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ディンゴ  作者: 道草空
2/2

後編

さっきは運がよかった。リュカはそう思った。

 狙撃の直後で、敵も混乱していたのだろう。狼と猟犬との戦いにおいて、単独での行動は、最も自分の命を危険に晒す行為だ。それをさっきの猟犬はやってしまっていた。

 さらにいえば、恐らく彼は新人であった。狙いは甘かった上に、戦いの肝である足運びはまるで雑だった。実戦に一度でも参加したことがある猟犬ならば、まずはしない動きであったのだ。

 恐らく、敵の混乱ももう収まっているだろう。あんなに簡単に敵を仕留めることができないと考えるべきだ。

 リュカは警戒を怠らないよう他の二人に、合図した。ひとまず身を隠した敵がどこから出てくるか分からない。目を、耳を、鼻を、全てをフルに使って、三人はそんな敵を探し出そうとしていた。

 所々から銃声が聞こえる。仲間が応戦しているのだろう。そんな銃声に異音が混ざった。足音だ。押し殺そうとして、だが押し殺しきれなかった極小さな足音をリュカの耳は感知した。

「後ろだッ!」

 リュカは咄嗟に叫んだ。彼らの背後の建物には、その中から銃口をこちらに向けている猟犬がいた。人数は三人だ。

 振り向きざまにリュカは引き金を引いた。だが、猟犬たちはすぐさま建物に隠れた。そして、銃声が鳴り止むのを見計らって、中から飛び出してきた。

 猟犬たちはアサルトライフルを撃ちながら、突進を仕掛けた。凶悪な銃弾の群れがリュカ達に向かって、真っ直ぐ飛んでいく。それを避けるようにして、リュカ達は散開した。ここからはチームワークとチームワークのぶつけ合いだ。

 リュカは一番近くにいた猟犬に狙いを付けた。銃口を向け、引き金を引こうとした。だがそれにすぐに気づいたのか、アサルトライフルで牽制してきた。リュカは全力で走り、それを回避した。その勢いのまま背後を狙う。

 相手に背後を取られることは命取りであることは、狼にとっても猟犬にとっても常識だ。背後を取られないように、猟犬もまた駆け出した。アサルトライフルを撃ち、互いが互いを誘導しあう。

 何発か撃ち、ちょうど弾倉を換えようとしたとき、リュカは背後から狙われる気配を感じ取った。

 リュカを狙おうとする猟犬が引き金を引こうとしたそのとき、一発の銃声が鳴り響いた。ボリスがリュカを狙っていた猟犬を撃った音だ。リュカはこうなると分かっていた。だから振り向くことはしなかった。

 そのことはまるで気にせず、リュカは突進をしかけた。全力で地面を蹴り、猛スピードで突っ込んでいく。

 猟犬はわずかに驚いた顔をして、だが銃口を確実にリュカに向け引き金を引いた。リュカはそのタイミングを見計らって斜め上に飛んだ。わざわざ隙を見せるような動きにほんの一瞬の隙を作らされる猟犬。

 リュカはその隙を見逃すことなくウルフラムの引き金を引いた。大口径の銃弾が猟犬を噛み切ろうと飛んでいく。凶暴な牙から逃れることが出来ずに猟犬が地面に倒れる。

 無理矢理反動を抑えていたリュカは不安定な体勢で地面に着地した。それを狙うように、他の二人の猟犬がリュカに銃口を向けた。それもまたリュカの狙いであった。わざわざ隙を見せる。すぐ目の前で餌をチラつかせるように。思わずそれに食いついた猟犬たちを、ボリスとロベルトは確実に排除したのだった。


