第4章:4年の月日が変えたもの
【SIDE:志水亜美】
14歳の冬、涙まじりのファーストキス。
私の初恋はファーストキスをしてもらい終わりを迎えた。
区切りという意味ではすっきりしたもの。
初めからこの恋はダメなんだって分かっていた。
私じゃ結城さんの恋人にはふさわしくない。
想いも告白できたし、キスまでおまけでしてもらえたんだから私は幸せだ。
そんな14歳の初恋から5年の月日が流れようとしている。
私は18歳となり、この春から大学に通う年齢になっていた。
月日の流れは早いもの、私も大学生になって毎日を楽しく過ごしている。
兄さんは地元の企業に就職して、今も家で一緒に暮らしている。
しかし、結城さんは大学卒業後、離れた場所にある企業に就職してしまい、引っ越してしまったのでずいぶんと距離が離れてしまうことになった。
それだけじゃない、奈々子さんとの関係も決定的になっていたんだ。
大学在学中に奈々子さんが妊娠している事が分かって、卒業してからふたりは結婚した。
幸せになることを約束した関係。
今では生まれてきた可愛い女の子と仲良く3人家族で暮らしている。
というわけで、私はこの4年間、彼らに会えていない。
亮太兄さんは今でも連絡を取り合っているようだ。
私はあれから5年が過ぎてもまだ次の恋をできずにいる。
恋に臆病になっている、そういう感じかな。
いつか新しい恋はしてみたいと思ってはいるけど、まだその一歩は踏み出せていない。
7月に入って梅雨のせいもあり、蒸し暑い日々が続いている。
私は朝食の準備をしていると亮太兄さんが寝ぐせをつけてリビングへとやってきた。
「ふわぁ、眠りが足りてないな。深夜のサッカー観戦はキツイ」
「おはよう。もうっ、兄さんったら寝ぐせついてるよ?すぐに直してご飯食べて」
「おぅ、マジか?確かについてるな。ちょっと行ってくる」
大学には実家から十分に通える距離、慌てる事もなく朝食を作る。
夕食は時間が合わない事もありあまりできないけど、料理作りは好きなので朝は母に代わって私が作ることが多い。
しばらくすると寝ぐせを直したスーツ姿の兄が食事を始める。
私も同じように和食メニューの朝食を食べ始める。
「どうだ、大学は?そろそろ慣れただろう?」
「授業自体にはそれとなく。まだ慣れない事も多いけど、楽しいね」
「ははっ、そのうち新鮮味がなくなって遊び三昧になるけどな」
「それは兄さんは怠けていただけよ。よく結城さんが言っていたもの。すぐにサボる兄さん、授業のノートを面倒で取らない奈々子さん。その面倒を見るのは昔から俺なんだって……。結城さんがいなかったら、卒業できていたの?」
「さぁて、そんな昔の事は忘れたよ。ぴゅる~」
私の言葉に彼はわざとらしく吹けない口笛を吹きながら視線をそらす。
ホントに兄さんは結城さんに感謝しておいた方がいいわ。
面倒見のいい彼に頼りっぱなしだったんだから。
「そんな事はおいといて。彼氏とかはどうだ?まだできないのか?」
「この間、初合コンしてもう二度と行きたくないと思った。怖いわ、ああいう所に集まる男の子は何かテンションが高くて変だもの。私はダメね、あわない」
「……そこを否定されると男としてどうにもできんぞ。そうか、相変わらずか」
何か妙なところで納得されてしまう。
私だって、気にいる相手がいれば恋だってするの。
「話は変わるが、和輝たちの話を聞いてるか?」
「……え?どうかしたの?」
「今まで言い辛いこともあって、話すのを躊躇っていたんだが……」
彼はなぜかそこで言いよどむ。
今まで結城さん達の話でそんな風な態度を見せた事はないはず。
「もしかして、こちらに帰ってくるとか?」
「あぁ……そうだな。うん、実はそうなんだよ。実家じゃないがこちらに帰っている」
「ホント!?何で内緒にしていたの?それくらい言ってくれてもいいじゃない」
そっか、ふたりとも、正確に言えば3人は帰ってきていたんだ。
私は思わず嬉しくなってしまう。
久しぶりに彼らに会える、その事実は素直に嬉しい。
複雑な気持ちはあるけど、あれから4年、とっくの昔に心の整理はできている。
「お前が気にすると思って言えなかったんだが」
兄さんはそう言いながら、味噌汁を飲み終えて箸を置く。
「ごちそうさま。僕はもう仕事だから行くよ。もうこんな時間だ」
「それじゃ、近いうちに……って、あれ?兄さん?」
彼はそれ以上の説明もなく慌てた様子でリビングから出ていく。
「ん?何なの、あの態度……うわぁっ!?もうこんな時間じゃないっ」
私も時計を見て、彼が慌てる理由を納得、急がないと一時限目に間に合わない。
亮太兄さんと雑談をしていて遅刻なんて嫌なので、私も急いで出かけることにする。
午前中の大学の授業を終えて食堂で私は昼食を取っていた。
隣の席にいるのは私の大学の友人、桂美代子(かつら みよこ)。
彼女は県外の子なんだけど、大学の知り合いっていろんな場所からきてる子が多いので、友人関係を築くのも面白い。
「美代子、恋人って必要なのかな」
「また妙な事を言い出したわね。必要ないと言える亜美さんがすごい」
「だって、今まで付き合った人がいないから。実際はどうなの?」
