エンドロール
拙い作品です、すみません。学生時代に書き上げていた唯一の作品……。
遠い目にもなりますね。
内容は……分かり易いお題目です。
祐樹が月見を始めてから一体どれくらいの時間が経っただろうか。気がつけば道路脇のガードレールに腰を据え、月見に興じていた。
月影に落ちる冴えた夜空は素気無いような、それでいて白々と輝く満月だけが粛然と佇んでいた。いつからそうしているのか、目的も見当たらない、なんでと言う疑問もなく祐樹はただつくねんと空を仰ぎ見ていた。
祐樹はふと我に返り、腕時計を見やった。11時を過ぎたところであったが、ある異変に息を飲んだ。止まったまま動かない秒針を凝視した。
祐樹に大事にされている時計はそこら辺に売ってある安物ではなく、ちょっと足が竦んでしまう高級店でちゃんとした店員に数時間も説明を受けてようやく購入した代物だ。店員の言葉を借りれば、たぶん月に行っても壊れないはずではなかったのか。
確か電池交換は先週行ったばかりだ。定期的に時計屋に預け、時計のご機嫌を損なわない努力はしてきたつもりだった。
貯金も全部叩いて、支払いもまだ残ってるのに?
なのに?
途方に暮れて空を仰いだ祐樹は、同じ勢いに任せて腕時計の文字盤を睨みつけ、ぼったくりじゃねーのか? と、独り呟きながら左腕を力の限りに振った。時計を耳元に寄せ、龍頭を巻き、可能な限りにご機嫌を取り成そうと試みたが、機嫌を損ねた針が再び自力で動くことはなかった。とんだ粗悪品を掴まされたものだ。しかし店に文句を言おうにも、海沿いの街道には車一台通らないほどに夜は更け過ぎていた。
腹を立てたところで修理に出せば済むことだと早々に納得し、ただただ静かな夜空を見上げていると、静寂を破る爆音が辺りにこだました。こんな田舎道にと眉根を寄せたが爆音はどこからともなく響いてくる。耳を聾する音は徐々に近づいてきていた。
いささか無遠慮な轟音は祐樹のふと浮かんだ懐疑を搦めるものであり、意外なほどに明るい月明の中を頭を振って辺りを確かめた。仄青い夜道にはヘッドライトの明かりすら見えなかった。
細い道を隔てて、左手は穏やかな内海が拡がっており、白波すら立っていない。凪いだ海は夜にあって暗い色を落とした海の表面は磨き上げられたようにつるんとした質感を湛え、巨大にして誰にも触れられない手鏡を思わせる。右手には道と平行して流れる低い土手に流れる川と線路が続いているだけで、あとは山があるだけだ。
爆音はその距離を縮めつつあり、しかし車らしき物体は音だけが先に駆けて、車を忘れているかのように姿だけが見えなかった。
祐樹は自分の耳が可笑しくなったのかと、暗く視界の悪い辺りを見渡した。ガードレールから腰を上げた祐樹は背中越しに山を振り返った。山道すらない小さな山だ。幾らなんでもこんな所から車なんて走っているはずはないと分かっていても、音は山の方から響いてくる。
祐樹が恐る恐る山頂を見上げたとき、海側を向いている祐樹の背後に激しい明かりが瞬いた。祐樹は思うよりも早く悲鳴を上げ、無意識の内に身を屈めた。明かりはやがて消え、後を追うようにして爆音も消えた。
「わりィ! 一寸間に合わなかったようだな、遅れて済まん」
得体の知れない恐怖から開放された祐樹は人の声の安堵と共に目を開け、声の主を探した。眩んだ目もようやく慣れ、祐樹の前に仁王立ちする男を認めた。片手にはジュラルミンケース、背広姿の男と判別できたが、月を背にして立つ男の顔までは判然としなかった。祐樹は男との距離を保ちながら、男の顔が見える位置まで移動した。月明かりに照らし出された男の顔は知人を含めて見覚えはなかった。