「上手くいったな」

 リュカはボリスとロベルトにそう言った。次の標的を見つけようと、三人がその場から動こうとしたそのとき、通信が入った。

『こちら三班ッ。何なんだ、アイツは!? なッ、うぁぁぁぁぁぁああああああッッ!!!!!』

 その瞬間、爆発音が聞こえてきた。

「おい、どうした。応答しろッ」

 三人は顔を見合わせる。

「仲間が心配だ。行ってみよう」

 互いに頷きあい、その場から駆け出した。



 爆発があったであろうその場所はまさに地獄であった。真っ赤な炎は燃え盛り、地面は抉れ、建物は崩壊していた。

「おい大丈夫かっ」

 リュカ達は倒れていた仲間に駆け寄った。だが息はもう無い。巨大な弾丸を腹に喰らったのか、当たりは血まみれであった。肉の焦げるような臭いが鼻を刺激する。狼化の影響でそれがひどかった。

 あたりを見回すと、もう何人もの仲間が倒れていた。この作戦に参加した狼達の半数以上がここで死んでいた。

「ちくしょう一体誰がッ!?」

 リュカは思わず叫んだ。

「リュカ、おいあそこッ!」

 ロベルトが指差す遥か向こうに、なにやら黒い影があった。何かを探すように、首を動かしているように見えた。

「なんだ、あれ?」

 リュカのそう呟いた。と、次の瞬間、グルンッと首を勢いよく回しリュカ達のほうを向いた。そして、一つの赤い光が怪しく光り始めた。

「ヤバイ、逃げるぞッ」

 リュカは思わずそう言った。

「だが仲間たちが……!」

「俺達が生き残らないと意味が無いだろッ!」

 そう言って、リュカは駆け出した。その後を他の二人も着いて行く。

 リュカ達はとにかく走った。何とか黒い影から逃げようと。だが、三人の耳を刺激するキュルキュルッというまるで金属の歯車が噛み合うような音が耳から離れなかった。その音はむしろ小さくならずに、どんどん大きくなっていた。

 後ろを振り向くと黒い影がどんどん近づいてきていた。それはリュカ達よりも一回りも二回りも大きかった。

 それはまさに“化け物”であった。四足で地面を蹴り、背中にはガトリングが備えてある。そして首のような部分には赤く輝く目のようなものが一つ付いていた。異形のそれは黒い巨体を俊敏に動かし、リュカ達に近づいてくる。

「ホント、何なんだッ!?」

 ボリスがそう叫んで、ウルフラムを“化け物”に向ける。

「よせッ、ボリス!」

 リュカの静止もむなしく、ボリスは引き金を引いた。引いてしまった。銃弾が“化け物”向かって真っ直ぐ飛んでいったが、どれも容易く弾かれた。と、次の瞬間、“化け物”の目はより一層赤く輝き始めた。

 ガトリングをボリスに向け、“化け物”は雄叫び染みた声を上げた。

 破壊の雨がボリスに襲い掛かる。その圧倒的な量の銃弾に、ボリスは飲み込まれた。狼化して硬くなっているはずの皮膚は容易く引き裂かれ、身体を貫いていく。その雨が止むむと、リュカの鼻はツンとした臭いに刺激された。硝煙と、そしてボリスの血の臭いが混ざった臭いだ。ボリスは一目で絶命していることが分かった。

「クソッ!!!!!!!」

 リュカはそう叫んだが、足を緩めることはしなかった。なんとしてでも生き残り、この作戦を成功させなければ、ボリスを含む死んだ仲間はただの犬死したことになってしまうからだ。

 

リュカとロベルトの二人は建物が密集している所へと逃げ込んだ。ここならば、巨体の“化け物”は来られないだろう。

「畜生、ボリス……ッ!」

 ロベルトは唸るようにして、友の死を悼んだ。死体はもはやボロボロになっているのは容易に想像がついた。まともに弔ってやることが出来ないのが悔しくて堪らないのだろう。

「こちら二班。だれか応答してくれッ」

 リュカは全班に通信を入れた。しかし、誰も答えない。電波状況が悪いのか、通信機が壊れてしまったのか、それとも皆死んでしまったのか。恐らくは死んでしまったのだろう。そう思い、リュカは歯を食いしばった。

「ロベルト、俺達だけでも逃げるぞ……ッ」

 どう考えても、この作戦は失敗する。何とかここまで逃げ延びたが、結局仲間達は犬死することになる。そのことから死を以て逃げ出すことは簡単だ。だが、それは許されない。生き残り、その重みを背負う。それこそが失敗者に課せられた責務だ。少なくともリュカはそう考えた。