「……私は今、付き合ってる人がいるけど。必要とか、必要ないとかじゃないと思うわ。自分にとって不必要なら最初から関らないんだから」
美代子の彼氏はあった事はないけど、優しい人なんだって聞いている。
「好きな人とかいなかったの?本気になれる相手とか」
「いたよ。中学の時に幼馴染のお兄さんが好きだったなぁ。でも、向こうは私が好きになった時には恋人もいたし、今は結婚しちゃってるからね」
「……とりあえず、その恋愛のせいじゃない?亜美さんって恋愛にトラウマみたいなものあるでしょ?恋したくないとか、そういう類のやつが」
私は否定できないでいる。
あの恋愛は私に大きな影響を与えたけども、トラウマと言うほどでもない。
思い出せばとてもいい思い出だったんだ。
「違う。いい思い出よ、誰だってそうでしょう。初恋は思い出になるものじゃない」
「思い出、ねぇ。亜美さんの言い方だとまだ若干未練があって振りきれていない感じ?」
「未練はないわよ。ちゃんと過去に清算はしている」
あのキスで本当に未練はない。
私も幸せになれる事を期待しているだけ。
「それならいいんだけど。世界に男はその人だけじゃないんだから。他人の旦那をいつまでも想うより、もっと周りを見ればいい。好きになれる男のひとりやふたり、すぐに見つかるって……新しい恋をしなさいよ」
彼女の言う、新しい恋に挑戦したい気持ちはある。
しかしながら、私には彼以外に恋をする相手がまだ見つかりそうにない。
そういう機会さえできれば、きっと……。
「それより、次の時間は休講なんだって。暇な時間どうする?」
「私は図書館の方に行こうかなって」
「図書館?また真面目な大学生みたいなセリフを言うし。街の方へ行きましょ」
「……この間、外に出て、美代子はそのまま帰っちゃったじゃない」
美代子じゃないけど、大学生は結構、遊ぶ時間がたくさんある。
……だからと言って遊んでばかりいるとうちの兄さんみたいに卒業間際に苦しむの。
ダメな失敗例を見ているだけに私は苦笑いをした。
結局、私達は繁華街で遊んで大学には戻らずにいた。
こういう遊びに、慣れちゃいけないわ。
ちょっと反省、次からは友達からの誘惑に気をつけよう。
すっかり初夏の季節、夕方になっても日はまだ沈んでいない。
「そろそろ、部屋のクーラーを使えるようにしておこうかなぁ」
私はふと、携帯電話が鳴るのに気づく。
相手はお母さん、用件は「明日はカレーなのでカレールーを買ってきて」だった。
今日は私は外食してきたので、帰りにスーパーによる事にした。
「うーん。ついでに買い物もしていこうかな?」
せっかくスーパーまで来たので、適当にお買いものをする。
実家暮らしとはいえ、大学生になってからは自分だけで生活している部分もある。
高校時代とは違うんだってところかな。
「カレールーはどこにあったっけ?」
私は店内をうろついていると、目的のコーナーを見つける。
好きな種類のカレーを選んで手に取ると、ふと隣に小さな女の子がいた。
「る~、どれ?どれなの?」
私に尋ねかけてくる少女は3、4歳ぐらいの女の子かな?
可愛らしくピンク色の髪留めをしてる女の子、お母さんとはぐれたのかも。
周りを見渡してもいないので、私はとりあえずしゃがみこんで話しかけた。
「カレーのルーを探しているの?」
「うんっ。おなべにルーをいれて、まぜまぜするのっ!」
「そっか。ママのお手伝いするんだ、えらいねぇ」
私が頭を撫でてあげるとくすぐったそうに笑う。
小さな子って本当に純粋で見ているだけで和むわ。
しかし、彼女は意外な言葉を口にする。
「違うの、ママはいないの。だから、わたしがするの!」
「お母さん、どこかにお出かけしちゃったのかな?」
「うん。だから、パパのためにえいよーのあるレトルトじゃないのをつくるの」
へぇ、子供なのに結構しっかりしているなぁ。
今はレトルトカレーもかなり進化して美味しいのだけどそれじゃダメらしい。
「ふふっ、それじゃ、お父さんのために頑張らないとね」
私はそんな彼女のために定番のルーの甘口を取ってあげた。
「おねーちゃん、ありがとうっ」
それを受け取ると可愛らしい笑顔を浮かべる。
こういう子供が将来的に欲しいなぁ、なんて思ったり。
子育てより前に私は恋愛しなきゃいけないってば。
「……おっ、ここにいたのか。探したぞ、うろちょろしないでくれ」
どうやら彼女のお父さんが探しに来たらしい。
私達はそちらに視線を向けた。
スーツ姿の男性、年はまだ若く20代前半と言った感じ。
「……え?」
私は思わず言葉を失ってしまった。
だって、そこにいたのは……。
「あっ、パパだぁ。まいごになっちゃ、ダメなのよ?」
「ごめん。今度ははぐれないように手を握るとしよう」
女の子はその男の人に駆け寄って手をぎゅっと握りしめていた。
偶然というのは必然である。
よく言うけれど、こういうことなんだろうか。
私は彼に緊張をしつつも、声をかけてみる。
「あ、あの、結城さんですよね?私です、志水亜美ですっ」
「えっ、亜美ちゃん……なのか?」
私の初恋の相手、結城さんがそこにいたんだ。
あの頃とは違う大人の雰囲気、私の好きだった男の人。
この4年ぶりの再会は私の運命を大きく動かすことになる。