第一章 16
「逃げます!コウキ君!」
片手にシュベルトライテを掴んだまま、エリーシャが、強く、引いた。
「え、ええ?」
事態の急変に追いつけず僕は迷い―
「『定型無き美術』!」
瞬間、魔弾がエリーシャに直撃した。
「きゃああ!?」
「うわわわああ!?」
エリーシャが弾き飛ばされ、手を繋いでいた僕も同じく道連れになった。
「――――その行為は人類社会に対する造反と見做すぞ、エリーシャ」
「………ハッド」
倒れた傍らに、ハスドルバルが立っていた。この惨状に動ずる事無く、涼しい顔で。
老人とは思えぬ身のこなし、最少の魔力で急所をつく圧倒的な実力差で、ハスドルバルはエリーシャを取り押さえた。
「これだけ派手な破壊行為をしながら誰一人傷つけずにいるが………その程度の覚悟で人類を救えるとでも?」
「………え?」
言われて、信じられない思いで辺りを見渡す。円卓会議場は瓦礫塗れで原型など留めていない。それは当然、なぜならここの全員を皆殺しにしても余りある攻勢魔法が炸裂したのだから。
だけど、確かに死傷者などはいない。憎たらしい口をきいた騎士も、エリーシャを侮辱した騎士もみっともなく逃げ惑っていたのに………無傷。
「………くぅ」
ハスドルバルの一撃を受けて倒れていたエリーシャが槍を杖に立とうとして
「あう!」
「エ、エリーシャ!?」
ハスドルバルの硬い靴で頭を踏みつけられて、再び床に伏した。
「本気でコウキを信じるというのなら、此処にいるコウキ処分派の全てを抹殺するほどの気概と覚悟を持て…それすら出来ずに逃げ出そうとするなど、恥を知るがいい!」
エリーシャの小さな顔を、美しい髪を踏みにじりながらハスドルバルは語尾を荒げる。
「……それが、お爺様が一世紀以上貫いてきた『人類存続の為に必要な犠牲』ですか」
「非常の時である。非情の方策を採らねば、救えぬ」
髪を、顔を汚され痛めつけられながらも、エリーシャのハスドルバルを睨む瞳は燃えたまま。
「エリーシャよ、お前もバルカ家の端くれならば非情に徹する事を覚えよ。己が身が汚れる事を厭うでない………でなければ、何一つ守ることなどできぬ」
ハスドルバルの『定型無き美術』が細い杖から、大木さえ伐採する大斧へと変化する。振り上げた刃先を、僕へ向けて。
(殺………される!?)
血が凍え、身が竦む。老紳士の顔に少年の面影はない。ただ、無慈悲。
「せめてもの情けだ。蘇生も再生も追いつかぬように、殺してやろう」
大斧が、振り下ろされ――!