「それは出来ないッ」

 しかし、ロベルトは違った。ロベルトとボリスはまさに親友であった。長い間苦楽を共にしてきた親友であった。そんな親友が目の前で死に、そしてその死が無駄になろうとしているのだ。無理もない。

「ここで俺らが死んだら、アイツの死は本当に無駄になるぞッ」

 だが、ロベルトが死に急ぐことをリュカは許さなかった。

「俺らがあの“化け物”に弔い合戦だと立ち向かい、死ぬのは簡単だ! だが、それはただの逃げだ! 生き残り、他の仲間にこのことを伝える。今日見た“化け物”の情報を一つ残らずだ。そして対策を講じる。それが俺らに残された使命だ!!」

「だが……!」

「……逃げるぞ」

「リュカッ」

 ロベルトは声を荒げた。だが、彼自身も分かっていた。ここで死んでも、ただの自己満足にしかならないことを。ロベルトはボリスが命を落とした場所の方を一瞥すると、苦い顔をしながらリュカの後を付いて行った。



 リュカとロベルトは周囲を警戒しながら、だが迅速に戦場からの逃亡を続けていた。

「まずいな……」

 リュカはそう呟いた。

「ロベルト、狼化はあとどれぐらい持ちそうだ?」

「あと五分ぐらいが限度だ」

 作戦開始から、二十五分が経過していた。すでに狼化可能時間のほとんどを使ってしまっている。もう一度、あの“化け物”に遭遇したら終わりだ。

「急げ、あと少しだ!」

 村に来るときに使った洞窟の入り口が見えてきた。あの巨体では、洞窟に入ることは出来ないだろう。洞窟まで、あと数十メートルのとこまで来た。だが、その時、巨大な銃声が当たりに鳴り響いた。

「ロベルトッ!!」

 振り向くと、そこには胸に大穴を空けられたロベルトがいた。口からは大量の血を吐いていた。その目に宿っていた生の光が、見る見る薄れていく。そして、完全に消えた。

「クソッ!!」

 リュカはそう叫んで、銃声の聞こえたほうを見た。何も無かったそこから、突然“化け物”がスゥッと現れた。今まで、周りの風景に溶け込んでいたようだ。

「ステルス迷彩……!」

 リュカは歯軋りをした。偵察班から、あんな“化け物”の存在が報告されていなかったことをまず変だと思うべきであった。おそらく、村に来る間はステルス迷彩を用いて、その姿を隠していたのだろう。敵にとっては、まさに隠しだまであったというわけだ。

 リュカはジグザグに駆けながら、洞窟に向かった。狼化可能時間は、あと二分。十分逃げ切れる。

 しかし、“化け物”がそれを許すわけが無かった。背中のガトリングを洞窟に向け、無慈悲にも弾を連射した。凶暴な弾丸の嵐が洞窟の入り口を破壊していく。次々と落石が発生し、完全に洞窟は塞がれた。

 一切の退路を断たれたリュカ。たとえ全力でこの“化け物”の相手をしたとしても、命を落とすだろう。ならば、再び村に潜伏するしかない。リュカはそう考え、猛然と村に向かってダッシュした。

 そのリュカを狙って、“化け物”はガトリングを向けた。砲塔が凄まじい勢いで回転し始める。それを悟り、リュカはさらに力強く、足の限界を超えんばかりの勢いで地面を蹴った。自分の走った跡を追う様に、地面が抉れていく。

途中、そばにあった岩がガトリングの餌食となり砕け散った。その破片がリュカの左目に直撃した。堪らず悲鳴を上げたが、それに怯まず自身の生を掴み取ろうと村の建物の中に滑り込んだ。

 息つく暇もなく、その建物がガトリングの威力に耐え切れず崩落した。慌ててそこから這い出し、再び駆け出す。こんなに長い間、走り続けたのは久しぶりだった。息が切れ、体力もそして狼化していられる時間も限界が近かった。

