第一章 9
「これが、あなたの記録です」
バルカ家に保存されていた映像資料とともに説明された僕の記録。自分の記憶にない自分の勇姿は………はっきり言って他人にしか思えない。
「信じ、られない………」
だから、自然とそんな言葉が漏れて出た。
「僕は只の学生で…『剣聖』だとか、アンヴァリッドとか…そんなのは知らない……」
僕にそんな力がある事も、僕がそんな戦いを経験した事も、信じられない。
「どんなに信じられなくとも……間違いなく、あなたは月の民一億の咒力をその身体に宿した人類最強のアンヴァリッド、『剣聖』ヤグチ・コウキなのです」
「そうでなければ…もう、人類には滅びの道しか残されていません………」
エリーシャは強い眼差しで、ネルさんは縋るような眼差しで僕を見る。
一端、会話が途切れる。僕の理解が追いつくのを待とうというのか、誰も声を掛けはしない。ただ、見守られていた。
「僕の………」
ややあって、口にしたのは、一つの疑問。
「僕の家族は………どうなったの?」
聞くのが怖い、だが、聞かねばならない。
「………………………御両親は戦禍に、巻き込まれて………残念ながら………………」
エリーシャが俯き………それだけで答えは想像できてしまう。
そうか、お父さんもお母さんも………みんな、死んじゃったのか………仕方ないよね。あんな凄い戦争があったんだから………
「ですが、妹のアカリさんは絶滅戦争を生き残り、このウトナピシュテムへ避難していました」
「アカリが!?」
信じられない思いで、勢い良く顔を跳ね上げる。アカリ、僕の歳の離れた可愛い妹。そのアカリが………生きてる!?
しかし、喜びはすぐに掻き消される。
「すでに五十年近く前に亡くなっておられますが」
「そう………か。もう百年も経ってるなら………生きてるはずないよね」
エリーシャの申し訳なさそうな声に、僕も再び落胆する。
「写真なら、幾つか」
「――――見せて」
「どうぞ、こちらに。アカリ様の親族から借りてきたアルバムになります〜」
ネルさんの手からひったくるようにして、写真を見る。
僕の記憶にあるのは、幼い頃はいつも僕のシャツを引っ張りながら後ろをちょこちょことついてきていた、甘えん坊の妹。
「これが、アカリ――――?」
だが、写真に写っているのは、僕の見知らぬ妹の成長した姿。僕の見知らぬ顔をしている妹の姿。僕より遥かに大人っぽくなった、妹の姿。
「アンヴァリッドの血縁者からは、優先的にウトナピシュテムへの乗船が行われました」
写真はウトナピシュテムに乗ってからの、アカリの生涯を記録していた。
「――――なんで、アカリが、赤ちゃん、抱いてるの?」
思わず、目を丸くした。写真には優しい顔で胸に抱いた赤ん坊をあやすアカリの姿。
「それは………もちろんアカリさんが出産されたからです」
「えーっと………相手は?」
「それは不明」
ハスドルバルが即座に切り返す。
「不明………?どうして?」
「彼女が、相手は誰か語らなかったから。未だにヤグチ・アカリの相手は誰だったのかと論争になっているよ」
「………つまりは、アカリ様は未婚の母となられたのです」
重々しく、巨漢の執事が言葉を続ける。
「アカリが………未婚の母に………」
お兄ちゃんとしてはものすごく釈然としないものを感じながら……アルバムを捲る。
息子が出来て、娘が出来て、お嫁さんが来て、お嫁に行って、孫が出来て、家が分かれて、誰かが死んで、また誰かが生まれて……
「血縁者からは力ある子孫が生まれる可能性が高いため………次代の戦力として期待できる子が生まれるから、優先されました」
年経るごとに家族が増える。増える、増える。時々減って、また増える。
「今、この要塞………騎士の城に集う騎士団もそんなアンヴァリッドの子孫たちで構成されています」
あっというまに六十歳の誕生日。還暦祝いに集った親族一同。
姻族には白人もいれば黒人もいる。だから子孫の顔は多種多様、僕やアカリに良く似た子もいれば、日本人の面影なんて全く無い子もいる。
世代、年代、時代を超えて集まった人々………人類の縮図のような、一つの家族。
その真ん中で、最も幼い赤ちゃんを抱いて微笑むアカリ―――なんて、幸せそうに。
「アカリ………」
六十年。僕の知らない半世紀を生き抜いた妹。
すっかり年老いた、でもどこかに幼い頃の面影を残した、僕より遥か年上になった妹。
がんばったね、たいへんだったよね………そんな想いを込めながら、写真の妹の頭に指を這わせる。昔、幼い妹の頭を良く撫でてやっていた時のように………感傷を込めて。