口元を皮肉に歪めた不遜な笑顔一つにもまったくもっていけ好かない男だったが、同性の祐樹の目からも四角四面に良い男には違いなかった。一目でそれと分かる高そうなスーツに靴や時計といった小物まで、当然に金がかかっているだろうが、雑誌のモデルをそのまま切り抜いた高級感を出し惜しみなく溢れさせる、ここまで惜しげないと逆に厭味も薄れる男だった。おまけに乗りつけた車も雑誌でしか見たことがない、凡人には手の出しようもない高級車とくる。
「いや~。君の前に米寿を全うしたおばあさんがいたんだけど、そのおばあさんがえらいお喋り好きでな、昔話につい聞き入っちゃってね」
男は祐樹の不審者然として睨む目顔に答えるわけでもなく、飄々と世間話を始めた。その笑みは相当な手足れを意味する自信に満ち溢れていた。男は祐樹の厳しい眼差しを軽い含み笑いで交わすと、小さなジュラルミンケースから分厚いシステム手帳を取り出し、慣れた手つきでページを一枚一枚捲った。
「島津、祐樹か。あちゃ~結構若いね。21と言えば、まだ遊びたい盛りだね」
徐に名前を呼ばれた祐樹は更に身を固めながら、知らず腰を引いた。
「俺はあんたのことなんて知らないよ。突然なんだよ。あ、新手の勧誘かなんかか!? だったら……」
祐樹は我に返るなり一気にまくし立てたが、男は片手を上げて静かに制した。
「あ、俺? 死に神です。どうぞよろしく」
祐樹が呆気に取られる暇もなく、男は慣れた手つきで背広の内ポケットから名刺を差し出した。死に神と名乗った男の仕草が余りにも堂に入っていたこともあり、祐樹は思わず名刺を受け取ってしまった。
「へぇ! 死に神さんですか、変わったお名前ですねぇって、こんな古典的なこと、いまどきやる奴もいないよ!」
いつもの調子で乗り突っ込みをしてしまった祐樹は自分のばかさ加減も半分、名刺を投げ捨てた。
「ははは! 変な奴だな。いきなり車で乗りつけて死に神ですって言われても無理ないよな。でも俺は正真正銘の死に神だ」
そう言われて信じる奴がいるというのか。祐樹は半ば呆れて肩を竦めた。
「じゃあさ、お前の後ろ見てみろよ。えぇと、島津祐樹だったか……ほら、後ろ振り返ってみな」
自分を死に神と信じて止まない男は祐樹の後ろを指差した。
「なんで。別に振り返る理由もないだろ」
祐樹は腕を組み、そっぽを向いた。
「弱虫だな、理由とか言っちゃってさ。本当は振り返れないくせに」
祐樹は次の言葉が見つからずに下を向いた。
時計が壊れて腹を立てていた自分がどうしてここにいるかをずっと考えていた。でもなにも考えられなかった。考える前に、星も見えない冴え冴えと光る青白い夜空にぽっかりと浮いた満月があまりに綺麗で、綺麗すぎて何故だかずっと見上げていたかった。
「考えても無駄だよ。君の後ろに答えがあるからね。さっさと後ろを見て納得してくれないかな」
「見たら、どうにかなるのか?」
祐樹は死に神の指標に断固として反駁し、思い切って威嚇を敢行した。これくらいでたじろいでくれる男でないことくらい分かってはいるが、無駄な抵抗でもしないよりはましだった。
「俺に聞くなよ」
自分を死に神だと信じて止まない男は、そもそもどこを見紛うはずもない普通の外見を持つ死に神は済ました顔のままでシステム手帳を脇に挟むと、勢いも削がれて項垂れる祐樹を見やった。
「ずっと気になってたんだ。なんで時計が壊れてるのか、なんで俺、家に帰らないんだろう……って」
「途方に暮れてるからな」
その瞬間に祐樹の脳裏にある光景が浮かんだ。今にも泣き出しそうな祐樹とは対照的に、やり手のビジネスマンの死に神は、大風な態度に軽い笑顔を滲ませ祐樹の後ろのほうを顎でしゃくってみせた。
このままずっと忘れていられれば、随分と楽だったろうにと、祐樹は心の中で呟きながらも全てを思い出していた。深い溜息をついて再び夜空を仰ぎ見た祐樹は、大箱のダンボールに積め込んでも余りある、こうなるに至った出来事を思い出した。
通い慣れた道路だった。田舎道と小川を仕切るガードレールを見事に突き破り、覗き込む下を流れる細い川を、見慣れた車が土手に寝そべるようにしてあるはずだ。
