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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
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第36章:ありがとう《前編》

【SIDE:志水亜美】


 私が奈々子さんを呼んだ次の日の夜。

 彼女は和輝さんの家に時間通りにやってきた。

 既に麻尋ちゃんは眠りにつかせている。

 どうしても、二人っきりで話がしたかったの。

 

「……亜美、こうして正面をむきあって会うのは久しぶりね」

 

「正面を向きたくなかった、嫌な事から目を避けたいと思う事はいけない事ですか?」

 

「それを否定することは私にはできない。だって、逃げ続けたのは私だもの」

 

「私も逃げました。真実を知ることが辛いと分かってるのに、何で知る必要があるんだって……」

 

 私の真正面に座る奈々子さん。

 彼女の言う通り、こう言う風に向き合うのは以前のファミレスの時以来だ。

 

「でも、私はもう逃げません。すべて、教えてください」

 

「……私自身、逃げ続けてきた人生よ。嫌な事からすべてね。さすがにもう逃げるのはやめた。たとえ、それで亜美に嫌われるとしても、自業自得。貴方には話さなくちゃいけない真実があるの」

 

 彼女は勇気を込めて過去のことを話し出したの。

 

「逃げ癖がついたのは最初の亮太との交際の時。彼の浮気癖を心配して、結局、自分から恋人をやめた。今になって思うの。彼をもっと信じていれば誰も傷つくことはなくて、すべてがうまくいったんだって」

 

 その関係は仲の良かった幼馴染の関係すら影響を与えることになる。

 十数年間、彼女達の間にあった大きなわだかまり。

 見た目じゃ分からなくても、その絆は壊れそうになっていた。

 完全崩壊しなかったのは亮太兄さんが奈々子さんの全てを受けとめたから。

 自分を裏切り、和輝さんと交際を始め、結婚をして、子供を産んで、離婚して……散々裏切り続けた奈々子さんの行動。

 それでも、亮太兄さんはそんな彼女を受けとめた。

 まぁ、あの人自身、その間に相当、いろんな女性と遊んでいたので、到底、一途な心と呼ぶには程遠いのだけど……。

 最後には受けとめてあげた、というのはきっと私にはできない行動だと思うんだ。

 亮太兄さんをちょっとだけ尊敬、彼は強い人なんだと改めて感じた。

 

「亮太には感謝もしている。こんな私を受けとめてくれたこと。今でもちゃんと愛してくれるということ。自分勝手で嫌われて当然のはずの私を愛してくれる。その事が私にとっては本当に嬉しい事なのよ」

 

 愛してくれるという事、亮太兄さんって意外とその辺はしっかりしてるんだ。

 これは良くも悪くも経験なのかもしれない。

 中学2年の奈々子さんとの失恋で彼は自分の恋愛観を変えた。

 それが結果的に、彼女を受けとめるだけの力になったのかもしれない。

 

「亮太が私を好きだと言ってくれたけれど、私にはそんな資格ないと思ってた」

 

「彼を裏切ったのは奈々子さんです。兄さんは裏切らなかったのに」

 

「そう。その通りよ。裏切ることを恐れて、私の方が裏切ってしまった。その事について責められて当然だと思う」

 

 だけど、私はそれ以上は責めることをしなかった。

 苛立ちをぶつけるのはこれまで何度もしてきたから。

 責めるのではなく、私は彼女の話を聞くためにここにいるんだ。

 

「……話を聞いて、私はやっぱり、奈々子さんのした事を許せません。亮太兄さんや和輝さんにしたことについても」

 

 その件については何度考えても許せそうにない。

 私は兄さんのように全てを無罪放免と受けとめてはあげられない。

 和輝さんの事については正直、本気で私の中に怒りがわく。

 

「和輝さんと奈々子さんの交際していた頃、覚えてますか。私がまだ中学生だった時、皆でスキー旅行に行きましたよね?」

 

「あの時の事は覚えてるわ。亜美と旅行したのってあれ以来だもの」

 

