第5章:偶然は必然?
【SIDE:志水亜美】
運命というものがあるのだとしたら、私はその運命を信じたい。
4年ぶりの再会、私の前には初恋の相手がいる。
帰り際のスーパーで偶然、結城さんと会った。
彼がこの街に帰ってきているのは今朝、兄さんから聞かされたばかり。
こんなにもすぐに会えるなんて……。
「お久しぶりです、結城さん」
「あぁ。本当に久しぶりだね、亜美ちゃん。ずいぶんと綺麗になって、最初誰なのか分からなかったぐらいだ。本当に綺麗になったね」
「ありがとうございます。それより、結城さん。もしかして、この子は?」
彼は女の子に挨拶を促すと彼女は小さくお辞儀をしながら、
「はじめまして~っ。結城麻尋って言うの。おねーちゃんは?」
「私は麻尋ちゃんのパパのお友達で、志水亜美って名前なの。よろしくね」
「うんっ。亜美おねーちゃん。えへへっ」
素直で可愛らしい子だ、それにこの歳でもしっかりしているように見える。
やっぱり、結城さんの子供だからかなぁ。
写真では赤ちゃんの頃に見たことがあるけど、麻尋ちゃんとは初対面だったりする。
彼女が生まれた時にはすでに結城さんは引っ越していたから。
「……おふたりでお買い物ですか?」
「麻尋がカレーを食べたいって駄々こねて……コンビニやレトルトは飽きたんだって」
「だって、パパはいつもレトルトとコンビニなんだもん。ゆーちゃん先生がそういうのはわるいからダメだって言ってたの」
「って感じで、保育園の先生にも子供には栄養のあるものを食べさせろと注意を受けたわけなんだ。仕方なく、自炊をしようと苦労しているんだ」
何か引っかかる、そうだ、奈々子さんはどうしたんだろう?
私は気になって尋ねてみることにしたんだ。
「結城さん、奈々子さんはどうしたんですか?今、お出かけ中なんですか?」
「――え。もしかして、亮太からは何も聞いていない?」
「はい。兄さんからはこちらに帰ってきているとしか、どうしたんです?」
「あ、いや、その……うん、今、ちょっと出かけているんだよ」
それは麻尋ちゃんの前で話しにくいことなのだろう。
私の顔を見つめる彼は「事情は後で話すよ」という目をこちらに向けていた。
事情は分からないけど、触れてほしくない様子なのでそれ以上の追及はしない。
朝の兄さんも変だった、何かあったのかな?
「それで、話を戻しますけど、自炊ってことは結城さんが料理を?」
「それがどうにも炊事や家事は苦手でね」
あー、男の人ってそういうの苦手な人が多そう。
結城さんもずっと奈々子さんと暮らしてきて、する機会もなかったんだ。
何だか困ってる様子、ここはお手伝いしてあげるべきかな。
「今日はカレーなんでしょ。私が作りましょうか?こう見えても料理は得意なんです」
「それは……助かるけど、亜美ちゃんに面倒をかけるのは」
「いいですよ、それくらいお手伝いさせてください。結城さんにはずっと妹同然に可愛がってもらってきたんです。遠慮なんてしないでください」
私は笑顔で結城さんにそう言うと、「お願いしようかな」とうなずく。
結城さんが困ってるのは助けてあげたい。
「ねぇ、麻尋ちゃん。好き嫌いはある?」
「わたしは、にんじんさんが嫌いなのっ」
「そうなんだ。じゃ、人参はやめておこうね」
私達はカレーの材料を買って、ついでに私も自分の買い物もすませてお店を出ることにした。
新しい結城さんの家は駅前通りから近いところにあるらしい。
夕闇の道を3人で歩きはじめる。
「いつ頃、こちらに引越してきたんですか?」
「4月に帰ってきたんだ。こちらの方に本社が移転してさ。ほら、駅前に最近出来たばかりの大型ビルがあるだろう。あそこに会社の本社が入ってるんだ」
「そうなんですか。でも、実家の方には帰らなかったんですか?」
こちらに帰って来ていたなら、もう少し早く会いたかったな。
亮太兄さんも、情報伝達が遅すぎるわ。
「あの家はすでに他人に売り払ってるんだ。今、親父たちは地方で暮らしている。田舎暮らしブームっていうのかな。俺や兄貴は結婚したし、親父も定年退職もしたんで田舎でのんびりと暮したいんだってさ」
そう言われてみれば、最近になって彼の家の感じが変わっていた気がする。
住んでいる人が別人になっていたのには気づかなかったな。
「亜美ちゃんにも挨拶が遅れてごめんね。ちょっと最近、立て込んでいて」
「いえ、いいんです。私も大学生で忙しい時期でしたし」
「そっか。亜美ちゃんも大学生だったんだ?」
長い間会っていなかったんだから話をすることはいくらでもある。
懐かしい話を交えながら私達は結城さんの新居についた。
駅からも近くて便利な場所にある立地の賃貸マンションの一室。
2LDKの間取り、新しいマンションなのか、とても綺麗な部屋だ。
「どうぞ、って言っても悪いけど、汚い部屋なんだ」
苦笑気味に言う彼、リビングには確かに衣服が散らばっている。
奈々子さんがお出かけ中(?)なのだからしょうがない。
「それじゃ、キッチン借りますね。その間、結城さんはくつろいでいてください」
「ありがとう。すぐにここの掃除するよ」
私はキッチンに入ると、エプロンをつけてまずはキッチン周りを確認。
「調理器具はOK、調味料系も……あれ?」
調理器具や調味料系もあるにはあるけど、すべて新品だった。
それに、このキッチンもほとんど使われている形跡がない。
……うーん、どういうことなのかしら?