「リュカ、こっちだ!」

「ディンゴ!?」

 死んだとばかり思っていたディンゴがリュカを呼び止めた。何故かディンゴの狼化が解けていた。彼の狼化限界時間はリュカと同じくらいであったはずだが。

「リュカ、狼化を解くんだ!」

「だが、そんなことをしたらッ」

「大丈夫だ、アイツは狼化している人狼に反応するんだ。狼化を解けば、襲い掛かってくる心配は無い」

 ディンゴが狼化を解いていたのは、そういうわけであったらしい。リュカは狼化を解き、ディンゴとともに息を潜め、“化け物”をやり過ごした。

「どうやら、いったい行ったみたいだな」

「……なあ、ディンゴ――」

「どうした?」

「――いや、なんでもない」

 この日の生存者はリュカとディンゴの二人だけ。作戦は、五年前を繰り返すような形で完全な失敗に終わった。



 作戦の失敗から、数日経った。リュカは結局左目を失った。失った左目の部分にはディンゴと同じ眼帯を着けている。

 リュカはあれ以来、悩んでいた。何故、ディンゴはあの“化け物”が、狼化を解けば襲い掛かってこないことを知っていたのか。あの日、口にすることが出来なかった疑問が頭の中を何度も駆け巡る。

 たまたま狼化が解けたときに気が付いたのか、それとも元々知っていたのか。仮に後者だとしたら、どこでその情報を手に入れたのか、また何故それを他の仲間に伝えなかったのか。リュカの中の疑問が、次第に疑念へと変わっていく。

 リュカはその疑念を晴らそうと、ディンゴの部屋に向かった。

「ディンゴ、ちょっといいか」

「リュカか? どうした、突然?」

「話がある」

「何だ、聞くぞ?」

「ここじゃ……他の場所に行きたい」

「……分かった」

 リュカとディンゴは、ワイルドウルフの拠点から少し離れた広野に来た。ここならば、誰にも話を聞かれる心配は無い。

「で、どうしたんだ?」

「前の任務のときのことだ」

「……アレは残念だったな。仲間を多く失った。またまともに活動できるようになるまでしばらく掛かりそうだ」

「ああ、だが俺の聞きたいことは、それじゃない」

「何?」

「……なぜあの“化け物”は狼化を解けば襲ってこないことをしっていた?」

「…………」

「頼む、答えてくれ」

 リュカの懇願もむなしく、ディンゴは黙り続ける。次第にディンゴの表情が険しいものに変わっていき、恐ろしいほどに重い沈黙がその場を支配した。やがて、ディンゴは深く深く溜息を吐いた。

「お前からは物騒な臭いがしていた。嫌な予感はしていたんだ」

 恐らくはリュカが万一のために持っていた拳銃の放つ火薬の臭いのことだろう。そして、その言葉は、リュカの疑念が的中してしまったことを示していた。

「なぜだ!? なぜ仲間を裏切った、アラン!?」

 リュカは激昂した。自身を救い、育ててくれた者が裏切り物であったというその事実に。

「その名前で呼ばれるのも久しぶりだな。……俺達『ワイルドウルフ』のリーダーは代々“ディンゴ”の名を継承することは知っているな」

「それが今とどう関係ある……!」

「まあ、聞け。いつからこうなったんだかは知らない。だが、“ディンゴ”は動物の名前から来ているっての確かだ。で、このディンゴって動物は学者の間でも意見が分かれているらしくな、狼だか犬だかはっきりとしないんだ。この意味分かるな?」

