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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
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第6章:それぞれの事情

【SIDE:志水亜美】


 初恋の相手と4年ぶりの再会は思わぬ展開を私に与えたの。

 

「――奈々子とは3ヶ月前に離婚したんだ」

 

 結城さんの口から衝撃的な言葉が紡がれた。

 私は最初、驚くことしか出来なかったの。

 だって、ふたりは幼馴染としてずっと仲よくしてきた。

 交際して、結婚して、幸せな家庭を築き上げて……麻尋ちゃんまで生まれたというのに、どうしてその幸せが崩壊する結末をたどったのか。

 

「それじゃ、今、この家には?」

 

「俺と麻尋の2人だけで住んでいる。アイツと離婚したのはこちらに引越して来る前だ。麻尋は俺が引き取ることになったんだ」

 

「どうして、あ、いえ、これは……」

 

 私はここから先、踏み込んでいいのかを躊躇ってしまう。

 いくら結城さんとはいえ、聞いてはいけないこともある。

 しかし、彼は教えてくれた。

 離婚の理由、それは少しばかり理解し難いものだったんだ。

 

「……いいよ。なぜ離婚したか。大学卒業間際に奈々子は麻尋を妊娠していた。卒業後に結婚してからは3人でそれなりに幸せだったよ。だけど、俺の仕事が忙しくなり始めた頃を境に奈々子とすれ違い始めたんだ」

 

「時間をとれなくなったとか?」

 

「そういうつもりはなかったんだ。麻尋も奈々子も、俺としては愛しているつもりだった。うまくいっていると思っていた。だが、やがて俺たちの間には些細なズレが生まれ始めた。夫婦として何とかしようとしたけど、現実は喧嘩を続ける毎日だった」

 

 彼はそこで顔色を曇らせてしまう。

 結城さんと奈々子さん、幸せな家庭を崩壊させた致命的な何かがあったんだ。

 かつて奈々子さんは私にこう言っていた。

 

『好きになっても苦しみは生まれる。人が人を好きになる、それは確かに幸せかもしれない。だけど、人を好きになることは必ずしも楽しいだけじゃない。愛するからこその辛さはあるものよ』

 

 お互いに理解しあい、愛し合う仲だとしても崩れ去る何かがあるの?

 

「このままじゃ、お互いに傷つけあうだけだった。麻尋という存在がこの世に生れている以上、離婚という手段は絶対にしてはいけないと思った。だけど、俺はいつしか純粋に奈々子を愛せなくなっていた。それは向こうも同じだったようだ」

 

「……付き合いも長くて、好きあう同士だったはずなのに?」

 

「こう言う事を言いたくはないが、結婚したのは麻尋がいたからだ。結婚するという事がどういう事なのか。俺達にはその覚悟が足りていなかった」

 

 子供が出来たから責任を持って、とか安易に私は二人の関係を想像していた。

 すべては幸せになるために。

 しかし、彼らの場合はうまくいかなかった。

 人と人、愛情が絡む物事は常にうまくいく保証がない。

 幸せだと傍目では気付かないものがあるのかもしれない。

 

「……離婚して、お互いに解放された気持ちになった。ショックだったよ、自分がまさかそう言う気持ちを抱いていた事実に。奈々子と別れて悲しむのは麻尋だ。それに、今の生活だって麻尋にとってはいいと言えない」

 

「麻尋ちゃんは奈々子さんについていかなったんですか?」

 

「女の子の場合は母親につく方がいいんだろうな。しかし、俺は奈々子に麻尋を任せることができずに引き取って暮らし始めた。これからのお互いの人生を考えても、それがいいと思ったんだ」

 

 淡い月明かりが私達を照らし出す。

 結城さんの表情は苦笑いだった。

 自分の選択を後悔しているのかもしれない。

 

「だが、俺の仕事は忙しくなる一方、麻尋の食事の世話すら満足してやれない。今はまだ何となっても、これから先が問題だ。今日みたいに亜美ちゃんと接する麻尋を見ていいて、彼女にはまだまだ母親が必要なんだと思い知らされたよ」

 

「結城さん。そ、その、私でよければ食事くらいは作りますよ?今日みたいに麻尋ちゃんのお世話をする事も……。だからいつでも言ってください」

 

 私にはそれくらいしかできないけど、結城さんの協力くらいはできるはず。

 しかし、結城さんにきっぱりと断られてしまう。

 

「亜美ちゃん。キミにキミの人生がある。気持ちは嬉しいけど、大学生活もあるんだ。俺達の事は気にしなくていい。これは俺の問題なんだ。キミを巻き込むわけにはいかないよ……今日は本当にありがとう」

 

 彼の事情を理解して、私は何とかしてあげたいと思う。

 それでも、それが難しい事は理解している。

 だって、私がしようしている事はただのお節介でも、お手伝いでもなくて。

 ダメだな、私は……いまだにこの想いを引きずり続けているの。

 

 

 

 

 数日後、私は再び大学の帰りに結城さん達と会った。

 

「結城さん?また会いましたね」

 

「亜美ちゃん。こんにちは。今日はどうしたんだい?」

 

「学校の帰りです。ひと駅分、電車で通学してますから。あら?」

 