奈々子さん、お料理していないのかな?
「おねーちゃん。わたしも手伝いたいのっ」
「麻尋ちゃん。分かったわ、それじゃお手伝いしてもらおうかな?」
気にはなるけど、新居で買い揃えたばかりなんだと思い、それ以上の詮索はやめた。
麻尋ちゃんには危ない事はさせられないので、サラダ作りをしてもらう。
「このレタスを手でちぎるの。できるかな?」
「はーい。でも、ほうちょうはつかわないの?」
「うん。サラダの場合は野菜は包丁を使わない方がいいんだよ。手でちぎった方が美味しくできるの。麻尋ちゃんはよくママのお手伝いしているの?」
「……よくしていたよ。ママはすっごくりょうりが上手なの」
奈々子さんって性格は大雑把な感じがするけど、料理は上手な人だったもん。
私にもよく教えてくれたので、味付けとかは彼女仕込みなところがある。
私は材料を切って、カレーを作っていく。
「え?麻尋ちゃんの誕生日は7月7日なんだ?」
「うんっ。あと6日なのっ。4さいになるのよ」
「そっかぁ。おねーさんになるんだね」
あとはカレールーを入れるだけ、そうだ、麻尋ちゃんにさせてあげよう。
「麻尋ちゃん、カレーのルーをいれようか?」
「わたしもするっ。ぽちゃんっていれて、まぜまぜするの」
「それじゃ、手に持って。はい、麻尋ちゃん」
私は彼女の身体を抱きあげると、ゆっくりと鍋の中にルーを入れていく。
「えへへっ。これでカレーできるの?」
「うん。あとは少し煮るだけ。まだお腹は大丈夫?」
「だいじょーぶだよっ」
可愛いな、ホントに……ぎゅーってしたくなる可愛さだ。
私は子供が好きなので料理が仕上がるまでの間、彼女と戯れていた。
「ごちそうさまでしたっ」
夕食を食べ終わった麻尋ちゃんは元気よく返事する。
「どうだった?麻尋ちゃん、カレーは美味しかった?」
「うんっ。おねーちゃん、料理が上手だねっ」
「ありがと。野菜も残さず食べて、えらいよ」
綺麗に全部食べてもらえると作り手としては嬉しいの。
「亜美ちゃん、感謝するよ。俺ひとりじゃ麻尋は満足させられなくてさ」
「パパのおりょうりはへんだもん」
「変か?うーむ、そう言われると言い返せないな」
苦笑いする結城さん、何だか良いパパをしているみたい。
幸せな家庭、憧れる光景がそこにはあった。
しばらくの間、私は麻尋ちゃんの相手をする。
彼女にも気に入られたみたいで、お風呂にも一緒に入ったりした。
「亜美おねーちゃん。大好き~っ」
「私も麻尋ちゃんが好きだよ。可愛いからねぇ」
濡れた髪をタオルでふいてあげるとくすぐったそうに笑う。
「……そこまで面倒みさせてしまって、何だか申し訳ないな」
「私が好きでしているんです。麻尋ちゃん、素直でいい子ですね。結城さんに似ている気がします」
今日は疲れたのか、9時を過ぎる頃には彼女は眠ってしまっていた
可愛い無垢な寝顔、ホントにいいなぁ。
布団に寝かしつけたあと、結城さんは私にベランダの方へと誘う。
「今日はありがとう、亜美ちゃん。正直、子供って接するのが難しくてさ。どうすればいいのか、分からないことが多い」
「麻尋ちゃんは素直でいい子です。とても可愛いですよ」
ベランダの外は涼しい風が吹いている。
私は気になっていた事を彼に尋ねることにした。
「あの、結城さん。聞いてもいいですか?」
「……奈々子のことだろう?どうしてここにはいないのか、そうじゃないか?」
「はい。麻尋ちゃんは出かけていると言ってましたけど、どうしているんですか?」
長期に旅行でもしているのかな、私はそう思っていた。
しかし、彼の口からは意外でショックな言葉が告げられたの。
「――実は奈々子とは3ヶ月前に離婚したんだ」
その一言は私の運命さえも変えてしまうもの。
離婚の“意味”を理解するのは容易くて、でも、その“理由”を理解する事はできない。
あんなに仲のよかったふたりが、どうして……――?