「納得できたかな? 島津祐樹君」
祐樹は止まったままの時計に目を落とした。
「それ、君が死んだ時刻ね。さっさと行こうか」
「行くってどこに」
死に神は驚いたように目を丸めると大仰に両手を腰に宛がい、何度となく首を振った。
「かぁっ! 察し悪いな、死んだ人間の行くとこと言やあ、一つだろ。冥府だ、冥土だ、冥土。よく言うだろ? 冥土の土産に教えてやろう、とかな。定番の台詞だ。冥土には十王様がいる。お前が行くのはそこで、十王様に色々調べられるんだよ。今生の行いとかな、悪いことしてたらがっつり怒られるからな」
「じゅうおうってなに?」
「ちっ! それも知らんか。ったく……最近の若い奴はこれだから……」
死に神は露骨に顔を歪めながらもジュラルミンケースから紙切れを取り出し、祐樹に渡した。
「分かりにくい事柄は全部ここに書いてある。向こうに着くまでに頭に入れとけ」
B4サイズの紙には30ほどの項目が設けられており、成る程、懇切丁寧なことに十王様とは? と書かれた項目はNO.1であった。
「最初に断わっておくが、俺は正式には“水先案内人”だからな。その辺は間違えんなよ」
死に神改め背広姿の水先案内人は、呆けたままの祐樹の背中を押してチャージング・ブルのエムブレムが燦然と輝く車の前まで引っ張っていった。先案内人の勢いに乗せられ、ついでに豪勢なスポーツカーにも乗せられた祐樹だったが、慌てて車から飛び降りた。
「俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、その、俺は一体どうなったんだ。俺はどこにも行かないぞ。でも、いや、なんか、俺は」
水先案内人は苛々と舌打ちをした。
「言いたいことはもっと掻い摘んで言えよ。分かった! 相当に混乱しているようだが、皆まで言うな。お前さんの言いたいことは重々承知してる。だがまず車に乗れ」
そのまま助手席側に立った水先案内人は祐樹を促した。
「どうして車に乗らなきゃならないんだ。どこに行くんだよ」
水先案内人は確信を持って口を噤んだ。心の内奥を鷲掴みにされるほどに、息苦しさを覚えた祐樹は次第に肩での呼吸をはじめ、激しく喘鳴するまでもなく思考は痺れたように曖昧に掠れていった。ただ月を見上げる以外に思考という思考を手放していた祐樹には知覚が鈍磨する過程の徐々に茫洋となっていく全てに混乱した。
沈黙に身の置き場を失った祐樹は忙しなく辺りを見回した。視界の端には必ず映るある決定的な場所を意図的に視線を外す自分に何故だと、意識の痕跡すら雲散霧消となって、いよいよ喉の奥から不穏ななにかが競り上がり空嘔を繰り返しながら体を折った。
「こんなの訳わかんないよ……十王様に会えって、なんだよそれ」
「戯けが! よく見ろ! ちゃんと振り仮名振ってるだろ! しっかり読めよ」
祐樹は混乱に振り切れた途端に、自分をぼんやりと眺めた。浅瀬に向かって転倒した拍子にドアが開き、その勢いで弾き飛ばされた祐樹の死体は砂利床に静かに突っ伏していた。事故現場と認めざるを得ない死体となって転がる自分は、正しく自分が置き忘れたものだった。
「これは夢か? それとも悪夢……そんなことはどうでもいい」
祐樹は唐突にしてガードレールに両手をかけ、ひょいと飛び越えようとした左か右足のどちらかを引っかけ、無様につんのめった。そして自分の体に向かって倒れこんでみたり、同じ恰好をしてどうにか自分の体に戻ろうとしてみたが、全てが徒事に終わった。
「そろそろ納得はできたか。お約束だからな」
振り返ると土手上のガードレール越しに水先案内人がこちらを見下ろしていた。
「きっとお前のせいだ……お前が来なけりゃ元に戻れたんだ!!」
