第二章 3
と、感傷に暮れる僕には気づかず、エリーシャはポンっと手を打って一言。
「街に戻る前に、少しは偽装しないと」
「偽装?」
問いには答えず、エリーシャは後ろ手で髪を束ね、
「――――あ?」
エリーシャの綺麗な髪が、腰まで届く芸術品のように見事な髪が、光そのもののような髪が………断ち切られた。
何年も掛けて伸ばし、日々たゆまぬ努力無くば維持出来ないような髪を惜しげもなく。
「『咲き誇り(アグライア) 匂い馨し(エウプロシュネ) 華一輪』」
行動の意味が分からず絶句する僕をよそに、断たれた髪を触媒に早口で呪文を唱え、
「『――散りぬる前に(カリス) 恋せよ乙女!』」
髪が、光に変わる。今度は比喩でなく、本当に光に!
「わ、わわわ!?」
あまりの光量に腕で顔を覆う。それでも眩しさのあまり、きつく閉じた目蓋の奥まで届いて頭は白む。
「わ………わあ?」
十秒近く続いた発光で、瞳はチカチカ頭はクラクラ。視力がまともに働かない中、
「ああ☆想像していた以上に可愛らしく☆」
「………………………ふえ?」
なんだか随分嬉々としたエリーシャの声が聞こえてきた。
――――途端に気付く。
なんというか、違和感。体のあちこちに、なんとも言い知れぬ違和感が………
「え?なに?何?どうなったの何したの?」
「どうぞ御自分で確認を」
ポンっと、女の子の必需品コンパクト。
確認します………しました。
変化1→髪が伸びました。サラサラのロングヘアーです。女の子みたいに。
変化2→なんだか服が変わっています。フリル付きです。そしてスカートです。女の子みたいに。
………女の子みたいです。
てゆか女の子です。どう見ても。
「な?ななな!何故に女装!!??」
「魔法使いともあろうものが性転換程度で取り乱すなんて………みっともないですよ」
「性転換!?せいてんかぁん?!」
想像の斜めに上回る回答に更に声を上擦らせる。
「うわあああ、なんか膨らんでるし!?」
「Bカップあるかないか、くらいでしょうか?」
「さ、触んないで。そして、そんな冷静に計らないで」
「大丈夫ですよ、今の私よりは大きいですから。同年代の平均サイズは下回っているでしょうけれども」
「なんだかそっちこそセクハラじゃないの?それにそういう問題じゃないし」
とりあえず両手で胸をガードしつつ、ああ、なんか女の子が胸を見られたくない気持ちが分かりかけてしまうし。
「服もー、なんかー、フリフリだしー」
可愛い子以外が着ると物凄い非難を浴びそうな、フリル付きの服。
「これでこの娘が伝説の『剣聖』ヤグチ・コウキとは一目では見破られないでしょう」
「……絶対に見破られない事を願うよ」
この変化魔術の巧みっぷりは、やはりハッドの親類だからだろうか?
「コウキ君はもともと女顔ですし、性転換しても違和感がないですね…良い事です」
「何がいいんだか。なんでこんな………性転換なんかしなきゃなんないの」
「追手の目を欺く為でもありますが……何よりコウキ君を一般人の目から遠ざける為です。
貴方の顔も名前も、月の民一億が全て知っていますから………あの姿のままでは街中で行動など到底不可能でしょう」
説明を聞きながら、ふと、露わになった項を見て、ハッとする。
「あの………ごめんね。僕の為に、髪………切らせたりして」
三分の一程度の長さになった少女の黄金。
腰まで届いたロングヘアーが、肩口までのセミロングに切られている。
髪は女の命という。ましてやこれほどの美髪。切るにはよほどの覚悟が要るだろう。
「いいえ、最低限必要な措置でしたのでコウキ君が謝る事など何一つありません。男女一組より、女二人でいたほうが追手の目も欺けますから」
僕の謝辞を些細な事と受け止める少女。
「それに……少しだけ、髪を切ったことで私の気持ちが楽になった面もありますので」
淡く微笑むエリーシャ。その言葉の意味を図りかねて、言うかどうか迷いつつも、口にする――――率直な感想を。
「あの、その、それからさ………その髪型も、すごく似合ってるよ」
なんていうか、
○お嬢様度DOWN
○生真面目さ・委員長っぽさ・親しみやすさUP
て、感じ。
「……………………不意打ち、です」
瞳をまんまるにして、硬直しているエリーシャ。あ、なんかこどもっぽい顔になってる。
三度朱に染まる純白の肌。ただし今回は真っ赤にならず、淡くほのかな桜色に染まる。
んー、言葉まずかったかなぁ………?また怒らせたかも………
「も、もう!早く行きますよ」
「え、ちょっ、わ!?急発進反対!」