「まさか……!」

「そう、『ワイルドウルフ』のトップはずっと『ハウンドドッグ』と、正確にはその飼い主と繋がっているのさ。だからこそ裏切り者(ディンゴ)の名を架せられる」

「そんな……」

「疑問に思ったことは無いか? 俺達の銃はどこから来ているのか、なぜ俺達の装備は『ハウンドドッグ』のものと酷似しているのか」

 リュカ自身、そのことを疑問に思ったのは一度や二度ではない。

「だが、それも当然だ。なんせ出処は同じなんだからな。『ワイルドウルフ』と『ハウンドドック』は国から武器を与えられているんだ。経路は違うがな」

「なぜ国はわざわざそんなことを?」

「怖いのさ、人狼が。普通の人以上に力のある存在がな。どんな手懐けたって、いつ飼い犬に噛まれるか分からない。今回の作戦だって、ある種の間引きみたいなもんだ。不穏な考えを持つ隊員は早いうちに摘んでおく。あの“化け物”が最初から戦闘に参加しなかったのはそういうわけだ。そして、あの“化け物”――Bull Dogこそ、人々の恐怖を体現しているんだ。必要以上の攻撃力。狼化した人狼のみを狙う特性。あれは『ワイルドウルフ』を駆除するための兵器であり、『ハウンドドッグ』に対する抑止力でもある」

「……そこまで分かっていて、なぜ国ために動く?」

「分からないのか? お前も見ただろ、あの“化け物”を。だがあんなのは、極一部に過ぎない。彼らは俺達を宇宙(そら)から監視している。金を惜しまなきゃ、俺達を潰すなんて簡単だ。俺達は一夜で全滅さ。だから手を組んだ。『ハウンドドッグ』内の間引きに手を貸す代わりに、俺らの存在を黙認してもらっている。まあ他にも代償で、仲間を結果として殺すことになるが……全滅よりはましだ」

「…………」

 リーダーに就任して以降、ディンゴ――アランはその元々持っていた明るさを出すことはなかった。リュカはそれを疲労によるものだと考えていた。だが、それは違った。仲間を裏切ること。それがアランに多大なストレスを与えていたのだ。彼はあまりに大きなものを一人で背負い過ぎていた。

「さて、話すべきことはすべて話した。……それじゃあ、銃を出せリュカ。持っているだろう?」

 リュカはアランの言ったことに素直に従った。それなりに威力のある拳銃が、リュカの懐から取り出される。

「よし、それで俺を撃つんだ」

「なッ!?」

「俺が今話したことは、『ワイルドウルフ』でただ一人しか知ることはできない。それが裏切り(ディンゴ)だ」

「だがッ!」

「言っただろう? 俺達は監視されているって。もうどうしようもないんだ」

「何か、他に何か手は――」

「ない」

 アランは冷静に言い放った。

「何としてでもモニカを守るんだろ?」

 アランは十年間リュカのことを見てきた。それは兄弟のようであり、親子のような関係であった。リュカの考えていることは、アランにはお見通しというわけだ。

「…………」

「さあ、撃つんだ!」

「…………ッ」

 リュカは引き金を引いた。一発の銃声が響き渡る。残ったのは、額から血と脳しょうを流すアランと、右目から涙を流し続けるリュカだけであった。



「ディンゴ、次の作戦のことなんだが」

「ああ、何だ?」

 あれから六年の月日が経った。リュカはディンゴを襲名し、『ワイルドウルフ』のリーダーとなった。以来、リュカは国に情報を流し続けた。それによって死んでいった仲間は大勢いる。次の作戦でも死者が出るだろう。

 ディンゴとなってから、リュカの瞳は次第に濁っていった。仲間の死。その責任は全て自分にあるのだという思いが、毎日毎日のしかかってくる。アランはそれにずっと耐えていたのだろう。誰にも話せず、自分の中で自己嫌悪が膨らんでいった。


「リュカ、大丈夫?」

 次の作戦についての話し合いを終えると、モニカがリュカに話しかけてきた。リュカのことをリュカと呼ぶのは、もう彼女くらいだろう。

「ああ、大丈夫だ。少し疲れているだけだ」

「そうなの? ならいいけど……」

「まあ、そろそろ休むよ」

「そう、良かった」

 そう言って、モニカは笑顔になった。

 この笑顔を守るためなら、なんだってできる。裏切り者(ディンゴ)にだってなれる。リュカはそう思った。


 弾丸が眉間を貫こうとする直前。心の中で、アランはリュカに謝った。

(俺はもう限界だ。すまない、この責任を押し付けることになってしまって……)

 命尽きる寸前に彼がこう思ったことを知るのは、恐らくは神しかいないだろう。



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