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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
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第37章:ありがとう《後編》

【SIDE:結城和輝】


 仕事の出張が終わり、家に帰る前に俺は亮太に夕食に誘われた。

 ふたりで話したい事があるらしい。

 

「よぅ、和輝。よく来てくれた。出張で疲れてるだろうが悪いな」

 

「亜美ちゃんには悪いけど、この時間だと家に帰ってもすぐ寝るだけだから。それで、どうしたんだ?」

 

「まぁ、とりあえずは食事にしようぜ。……その前にお前に言っておくべきことがある」

 

 彼は俺に対して改めてこう言うのだ。

 

「……すまん、ここは男同士で入る店じゃなかった」

 

「だろうな。俺はいつ、それを言えばいいのか悩んでたぞ」

 

 そこは雰囲気のいいフランス料理店だった。

 周りを見渡してもカップルばかり。

 男の友人同士で入るような店でもない。

 俺はため息をつきつつ、彼の行動に疑問を抱く。

 

「何で、こんな店を選んだ?お前にしては挑戦すぎるだろう?」

 

「まぁ、それにはワケがあるのだが。ついでにいうと、予算も少なめで頼むな」

 

「ったく、そういうところは変わらないな。ワイン代は俺が出してやるさ」

 

「助かるよ。一応、下見をかねてるんでね」

 

 彼はそう苦笑いをしながら、値段を見比べつつじっくりとメニューを頼む。

 俺達は椅子に座りながらテーブルを挟んで会話をする。

 

「それで、野郎同士で何でこんな場所に?」

 

「下見だ、奈々子を連れてくる予定。その事で話をつけておきたくてな。僕もお前も、触れてこずにいた話題があるだろ?」

 

 彼は淡々と言うが、俺にしてみれば気まずくなる。

 亮太と奈々子、二人が今、交際していることは当然知っている。

 だが、それ以前に中学時代に交際していたのは実は離婚間際まで知らなかった。

 離婚寸前に彼女からそういう話を聞いて初めて知った。

 

「……まずはその奈々子の話題だ。うちの妹と直接対面したからな」

 

「奈々子と亜美ちゃんが?」

 

「そうだ。昨日だったか、奈々子から電話で仲直りできたってきたんだ。お前がいない間に会って話をしたらしい。お互いに言いたい事を言いあえたようだ。その件については僕も気になっていたからよしとしよう」

 

「そうか、二人の和解は素直に喜ぶべきだろうな。元から姉妹のように仲の良かった二人なんだからさ。それで、話を戻すが、おっと、その前に料理が来た」

 

 俺達の前に運ばれてくるのは前菜とスープ。

 ……どうやら、フルコースのようだが?

 一応、聞いておくか、こいつの給料&金遣い的に大丈夫なのか知りたい。

 

「お前、ちゃんと値段を見て注文したのか?」

 

「ワイン以外は予定通りだ。まぁ、ちょいと値段が高くつくが、こちらも重要な話があるんだよ。俺とお前の間でしておかなきゃいけないことだ。食事しながらでいい」

 

 彼が本題を切り出したのはメインの肉料理を食べ始めた頃だった。

 亮太は普段よりも真面目な顔をして言う。

 

「僕は奈々子が好きだった。昔に付き合うようになってからな。そりゃ、女に対して誰にでもいい顔してたし、当時の僕の行動を考えれば奈々子が去るのも頷ける。けれど、僕は未だにお前と付き合い始めた事だけは納得できない」

 

「……俺自身、本音で言えばまさか結婚まで進むとは思わなかった。恋愛に興味もなく、彼女に言われるがままに交際を始めたからな。お前らの交際を知ったのはあとのことで、そういう仲だったのも知らなかった」

 

 亮太の気持ちを知っていれば交際に発展する事はなかったはずだ。

 彼は俺の考えを既に分かり切ってるようで、苦笑いを浮かべていた。

 

「奈々子が言ったんだよ。幼馴染の関係のままでいようってな。できる限り、そういう風に見せてきた。僕も他の女性と交際してたし、そのことはいい。人間っていうのは不思議な縁ってもんがある。お前らが離婚した後、僕はアイツと再会した」

 

「奈々子と別れてからは俺は麻尋の世話で忙しくてその辺は全然知らないが、いつのまにかそういう関係になっていたな」

 

「まぁ、偶然と必然ってやつさ。マジで、運命って言うのを信じてみたくなる出会い方だった。いや、始まり方って言った方がいいのかな。その再会は俺達にとっては始まりだったんだよ。中学の時の失敗を乗り越えた新しいスタートラインだ。ようやくその地点に立てた気がする」

 

 彼らなりに考えて、再び手を取り合い進み始めた。

 くしくも、俺もまた亜美ちゃんと再会して惹かれ始めた頃と重なる。

 

「和輝、奈々子は僕が幸せにする。だから、お前はうちの妹を幸せにしてやれ。アイツは一途にお前だけを見てきた、子供のころからな。それぞれ互いに失敗してるんだ。その二の舞をするほどバカじゃないだろ?」

 

「……言われなくとも、そうするよ。亜美ちゃんは俺にとって大事な女の子だからさ」

 

 今の俺には亜美ちゃん以外の女性は考えられない。

 俺達は笑い合いながら食事を楽しむ。

 久しぶりに亮太と本音で言いあえたこともあり、気分はよかった。

 俺はまだ26歳、人生はまだ先が長いってな。

 麻尋も亜美ちゃんも、俺には幸せにしなきゃいけない人間がいる。

 その事を大事に考えていかなければいけないんだ。

 

「さぁて、お酒、お酒……この赤ワイン、ボトルで頼んでいいか?」

 

 ……亮太、お前って人の奢りだとあっさりメニューを決めるのな。

 

