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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ Remember
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番外編:第2章:愛、焦がれて

【SIDE:高梨奈々子】


 亮太の女癖の悪さは昔からだった。

 女好き、と彼を言う人間は少なくない。

 容姿がいいからモテる事を利用して、私が付き合う前ですでに4人も恋人経験があった。

 普通の付き合い方をしていれば、きっと関わる事もなかった。

 幼馴染ゆえに傍にいて、好きになっただけ。

 他人だったら絶対に近づかない男。

 まさか自分が本当に亮太と付き合うなんて思いもしていなかった。

 

「……でも、小さな頃から好きだったのよね」

 

 彼と付き合い始めて1週間が経ち、私はようやく実感がわいてきた。

 

「なんであんなダメな奴を好きになったんだろ」

 

 私は自室のベッドで寝転がりながら彼の事を考える。

 亮太はバカで女好きでエッチな幼馴染。

 好きになったきっかけは私の過去にも関係する。

 幼い頃に亡くした大事な人、あの時の私の喪失感を慰めてくれた。

 

『泣くなよ、奈々子。お前が涙を流し続けることをあの子は望んでいない』

 

 亮太は普段はそれほど優しさを見せないけど、大事な時に抜群のタイミングで優しさをみせるから……本当にずるい。

 あんな風に優しくされたら、好きになるじゃない。

 

「ホント、狙い澄ましたかのようで嫌になるわ。それまでの最低っぷりを帳消しにするから憎みきれないし……」

 

 彼への愚痴は山ほどある。

 それだけ彼の傍にい続けてきた、幼馴染の関係。

 それを乗り越え、恋人になった今、私は満たされている。

 付き合う前は彼と付き合う事で私は幸せにはなれないと思っていた。

 女遊びの激しい奴だから弄ばれるだけなんじゃないかって。

 でも、亮太なりに私に気を使って接してくれるから今は問題はない。

 これから出て来る可能性は大いにあるから油断はできないけど。

 アイツ、絶対にこちらが油断した頃に問題を起こすに違いないわ。

 その時だった、私の部屋に慌てた様子の母が入ってくる。

 

「奈々子、さっき連絡があったの。落ち着いてきいて……」

 

 窓の外は強い風が吹き、どことなく嵐の前触れのように感じた。

 

 

 

 

「……というわけで、2日間、アンタのところでお世話になる事になったから」

 

「マジですか!?」

 

 何で嬉しそうなんだろう、こいつ。

 

「あんまり喜ばしい状況じゃないんだけどね」

 

 私は亮太の家に2日間、預けられることになった。

 その理由は2つある。

 ひとつは私の母の父、つまり私の祖父が交通事故にあって入院したらしい。

 車同士の正面衝突、怪我はそれほど大したことがないんだけど、母はかなり心配していた。

 妹を事故で亡くしてる我が家では事故という言葉自体が嫌すぎる。

 祖父母は遠方に住んでることもあり、父と母は泊りがけで会いにいくことになった。

 あまり大勢で行くのもあれなので、私は留守番で残る事にしたんだ。

 もうひとつ、残念なことに嫌なタイミングで台風が接近中。

 家にひとりでおいとく事を心配した母が、親友である亮太の母に相談して私は2日間だけ預けられることになったわけ。

 

「奈々子ちゃん、亜美の部屋でいいの?」

 

「はいっ。すみません、おばさん」

 

「気にしないでいいのよ。奈々子ちゃん。ほら、亮太。その荷物を運んであげなさい」

 

 おばさんには普段からお世話になってる、物腰の柔らかい女の人だ。

 

「へーい。重っ!?何が入ってるんだよ。乙女の秘密って奴か?」

 

「うっさい。余計な事を気にしないで運んで」

 

 亮太に荷物を任せると廊下を走る音が聞こえる。

 

「奈々子お姉ちゃん~っ」

 

「亜美、こんにちは」

 

 こちらに駆け寄ってくる幼い少女。

 今年小学1年生になった亮太の妹、亜美。

 私にとっても可愛い妹同然の存在で非常によくなついてくれてる。

 

「ママがね、今日は奈々子お姉ちゃんがお泊りするって聞いたの」

 

「そうよ。今日と明日、ここでお世話になるの。亜美の部屋に泊めてね?」

 

「うんっ!えへへっ、奈々子お姉ちゃんと一緒だぁ」

 

 亜美はホントに可愛くて仕方がない。

 

「顔、緩んでるぞ。奈々子。そんなゆるみきった顔は正直見たくない」

 

「黙れ。まだ荷物を持って行ってないの?早く行ってよ」

 

「ひでぇ。奈々子は亜美に優しく、僕に厳しい……」

 

 そんな当然のことにいちいち反応していられない。

 私は荷物を持っていく亮太を放っておいて亜美に目を向ける。

 亜美の可愛さは何と言っても素直な所だ。

 見てるだけで癒される、私の大事な妹なの。

 

 

 

 

「窓、すごいねぇ。バンバンって音が鳴ってるよ?」

 

