第二章7
――緊張は呆気なく解けて拍子抜けする。
わんわん、にゃーにゃー、ぐるるる、きーきー、ぱおーん。
象が長い鼻を使って水浴びし、パンダが隅っこでごろごろし、カンガルーが飛び跳ね、コアラが樹上からギロリと睨みつける。
様々な動物達が鳴き、唸り声を上げ咆哮する度に幼いこどもの笑い声が賑やかに響く。
『サクラメント中央動物園』は親子連れのほのぼのとした雰囲気に包まれていた。
「エリーシャ………ほんとにここ?」
「ええ、ここで間違いありません」
しかしエリーシャの眼光は場違いな程に鋭い。園内の動物を見る表情は沈鬱で、まるで痛みに耐えるよう。
動物、嫌いなのかな?
いや、でもそれなら動物園になんか連れてこないだろうし…エリーシャの目的が分からずに、僕は困惑する。
黙々と動物園を進むエリーシャに遅れないようについていく…と、足が何かに引っ張られ、
「あー、フェレットだー♪」
見ると、フェレットがズボンの裾に噛み付いていた。可愛らしい動物に、思わず顔が緩む。抱き上げると「キュキュ?」と細く鳴くが抵抗は無い。それどころか身体を伸ばして
「あはは、おまえ随分人懐っこいなー」
すりすりと頬擦りしてくる。長い毛並みがすべすべして肌触りがよく、清潔にしてるのか臭いもほとんどしない。
「動物は、相変わらず好きみたいですね」
目を細めたエリーシャが、声を掛ける。
エリーシャばかり見ていたので気づかなかったが、周りのこどももうさぎを抱き上げたり羊を追っかけたりしている。危険な肉食獣でなければ、気軽に触れ合えるらしい。
「うん、動物は好きだよ。実家では犬とか猫とか小鳥とか色々飼ってたしー」
可愛い小動物を抱きしめて喜ぶ僕に、しかしエリーシャが冷たく言い放つ。
「………その仔、ロボットですよ」
「――――え?」
突然の言葉は思いも寄らず、固まる僕からエリーシャはフェレットの首根っこを掴んで、ひょいっと取り上げる。
「電源を切ってしまえば…ほら」
エリーシャが首の後ろを触り、カチリ、と無機質な音一つ。直後にだらりと四肢を伸ばすフェレット。死んだように全く動かない。
「ろぼっ………と?」
動かなくなったフェレットを信じられない目で見る。本物としか思えなかったのに…
「なんで、どうしてロボットなんか」
声を荒げかける僕を遮ったエリーシャの言葉は、更に衝撃的だった。
「もう、その動物は…絶滅してるんです」
エリーシャの淡々とした言葉は、却って深く、僕の心を、抉る。
「その仔だけじゃありません。此処にいる動物はみんな……ロボットです。
おかしいですよね?動物園なのに、此処に生きた動物なんて一匹もいないのですよ」
……ほのぼのとした動物園の光景が、突然空虚なものに豹変した。
動物機械を見て喜んでいるのはモノを知らぬ子供だけで、カラクリを知っている大人たちの目は乾き………虚ろに微笑んでいる。
エリーシャは微笑む、憐憫の眼差しで動物達を見ながら。
「嘗て世界にこんな動物が居た…ここはその記憶を風化させない為に作られた施設」
わんわん、にゃーにゃー、ぐるるる、きーきー、ぱおーん。
様々な動物達が鳴き、唸り声を上げ咆哮する度に、薄ら寒い感情が頭を巡る。
機械仕掛けの贋作動物公園、どうして、そんなものが存在するのか、考えるまでも無く………答えは、無慈悲に、告げられる。
「そうですコウキ君…此処の動物は、みんなとっくに絶滅してしまっているんですよ」