第一章 13
「ハスドルバル翁、つまり我々は………失敗したということか」
議長の口調は重々しく――――
「一億人分の咒力と、三百億メレムもの血税と、八十万ギガワットの発電所を注ぎ込み消費した、救世主ヤグチ・コウキの復活に…」
苦々しく―――
「失敗したと――――そう言うのか!!」
満場は沈黙する、深い絶望に沈みこんで。
騎士の城の円卓会議場に集まった騎士団員は苦悩し、懊悩し――――皆一様に力無い目で、全ての希望を失ったような虚ろな瞳で、僕を見た。
なじるような瞳でねめつけられる度に胸の傷が痛む。
寝巻きから礼服に着替えた僕は立ったまま、彼らの非難の矢面に立つ。気分はまるで裁判の被告人、身に覚えのない罪状で捕らえられた。
「然り」
絶望の報告を行った統合騎士団長代行ハスドルバルは無表情で切り返す。
「復活は不完全だった…ヤグチ・コウキの受肉は成功し、現世に黄泉返ったが(、)」
ハスドルバルの変化魔法は解かれている。老紳士の姿に戻っている。
「されども、肝心の絶滅戦争の記憶が欠落している」
御歳一二〇歳を越えるハスドルバルだが、背筋は伸び口調は明瞭で声量は十分。しかれども、その言葉の力強さが場の空気を好転させはしない。更なる重圧のみを老紳士は発言する。
「凄惨な戦争の記憶に対し自ら記憶を封印したのか、それともなにか外的な要因によって記憶が阻害されているのか、百年という時間の経過が『廃兵院』システムに障害を起こしたのか………原因は不明だが」
溜め息が漏れる。議員の中には両手で顔を覆うものもいた。
「現在の彼は十七歳当時………絶滅戦争勃発二年前までの記憶しかない。彼がただの学生として平和な日常を過ごしていた時までのことだ」
ハスドルバルが言葉を発する度に、その一語一語が絞首台の縄のように締め付けてきて息が苦しくなる。
「知識も肉体強度も戦闘力も、その当時に準じたものとなっている。つまり、廃兵院に『埋葬』される前の………ごく一般人と変わらぬ力しかない」
そして死刑判決を断じる裁判長のように、ハスドルバルは発言をこう締め括った。
「復活したヤグチ・コウキは………無力だ」
信じていたものに裏切られたように、生気の無い幾つもの瞳が僕を胡乱に見下げる。
「このままでは、聖戦にて刺客に敗北するは必定。月に残った人類も絶滅(、、)することになる」
死刑判決…そう、死の宣告を受けたように満場は沈黙している。深い絶望に沈みこんで。
「どうするのだ!?ミゼリコルディア・ガモンハイドの侵攻は間近なのだぞ!?」
誰かが激昂して机を叩いた。それを契機に各騎士達は火が付いたように叫びはじめる。
「騎士を総動員したらなんとかならんか?一万もの騎士ならば、ミゼリコルディアにも立ち向かえよう」
「アンヴァリッドの劣化コピー体である騎士ではミゼリコルディアに敵うはずも無い。息をするより容易く殺されるのが必定であり………ガモンハイドの空腹を満たす餌と成り果てるだけだ」
「新たに他のアンヴァリッドを復活させる事はできないのか?」
「不可能だ。単純に咒力が足りん。一億の咒力を溜めるのに百年が掛かったのだ。とても今から新たなアンヴァリッドを復活させる咒力を発生させるための時間も人命も無い」
「月を離れ、どこか遠くの星に逃亡できはしないか。火星なり木星なりなんなりに」
「すでに百万人を火星に、五万人を木星衛星群に、三百人を冥王星に絶滅回避の為に逃避させている。それ以上の人間を受け入れさせる余力は各惑星にはない」
活発な…というより、自棄を起こしたように思いつき次第出される意見は、直ぐにハスドルバルに却下される。発言の細かい内容は分からないものの………切羽詰った感じは理解できる。
それをただただうなだれて聞き続けている。
――――胸が、痛い。
どうして、僕はこんな中途半端な身体で、記憶で、復活してきたのだろう……?
どうして、誰もが期待した救世主としての自分で復活できなかったのだろう……?
人類最強のアンヴァリッド『剣聖』ヤグチ・コウキ。僕だけが目前に迫った脅威、『腐敗王』ガモンハイドと闘える唯一の戦力であり……この閉塞した状況を救える救世主の筈だった。
それは決して十七歳の高校生などではなく、僕であって僕でない、僕の姿。自分でも信じられない未来(……いや、過去か?)の自分。
求められ呼び出され、それなのに役立たず。
なぜ、肝心の記憶を、肝心の力を喪失しているのか、そんな自分が嫌になってくる。
ふと、エリーシャの顔が思い浮かんだ。
(エリーシャにも………嫌われたかな)