「私、あの時に和輝さんに告白したんですよ。好きですって。ついでにファーストキスもしてもらいました。ずるしていたんです。奈々子さん達が付き合ってるのを傍目でずっと見てきたのに、私は彼が好きだったから」

 

 初恋の想いを断ち切るために、私はキスを求めた。

 ずるいと分かっていたのに、私は失恋覚悟で彼に告白した過去がある。

 けれど、結局、こうして和輝さんと交際するようになり、私の想いは断ち切れずにいたという事なんだけどね。

 

「だから、奈々子さんの気持ちは少しだけ理解できます。捨てきれなかった想いのこと。和輝さんと離婚してから、兄さんと付き合いだしたことの意味は……。私は奈々子さんの自分勝手な行動を許せない気持ちはありますけど、もう貴方を憎むのはやめにしたいと思います。過去は過去、いつまでも終わった事に拗ねても意味ないですから」

 

 気持ちの踏ん切りをどこかでつけないといけない。

 過去の話だと割り切り、現在を見つめなければ意味がない。

 

「……亜美。貴方を苦しめて本当にごめんなさい」

 

「私の方こそ、奈々子さんには謝らなければいけません。他人だった私がきつく言いすぎたところもありますから」

 

「これだけは言っておきたいの。私は麻尋を産んだ事を後悔していない。和輝と結婚していた頃もね」

 

 それはすべて、彼女の人生だから。

 私達はお互いに顔を見合せて笑い合う。

 ようやく、私達は和解できたと思えたの。

 人の過ちを許すこと、それが難しいって改めて感じさられた。

 私は奈々子さんと再び、元の関係に戻ることができた。

 

「……亜美。ありがとう」

 

「ありがとう?」

 

「私の妹にもう一度、戻ってくれた事。本当に嬉しいわ」

 

 小さな頃から彼女にとって私は妹なんだ。

 

「そうですね。私は奈々子さんの妹です。妹はお姉ちゃんが大好きなんですよ」

 

 その言葉に彼女は嬉しそうに言うんだ。

 

「私も亜美が大好きよ。……麻尋の事、亜美に任せたいの。私はこれから私の道を歩いて行くわ。自分の子供だけど、傍にいるべきなのは私じゃない。亜美、私にこの台詞を言う資格はないけど言わせて欲しい」

 

 彼女は自分の本当の想いを言葉にした。

 

「――麻尋を幸せにしてあげて。貴方にはできるはずだから」

 

 私は「はい」と短く答えて言葉を返す。

 奈々子さんは麻尋ちゃんにとっては実の母親だけど、亮太兄さんと生きていくなら麻尋ちゃんとはずっと一緒の道にはいられない。

 麻尋ちゃんと一緒の道を歩いていくのは……他でもない私なんだ。

 和輝さんも麻尋ちゃんも、私が大切にしたい存在なのだから。

 

「あの、最後にひとつだけ聞かせてもらえませんか?」

 

 私は帰り際の奈々子さんに一言だけ尋ねることにする。

 それはずっと疑問に思い続けてきたこと。

 

「……どうして、亮太兄さんなんか好きになったんですか?」

 

「どうしてって……ああ見えても意外と優しいのよ?昔から素直じゃないけど、私にとっては大事な存在だったの。亜美の事だってちゃんとお兄ちゃんとして見守ってる。態度に滅多に出す事はないけど、亜美の事を本当に大事に思ってるはず。中身は優しい男だって今さらになって気付かされたわ。女癖は呆れるほどに悪いけどねぇ」

 

「奈々子さん……。今度はちゃんと奈々子さんも幸せになってください。二人の恋を私なりに応援しますから。絶対離れちゃダメですよ?」

 

 彼女は「分かってるわ」と頷くと私の身体を抱きしめながら、

 

「亜美も幸せにね。これからもよろしく」

 

 奈々子さんは再び私にとって大好きなお姉ちゃんに戻った。

 すれ違いと衝突、苦しんできた数か月間だけどやっと元に戻れたんだ……。

 和輝さんが帰ってきたら、いい報告ができるなぁ。

 大好きな人に早く会いたいよ……私はずっと和輝さんの傍にいたいの。

 

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