 

 

 

 ほろ酔い気分で家に変えるとお風呂あがりの麻尋が飛びついてきた。


「おかえりなさーい、パパっ」

 

「おぅ、ただいま……って、冷たいなぁ。麻尋、濡れた髪はしっかりとタオルで拭きなさい。風邪ひいたらどうするんだ」

 

「はーい。早くパパに会いたかったんだもん」

 

 そう言うと彼女は後ろにいた亜美ちゃんの所へと移動する。

 彼女は「すぐにふいてあげるからね」と麻尋の髪をバスタオルでふく。

 すっかり彼女にも麻尋は母親のように甘えている。

 

「おかえりなさい、和輝さん。出張、お疲れ様です」

 

「こちらこそ、麻尋の世話を頼んで、助かったよ。麻尋、大人しくしてたか?」

 

「うんっ。亜美ママとね、ぬいぐるみを作ったのっ」

 

 麻尋は眠る寸前まで話をし続けてくれた。

 些細なことでも子供は親に話をしたがる。

 そういう娘を俺は可愛いと思っている。

 最後は亜美ちゃんがいつものように麻尋を寝かしつけてくれた。

 リビングで軽くティータイムをすることになり、香りのいい紅茶が出される。

 

「はい、どうぞ。それにしても、お酒を飲んでたんですか?ちょっとだけお酒の匂いがします。変なお店じゃないですよね?」

 

「違います。そんな店にはいかないよ。今日、出張帰りに亮太と話をしてきたんだ、いろいろとね」

 

「兄さんと?私も昨日、奈々子さんと話をしました。大事な事を言えたつもりです」

 

「亮太から聞いている。よく頑張った、と思うよ」

 

 俺は亜美ちゃんを褒めると彼女は何とも言えない複雑な表情を見せる。

 視線を紅茶のカップに向けながら、亜美ちゃんは言うんだ。

 

「結局、私は嫉妬してばかりなんですよ。和輝さんと付き合っていた頃から奈々子さんは憧れの存在であり、嫉妬の対象でもあったんだと思います。大好きな人と交際していて羨ましい、妬ましい。心のどこかにそう言う感情があったんです」

 

「自分をそんな風に責めるのはよくないよ。人間、誰だって負の感情はある。俺の事を強く思ってくれているのは嬉しい」

 

「……私、奈々子さんが好きです。だから、嫌いになるのは苦しくて、辛くて、嫌いになりきることができませんでした。和輝さんが愛してくれている事に不安を感じてしまったことも、今になっては後悔してます」

 

 自分を責める彼女、俺は彼女を慰めながら受けとめてあげる。

 

「人間は自分の嫌いなところを受け入れていくんだ。俺は亜美ちゃんの事を愛してる。もちろん、俺も今回の事には無責任だったところもあるし、亜美ちゃんが傷ついているのを知らなかったことは反省するよ」

 

「今が幸せならばそれでいい。後向きな意味ではなく、前向きな意味で今は考えるようにしています。私が手に入れた今の幸せをこれからもずっと守り続けていきたいんです」

 

 亜美ちゃんは優しい笑顔で微笑む。

 

「俺もそのための努力をする。俺は今の家族が好きだ、麻尋がいて、亜美ちゃんがいてくれることが何よりの幸せなんだ」

 

 飲みほした紅茶のカップをテーブルに戻して俺は亜美ちゃんを見つめる。

 幼い頃は本当に小さくて妹のように思っていた。

 そんな彼女に俺は心を動かされて、恋愛感情として愛している。

 

「……家族、ですか?」

 

 きょとんとした顔をしている亜美ちゃん。

 思わぬ反応に俺は首をかしげつつも、もう一度言ってみる。

 

「俺は亜美ちゃんとは家族のつもりでいるけど、違うかな?」

 

「い、いえ、ありがとうございます。そう言ってもらえると本当に嬉しくて……その、私は和輝さんの家族でいいんですか?」

 

「前にも言ったはずだ。俺は将来的な意味を含めて、亜美ちゃんと家族になりたい」

 

 家族になりたい。

 その一言は俺にとっては意味のある言葉だった。

 奈々子と結婚していた時期に“家族”の意味を俺は知った。

 だが、それ以上のぬくもりのある家庭ってやつを亜美ちゃんとならうまくやれるはずだという強い自信を抱いていたのだ。

 愛を知ろうとも知らなかった俺が初めて自分から知りたくなった。

 亜美ちゃんを愛することで自分自身を変えられるのではないか。

 そんな事を考えられるようにもなったんだ。

 俺は立ち上がり彼女の手を握りしめて言う。

 

「……そういう未来はダメかな?」

 

「ダメじゃないですっ。わ、私も、未来の形として望めたらいいと思います」

 

「亜美ちゃん。他の誰でもない、本当に自分にとって大切だと思える相手に出会えたことを“運命”って言うのに感謝してる」

 

 運命、その短い言葉に込められているのはかけがえのない想い。

 

「和輝さん、私も“運命”って信じてます。再会してから私の人生が大きく変われました。たった数か月の間に本当にたくさんの出来事が起きて……大変でしたけど、意味のある事だったと考えています。これからもたくさんの事があるんでしょう」

 

 前向きに考えると言った亜美ちゃんはその通り、未来を見つめている。

 

「……本当の家族になれる日を期待していますね」

 

 亜美ちゃんはそのまま俺にキスをねだってくる。

 可愛らしい俺の恋人、守りたい存在のひとり。

 人生の中で後悔する出来事は多々あるだろう。

 けれど、ミスや後悔は経験として積み重ねていく。

 俺はもう2度と同じ過ちをしないと覚悟を決めたんだ――。

 

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