「やれやれ。俺はただの水先案内人だぞ。この手帳に書き込まれる名前と場所と、時間を見て迎えにくるだけだ。まさに的を得た言葉だな、俺はお迎えに来たんだよ、お前さんを」
何度も言い回された水先案内人の言質は、十分に出し惜しみされた後に現われる印籠に桜の紋所――といったところか。
「なんでこんなことに……俺は、俺はどうしたら――どうして、なんでこうなっちゃったんだよっ!!」
「お前のせいだろ。今更喚くのは見苦しい」
「誰かが発見してくれれば……そうだ! 助けを呼ぼう!」
水先案内人は首を右に左に振りながら、どう足掻こうが、聞かない振りをする祐樹に向き直ったまま悠長に笑った。自分のあるべき姿と、少し離れた体を目の当たりにして混乱しないでいられるのもどうかと思うが、頓死だろうが腹上死だろうが事故死であっても、突然の死を受け入れる許容は人にはない。
「まったくもって往生際の悪い。さっきのおばあさんなんてな、後生だから一張羅に着替えさせてくれってなぁ、本当は規則違反だが、俺も鬼じゃないからな、そこは温情っつーことにしてだな。いや、俺が言いたいのは忠告だ。人間は死んだ瞬間からこの世界での時間がなくなる。この意味分かるか?」
とうとうへたり込んで涙を浮かべる祐樹は水先案内人の一言に諦観にも似た感情が湧いた。
「止まった時計みたくってこと」
「ビンゴ!! 物分りがよくて安心したよ。お前の時間はその時計と同じく、永遠に止まったままだ。誰がくるわけでもなく……夜も明けない、未来永劫な。お前がここに留まりたいなら、まぁ、無理強いはしないが風流でいいんじゃない。喧騒もなく、空にはまん丸のお月様だけだが、しかしここにあるのはそれだけだ」
水先案内人はゆっくりと月夜を見上げた。祐樹もそれに倣って顔を上げた。
「ずっとこの風景が続くのか。俺は自分の死体から離れられることもなく、か?」
「お前は物事の道程というやつを知らないのか。死体は坊さん呼んで供養してもらえ。立派な戒名を貰えれば上々だな。それから三回忌までの法要くらいはせめて常識にしとけよ。でもお前がそれを認めないってことは、ここで彷徨い続けるってことだ」
祐樹はあぁ、と頷いた。
「ちなみに俺の管轄では半端者を許さない。絶対に上がってもらう」
祐樹は気抜けするついでに鼻で笑った。
「変な言い回しだな。死んでからも半端もんなんてレッテルを貼られるのか」
「お前は世の習いを知らなすぎるな。理が形式だけのものだと、頓痴気な考え違いをしてるようだが、無知は恥ずかしいぞ。死んでから理解するのはなお抜け作だがな、死人はなにを置いても他者に送ってもらう、そういうもんだ。粛々と段取りをこなしてもらうことに意味があるんだよ。たとえ路上で凍死した身元不明者でもそれは同じだ。その好意を唾棄する奴はな、馬に蹴られて死んじまえってことだ。元から死んでるから前後するが、その全てに意味をなくせば、この世は魑魅魍魎の跋扈する悪しき世の中になってるだろうよ。人が死者を送り、俺がいてはじめて意味をなす」
老婆心を前面に押し出す水先案内人の人を食ったような物言いは、正直有り難いご高説とは程遠いが、懐柔し籠絡に平伏させんとする意向というか、段取りだけは分かるような気がした。
「あんたは誰だよ」
水先案内人は白眼に存分な剣を含ませながら、祐樹が捨てた名刺を拾った。指に挟んだ名刺を一頻り弄んだ水先案内人はこれに書いてると嘆息した。
勢いよく土手を登った祐樹だが、ガードレールを越えた所で立ち止まり、振り返った。しばらく生前の自分を見ていた祐樹だが、躊躇いなく踵を返した。
改めて名刺に印刷された文字を読み拾った祐樹は本当に水先案内人と書いてあるんだと感心した。
「だから俺を迎えに来たと、そういうこと」
ようやく今ある立場を理解した祐樹は、三度夜の明かりを見上げた。今生の別れを名残惜しんでいたのか、それとも道案内の到着を待つ間の時間潰しだったのか、不本意ながらも大団円を迎えるに至った諦観でもない。