 亜美の部屋で私は彼女と一緒に窓の外を眺めていた。

 吹き荒れる風、台風は今日の夜から朝にかけてが一番ひどいらしい。

 降り始めた大雨が激しく窓を叩きつけ、風の音が響く。

 

「怖いよ、大丈夫なの?」

 

「大丈夫よ。気にしないでいいから」

 

 亜美が怖がるので私は窓のカーテンをしめた。

 雷が鳴り出さない限りはこれで亜美も気にしないはず。

 

「ねぇ、奈々子お姉ちゃん。いつもみたいにピアノをひいてよ」

 

「いいわよ。今日は何の曲にしようか?」

 

 亜美の部屋にはピアノが置かれている。

 彼女は幼稚園の頃からピアノをはじめている、同年代ではうまい方だと思う。

 私も昔からピアノをしていたので弾く事ができる。

 

「これがいいなぁ。お姉ちゃん、弾ける?」

 

「ん?これならいけるわよ」

 

 子供向けのピアノの譜面なら一目見れば大抵弾ける。

 それほど難しくないので私は軽く練習してからその曲を弾き始めた。

 私がピアノを弾いてる間、亜美は私の真横に座りながら楽しそうに笑う。

 亜美の笑顔が私には何より幸せ。

 

「……おー、いつもながら仲いいことで。僕の相手もしてくれよ、奈々子?」

 

「その辺に黙って座ってなさい」

 

「亜美に向ける優しさをほんの少しでも僕に向けてくれたらいいのに」

 

 彼はため息をつきながら、亜美を抱き上げて膝上にのせる。

 

「亜美に触らないで。バカがうつったらどうするつもり……?」

 

「おいおい。僕の妹なんですけど。お前の過保護っぷりは怖いわ。なぁ、亜美?」

 

「んにゅ……?」

 

 当の本人、亜美はよく分かっていない様子だ。

 亜美のリクエスト曲をピアノで弾きながら私はふと過去を思い出す。

 ……あの子も見よう見まねでよくピアノを弾いてたっけ。

 今はもういない私の大切な“妹”。

 私も幼かったからふたりしてピアノを奏でて遊んでいたわ。

 

「お姉ちゃん?どうしたの……?」

 

 私は亜美の声にハッとして手が止まってる事に気づく。

 

「おやぁ、もしや簡単な曲なのに弾けなくなったと……ぐぼぁ!?」

 

 私は楽譜を亮太の顔に叩きつけて、「そんなわけないでしょ」と文句を言う。

 

「ちょっと詰まっただけ。しっかり聞いてなさい」

 

「いや、僕は別に聞きたいわけ……聞きたいです。聞かせてください。だから、楽譜を放り投げようとするな。地味に痛い」

 

 亮太と恋人になってもこういう付き合い方は全然変わらないわ。

 それよりも、私は自分の問題に気づいてた。

 

「……私はダメなお姉ちゃんね」

 

 どうしても思い出してしまう、亜美があの子に似ているからかな。

 もう6年も経とうとしているのに……。

 常に亡くした妹と亜美を重ねている自分がいる。

 

 

 

 

 その夜は亜美と一緒の布団に入って彼女に絵本を読んであげていた。

 シャンプーのいい香りのする亜美の身体を抱きしめながら、

 

「そうして、ふたりは幸せになりました。終わり」

 

「これってハッピーエンドなの?」

 

「そうよ。皆が幸せになってお終い。楽しかった?」

 

「うんっ!奈々子お姉ちゃんが読んでくれる本って好き!」

 

 私も亜美が好きよ、可愛過ぎて萌えるもの。

 むしろ、妹というより娘みたいなものかも。

 

「そろそろ寝ましょうか」

 

 私は外の不穏な気配を感じたので亜美にそう語る。

 下手に雷や雨が激しくなる前に亜美を寝かせようと思ったからだ。

 

「おやすみなさい、お姉ちゃん」

 

 寝付きがいいのですぐに眠ってしまう亜美。

 その寝顔を見つめながら私は頬に触れる。

 小さくて可愛くて、抱きしめたくなる妹の存在。

 

「亜美……」

 

 彼女の寝顔に語りかけていると空気を読まないバカが扉をあける。

 

「うぉーい、奈々子。暇なら僕の部屋に来ないか?」

 

「帰れ、バカ。地の底で眠っておきなさい。私の幸せを邪魔しないで」

 

「ひどっ!?恋人ですよ、恋人。今、僕が奈々子の恋人だってこと忘れていないか?」

 

「だから?何?」

 

 それが亜美の寝顔に癒されている私の邪魔をする理由にならない。

 

「私の中での優先順位は亜美>>越えられない壁>>>亮太なのよ」

 

「差がありすぎて普通に泣けるぜ。いいから来いよ。亜美も寝てしまったんだろ?」

 

「仕方ないわね……」

 

 亜美を起こしたくなくて私は渋々、布団から抜け出す。

 電気を消して亜美の部屋からでる。

 台風の夜、それは長い夜の始まり。

 私の記憶に残り続ける、“初めての夜”――。

 

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