最終章:私の初恋、20歳の冬
【SIDE:志水亜美】
あれから1年の月日が流れて、私もついに20歳になっていた。
季節も冬一色に染まる12月24日、クリスマス・イブ。
亮太兄さんと奈々子さんは夏の初めに結婚した。
人生の仕切り直しだって兄さんは言ってたけど、うまくいってほしいと私は願う。
もう誰も苦しい思いをせずにいられたら、それでいいから。
私も大学2年生になり学業の方は大変だ。
この1年で大きく変わった事はそれほどない。
劇的にではなく、小さな変化は多々あるけれども。
今、私は本格的に和輝さんの家で同棲生活をしている。
実家に帰るのは月に数度、生活拠点をこちらに移したのでずいぶん楽にもなった。
その分だけ、大事な2人と一緒にいられるんだもの。
今日はクリスマス・イブなのでクリスマスパーティーの準備中。
元気よく麻尋ちゃんもお手伝いしてくれている。
「麻尋ちゃん、和輝さんがもうすぐ帰ってくるから準備してね」
「はーい。あっ、それは私がするよ、“ママ”」
麻尋ちゃんも5歳になって、いろんな言葉を覚え始めた。
行動自体も成長しているから、すごくしっかりしてきたと思う。
私のことを“亜美ママ”と奈々子さんとの区別をしていたけども、いつのまにか私のことは“ママ”と呼んでくれる。
「クリスマスケーキ。はじめてママと一緒につくって楽しかったよ。おいしいってパパは言ってくれるかな……?」
「言ってくれるよ。麻尋ちゃんが作ったんだもの」
「えへへっ。言ってくれるとうれしいなぁ」
麻尋ちゃんは和輝さんのことが大好きだ。
私のことも同じように好いてくれている。
純粋で、愛情をかけた分だけ応えてくれる。
子供というのは育ててみなければ分からないことだらけ。
でも、私はその一つ一つの発見が楽しくして仕方がない。
「……あっ、パパが帰ってきたっ!」
麻尋ちゃんはすぐに和輝さんを迎えに玄関の方へ。
その間に私は料理をテーブルに並べていく。
クリスマスって雰囲気だけでも本当に楽しいものだ。
「ただいま、亜美ちゃん。おっ、今日は料理も美味しそうだ」
「あら、今日だけ限定何ですか?」
「いや、亜美ちゃんの作ってくれる料理はいつも美味しいよ。今日は一段と、という意味です。亜美ちゃんの料理が一番だからさ。……最近、亜美ちゃんは意地悪さんだな」
「ふふっ。こういうのも私なんですよ。覚えておいてください」
これも本当の私なんだ、と和輝さんにもちょっとだけ本性を見せるようになった。
優しいだけの私じゃない。
全てを見せる事で本当の意味で私と彼は繋がりを持てる気がするの。
「ねぇ、パパ。今日のケーキは私とママが作ったの。美味しそうでしょ?」
和輝さんに抱きつく麻尋ちゃんは甘えた声でそう言った。
彼は彼女の頭を撫でながら「へぇ、頑張ったな」と褒める。
「麻尋ちゃん、お料理作るの上手になったんですよ」
「ママがやさしく教えてくれるもんっ」
私にも甘えるように抱きついてくる。
この温もりが私の幸せ、今では大事な娘として育てている。
「それより、はやく食べようよ。お腹がすいたの~」
麻尋ちゃんの言葉で私たちは食事の準備を始める。
クリスマスパーティーって子供の頃に楽しかった思い出が残っている。
「クリスマスケーキ♪サンタさんは?」
「サンタさんは夜中にやってきてくれるんだよ」
「そうなの!?早く来てほしいなぁ……」
目を輝かせて楽しみにする麻尋ちゃん。
本当に子供ってみているだけでこちらも楽しさが伝わる。
「でも、あれって普通に不法侵入のおじいさんだよな。実際にされると警備会社か警察呼びたくなるし」
「……そんな夢もロマンのカケラもない亮太兄さんのような発言はやめてください」
私がサンタを信じなくなったのは8歳の頃、亮太兄さんにネタばれされたからだ。
そういえば、クリスマスには奈々子さんや兄さん、和輝さんも私を囲んで集まってくれて、皆でクリスマスパーティーをした。
その中でも、いつも私の隣にいてくれたのは和輝さんだった。
思い返せば返すほど、私の思い出の中には和輝さん達がいる。
自分がどれだけ彼らに愛されてきたのか、今になってようやく分かる気がした。
食事を始めながら私はふと和輝さんの方を眺めていた。
私の視線に気づいた彼が「どうかした?」と不思議そうに見つめる。
「いえ、昔が懐かしくて。麻尋ちゃんみたいに私も純粋に楽しかったなぁって」
「亜美ちゃんも麻尋みたいにキラキラ目を輝かせていたよ」
「……そうなんですか。当然のことながら覚えてませんけど」
私はどこか気恥ずかしさを感じつつ、ケーキを食べて口を汚す麻尋ちゃんの口元をティッシュでぬぐってあげる。
