第一章 14
(エリーシャにも………嫌われたかな)
なんとなく、彼女にだけは嫌われたくないと思っている自分に気づく。それは夢の中の(ディド)女に似ているからか、それとも目覚めたときに一番近くに居たからか、他とは違う親近感を彼女に覚えていた。
でも、彼女の槍を避けられなかった僕は、彼女が望んだヤグチ・コウキではなかった。
美麗な顔を虚ろに染めて、僕が無力だと知った時の彼女の呆然とした表情。その顔が全てを物語っていた、僕は、この世界に、必要ないと。
鬱々と自分を責めていると、誰かの言葉が耳についた。
「サンサーラによって何でもいいから造り出せぬか?」
………サンサーラ?その言葉はどこかで聞いた覚えがある。顔を上げると、いかにも苦渋の決断といった感じで眉間に皺を寄せ、一人の上級騎士が主張していた。
「この状況ではサンサーラを行う事も止むを得まい」
「実験を強行して貴重な手駒と尊い人命を失った事をもうお忘れか。サンサーラは極めて成功率が低い。十年前の悲劇の二の舞に成りかねん」
「他に方法が無い以上、それが禁忌だろうが封印指定だろうがやるべきではないのか」
反対するハスドルバルとその上級騎士の議論を聞きながら、記憶の底を漁る。サンサーラ、その言葉を思い出そうとすると棘のような痛み。どこで聞いた言葉か、何か、重要な意味があったような………二人の口振りからすると、相当危険な事のようだが。
僕が記憶を掘り起こしている間に、二人の議論は強行に反対するハスドルバルによって却下されていた。
「復活の失敗時点で、世界の滅亡は半ば決まったようなものだ………我々には、もう打つ手が、ない」
溜め息、いや、絶望混じりの老騎士の言葉で、再び議場は沈黙する。
二度目の沈黙は、一度目よりも暗く、重い。
「いや―――一つだけ、方法がある」
静寂の中でハスドルバルが重い口を開いた。
「失敗作であるそこのヤグチ・コウキを………処分(、、)すればいい」
「――――――――え?」
処分――――その言葉の意味が分からず、僕は硬直した。
「その失敗作を処分し、回収した咒力をもとに他のアンヴァリッドを復活させることは可能だ。多少グレードが下がっても、全く戦力にならんそこの失敗作と比べればマシであろう」
僕を睥睨しながら…威厳を持って、ハスドルバルは淡々と語る。『失敗作』と、僕を断じて。
「ヤグチ・コウキの処分によって一割強の咒力が失われるが、その分を補填すれば他のアンヴァリッドを復活させることは不可能ではない」
断言するハスドルバルに迷いは無い。それが、他の騎士にも火をつけた。
「そうだ、処分しろ!」
「使い物にならぬアンヴァリッドなど必要ない!」
本人を前にして僕を『処分』することを声高に叫ぶ人々。その狂騒はまるで宗教裁判の様相を呈していて、十人の上級騎士のほぼ全てが僕を処刑台に送る事を要求する。
怖い。すごく、恐い。自分がこの世すべてから否定されているようで。
ああ、そうか。恐怖ともに理解する。ただのヤグチ・コウキは、この世界にいる資格はないんだと。この僕は、ここでは………『失敗作』なんだと。ここでは、誰も僕を助けてくれる味方なんていない、僕は孤独なんだと。
「待つがいい!」
その時、鋭い声と共に暗い円卓会議場に一筋の光が差した。
ドアを開け放って乱入してきたのは……
「………エリーシャ?」
信じられない思いでその名を口にする。