「当然だ。それが俺の仕事だからな」
仕事――祐樹は皮肉を浮かべた。死に神という職種があるのか。これは営業か、死んだ人間をどこかに連れ去るのはどこの部署だ。
「俺、もう無理なの」
水先案内人は首肯した。最後通牒を持ってやってきた使者にしては不躾なほどに気安いが、どこからともなくやって来たお迎えは世の習いというやつだ。
「だったら最後に身内に挨拶させてくれよ、すぐそこだから。ついでに優希の自宅にも寄ってくれよ」
「ゆうき? 祐樹はお前だろ」
「違うよ、優希は俺の彼女で、洒落でも冗談でもなく優希って名前なの。優希が俺の姓になれば同姓同名ができたんだけどな。夫婦揃ってシマヅユウキも悪くないなと」
祐樹は今更ながら後悔の微苦笑を浮かべた。
「それのどの辺が面白いんだ?」
死に神は不思議に小首を傾げた。お迎えに上がるためだけに出会った水先案内人に賛同を求めても詮無いことではあるが、祐樹は半ば本気でそれを願っていた。
「ノンノンノン! そんな悠長なことしても時間の無駄だよ。お前は日本人だ、日本人はまず十王様に会わなきゃ先に進まん。さっき紙渡しただろ」
「喜寿だか白寿だかの婆様には温情をかけてやったんだろ。最後に一つくらいは御目溢ししろよ」
畳の上で死ぬのは幸福だ。多分その周りには親族含めて最後の挨拶をさせてもらえるほどには幸せであり、こうして誰の目にも留まらない茂みの向こうでの死に際はなにを置いても不幸だ。
水先案内人は顔ばせに多弁を後悔する意味合いも含めて一寸だけ口を閉じたが、まぁいいだろうと首肯した。
「上に行って、それから先はどうすればいいんだよ」
「さぁね。然るべき場所に行けば、自ずと分かるだろ」
水先案内人の言は余りにも無感動に響いたが、祐樹は全部を受け入れることにした。
「だけどこんなの騙まし討ちみたいじゃないか、有無もなく連れ去るなんて、その……卑怯だ」
「領分だ、領分の違いだよ。つべこべ言われる筋合いは当然ない。死んだからにはこちらに従う、それがルールだ」
水先案内人はひらひらと手を振り、相手を煙に巻くまじないがその仕草であるかのように祐樹を制した。
車に乗り込んだ祐樹は居心地のいいシートに深く腰を下ろし、翼のように開いた扉をゆっくりと引き下ろした。
「一つ聞きたいんだけど、死に神と水先案内人って一緒じゃないの。なんの拘り」
「ふん、青二才め。死に神っつーのはあくまでも欧風スタイルだ。俺は生粋の水先案内人だ! 拘りじゃない!」
「同じ意味だよ」
「いーや、違う。その証拠に鎌なんて野蛮なものは持ってない」
祐樹は憤然とする水先案内人の横顔に遠慮なく笑った。
「だったらなんで最初に名刺出したときに死に神ですって名乗ったんだよ」
「それはな、お前さんみたいなガキに、私は水先案内人ですよつっても誰それ? って言われるのが落ちなんだよ、嘆かわしいことだがこれが現実だ。だから最初は死に神って名乗ってんだよ」
言いながら、水先案内人は車の鍵を差し込んで勢いよくエンジンを掛けた。低い唸り声と共に、心地よい振動が祐樹を包んだ。
「大体な、死に神っつー言葉は安直で好かん。これから死出の旅をする人間の前に現れるのが“死に神”はいかにもおどろおどろしい。それに引き換え“水先案内人”なんて新しい旅の先導としては打ってつけの言葉だろう」
水先案内人にも色々と苦労があるのか、少々愚痴めいたものを呟いた。
「それにしても良い車に乗ってるなぁ……そんなに儲かる仕事なの? で、今時の水先案内人はカウンタックにスーツ姿なわけ?」
水先案内人は横顔のままで皮肉に笑ってみせた。そしてポケットから取り出したサングラスを颯爽と掛けると、勢いよくアクセルを踏んだ。
「良くぞ聞いてくれた。そこが俺の拘りなんだよ。なんたって恰好いいだろ」
おわり