 結城さんの背中につかまるように麻尋ちゃんがいる。

 だけど、どこか様子がおかしい気がする。

 

「どうしたんです?麻尋ちゃん……?」

 

「保育園で様子がおかしいって言われて病院に行ってきたんだけど夏風邪だって。季節の変わり目だからね。2、3日で治るってさ」

 

 顔色も悪く、ぐったりとした麻尋ちゃん。

 子供はただの夏風邪でもかなりキツイはず。

 

「むきゅっ……亜美おねーちゃん?」

 

「大丈夫、麻尋ちゃん?」

 

「けほっ、あたまがグルグルするの……」

 

 辛そうな彼女、結城さんは私に頼みこむように言うんだ。

 

「……亜美ちゃん、悪いんだけど、おかゆとか作ってあげてくれないかな?」

 

「いいですよ。それじゃ、今からスーパーに行きますね。結城さん達は先に帰っていてください。あとでそちらに伺います」

 

「すまない。ほら、麻尋。帰るよ」

 

 というわけで私は麻尋ちゃんのおかゆ作りをすることに。

 適当な材料を購入してから彼のマンションを訪れる。

 

「よく来てくれたね、亜美ちゃん」

 

「はい。麻尋ちゃんの様子はどうですか?」

 

「あぁ、ベッドで寝ているよ。お腹は空いてるみたいだ」

 

 食欲があるのなら大丈夫そう。

 私はすぐにでも、おかゆを作ることにした。

 キッチンでお鍋を探して、子供でも食べやすい味付けにして完成。

 麻尋ちゃんはベッドで辛そうな顔でうなされている。

 

「んにゅぅ……」

 

「麻尋ちゃん。おかゆできたよ。食べられる?」

 

「あいっ。おなかはすいているの」

 

 私はスプーンですくったおかゆを息をふきかけて冷ます。

 その小さな口に運びこむと麻尋ちゃんはゆっくりと食べ始めた。

 

「あむっ……おいしいよ、おねーちゃん」

 

「早く元気になってね。麻尋ちゃん」

 

「うん。そうしたら、またあそんでくれる?」

 

「いいよ、元気になったら遊ぼう。はい、あーん」

 

 熱は微熱らしくて、この様子だと明日の夜には回復していそうだ。

 食事を終えた麻尋ちゃんの頭に氷枕をしてあげて、眠りにつくのを見守る。

 すぅ、と彼女はやがて小さな寝息をたてはじめる。

 

「よく眠ればお医者さんの言っていた通り、きっと明日、明後日には治りますよ」

 

「……ありがとう。助かったよ、亜美ちゃん」

 

「これくらいは何でもないです。あ、そうだ。これから結城さんの分の食事も作ります。ついでに材料を買ってきたので」

 

 私達は寝室から出て再びキッチンにつく。

 彼は料理を始めた私に困ったように言う。

 

「何から何まですまない。俺一人じゃ出来ることはしれているな。この間、亜美ちゃんにああいったくせに……俺があの子の父親なんだからしっかりしないと」

 

「結城さんはちゃんといいパパをしていると思いますよ。そうじゃなければ、麻尋ちゃんがあんなに懐いたりしていません」

 

 麻尋ちゃんは誰よりも結城さんを信頼している、大好きなんだ。

 私は聞きたかった事を尋ねてみることにした。

 

「結城さん、奈々子さんとはもうダメなんですか?」

 

「……お互いに一度終わってしまったものはどうにもできないと思う。離婚っていうのはただの別れじゃない。亜美ちゃんは麻尋のためにそう言ってくれるんだろうけど、無理だろう。こればかりはどうしようもない」

 

 それぞれの事情と悩み、私にはいまだにその二人の溝が理解できないでいる。

 奈々子さんにも一度会っておきたいな。

 

「彼女とは連絡を取り合っては?」

 

「いないよ。今は隣町の方に住んでいると聞いてる。だが、それ以上は……」

 

 彼も奈々子さんのその後は知らないらしい。

 亮太兄さんなら知っているかもしれない。

 

「ねぇ、結城さん。やっぱり、私も協力したいです。少しでも結城さんの役に立ちたい。お仕事も大変でしょう、麻尋ちゃんのお世話も……」

 

「そこまで甘えるわけにはいかないよ」

 

「昔、私はずいぶんと結城さんに助けられてきました。困った時、辛い時には必ず結城さんは私を助けてくれた。今度は私の番だと思うんです。結城さんの負担を少しでも軽減させてあげたい。食事や身の回りの世話だけでもダメですか?」

 

 私が奈々子さんの代わりに、とかそういう事は考えていない。

 ただ、やはり仕事をしている彼が大変なのは変わりないんだ。

 

「亜美ちゃん。キミの事を俺達に巻き込むつもりはない。だけど、少しの間だけ、キミの力を貸してもらえるだろうか?」

 

「はいっ。大したことはできませんけど、何でも言ってくださいね」

 

 結城さんのために、私ができることがあるはずなんだ。

 麻尋ちゃんのお世話をするとか、食事を作るとか、自分のできる事をしよう。

 それが私の彼への恩返しだと思うから――。

 

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