪化させる」

 飛べない鳩はこの閉塞した世界に圧迫感を覚えるのか、せっかく孵化した雛を自ら食い殺して研究員を嘆かせる。

「産児制限や技術改良、魔法による応急処置……みなの必死の努力でなんとか誤魔化していますが、箱舟(ウトナピシュテム)は………社会を支えきれなくなってきています」

 立ち止まって振り返るエリーシャ。

「分かりますか?コウキ君」

 感情を窺わせない能面のような表情で、エリーシャはそれを見せつける。

「此処に居る動物達の姿は……このままでは月の人間の辿る『末路』そのもの」

――既に絶滅した動物達の夥しい数の骸を。

「このままでは………例えミゼリコルディアの侵寇がなくとも………数年のうちに人間は絶滅します。人類に希望は……ないんです」

 剥製となった動物達が、恨めしげな顔で僕を見詰める。

「コウキ君……」

 暗い研究所の中でエリーシャの瞳が、

「コウキ君だけが……人類の希望…なんです」

 エリーシャの青い瞳だけが、言葉を失った僕を、場違いなほど優しい光を湛えていた。



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