「麻尋ちゃんと一緒に作ったケーキ、美味しい?」
「うんっ。とっても甘くて、美味しいのっ」
お味が気に入ったようでいつもよりも食欲も旺盛。
子供は元気な姿が一番、笑顔を浮かべる麻尋ちゃん。
「本当に美味しいな。お店のモノと変わらないくらいだ」
和輝さんにも褒められて麻尋ちゃんはものすごく嬉しそうだ。
クリスマスという特別な日は気分を高揚させてくれる。
麻尋ちゃんはクリスマス気分ではしゃぎ疲れていつもよりも早い時間に眠ってしまう。
ぬいぐるみを抱きしめながら眠りにつく彼女の頬をそっと撫でる。
「亜美ちゃん、ちょっといいかな?」
「はい。麻尋ちゃんならもう眠ってしまいましたから」
私は呼ばれたのでリビングに行くと彼は「外に出ないか?」と私を誘ってくる。
麻尋ちゃんが寝てしまってからは毎日、私と和輝さんの二人だけの時間。
彼に誘われるままに外に出ると夕方から降り始めていた雪が地面に積もっている。
吐く息の白さと空から降る雪、時折吹く風に肌寒さを感じる。
冬らしい夜空の下を二人で並んで歩きだす。
「うわぁ、雪ですよ。都会で積もるなんて珍しいですね」
「とはいえ、この雪質だと積もっても明日には溶けてしまうな。今年の冬には3人で雪国に旅行しようか」
「……きっと喜びますよ、麻尋ちゃん」
今日の帰りに雪を見て楽しそうにしていたから喜ぶに違いない。
私は肌寒さを感じていたら、和輝さんが手を握り締めてくれる。
「それにしても、クリスマスって雰囲気がいいですよね?」
「別に普段と変わらない日のはずなのに、イベントがあるっていうのは人の心を高揚させる。それにしても、日本はどうして前日の夜が本番みたいに思えるんだろ」
「確かに。まぁ、日本だとクリスマス・イブってただのイベントですから」
海外だと当然、本来の意味なんだろうけど、日本では冬のイベントの一つにすぎない。
「いいじゃないですか。楽しければOKです」
私たちは適当に歩いていくと、人気のない公園までやってくる。
降り積もった白い雪を見ると私は過去を思い出す。
初恋の記憶、初めてのキス……14歳の冬の思い出。
「……ねぇ、和輝さん。我が侭なお願いをしてもいいですか?」
「お願い?亜美ちゃんが望む事なら何でもいいよ」
和輝さんに向けて私は自分の想いを伝える。
それはどれほどの月日がたっても変わらない想い。
彼が大好きだからこそ、想いも消えることはない。
「私を幸せにしてください。今よりも、もっと……」
私の言葉に応えてくれるように彼はギュッと力強く抱擁してくれる。
「そうしてくれたら、私は和輝さんを幸せにしてみせます」
不安、どんなに傍にいても人は常に不安を背負い続ける。
幸せの裏に不幸におびえるのは当たり前のことで。
それを含めて幸せという2文字の大切さを知る。
「前にも言ったよね。俺が幸せにしたいと思う人間はこの世界でふたりだ。麻尋と亜美ちゃん。どちらも俺は幸せにしてあげたい、いや、幸せにして見せる。それが俺の覚悟だよ」
抱擁されながら告白されて私は心がときめいた。
昔からこの人の言葉は常に私に響くんだ。
大好きな人の言葉だもの。
「……期待してもいいんですか?」
「そこは期待してもらえないと男としてダメだろ?」
「ふふっ。じゃぁ、期待しちゃいます」
私たちは顔を見つめ合わせて、私の方から彼にキスをする。
背伸びをしながら尖らせた唇に唇の感触が伝わる。
「んぅっ……」
私はずっと願っていた。
片思いの気持ち、和輝さんに惹かれながらも言えずにいた好きだという一言。
それを伝えてしまったあの日から私の人生は大きく変わった。
私の人生に和輝さんは必要な存在だった。
私は大好きな人の傍にいられる事に感謝すらしている。
こんな運命を与えてくれた神様にも……。
「私、和輝さんと出会えて本当によかった。運命だと信じられる相手です」
「俺の方こそ。亜美ちゃんには麻尋のことを含めて俺にとって必要な存在なんだ。好きだよ、亜美ちゃん……。俺に愛って言葉の意味を教えてくれたんだ。今の俺はキミなしでは生きられない」
白銀の雪が舞う夜に。
私たちは聖夜の夜空を見上げながらお互いの体温を感じ合う。
「……くしゅんっ、少し冷えてきました。そろそろ帰りましょうか」
私たちは歩きだす、粉雪が舞う夜空の下を……。
ふたりで一緒の同じ時間を、同じ人生を……――。
寄り添いながら夜道を歩く私は彼に甘えるように身をゆだねる。
貴方と“明日”という未来を共に歩めることが私の何よりもの幸せなんだ――。
【 END 】
本編は終了です。残りは奈々子視点の過去を描いた番外編があります。
次回からは番外編を公開します(全6話)。