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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
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第34章:向き合う心《後編》

【SIDE:志水亜美】


 スーパーで買い物を終えてから私達は和輝さんの家へと向かう。

 数か月間、通い慣れたその場所で、麻尋ちゃんは待っていた。

 部屋に入るとテレビを見ていた彼女。

 ここで一人で留守番していたみたい。

 

「ただいま、麻尋。留守番出来ていたか?」

 

「あっ、おかえり~っ!できたよ、ちゃんとしてた。あれ?」

 

 そして、彼女は私の存在に気づく。

 視線が交差する、私はかなり緊張していたのだけど……。

 

「――あっ。亜美ママっ!?」

 

 慌てた様子でこちらに近づくと、彼女は泣きそうな顔をする。

 

「……亜美おねーちゃん?」

 

 そうか、私が言ったんだ。

 私は貴方のママじゃないよって……。

 自分で言っておきながらショックは大きい。

 

「亜美ママのままでいいよ、麻尋ちゃん」

 

 その一言で、麻尋ちゃんは泣き顔を笑顔に変えてくれる。

 

「おかえりなさいっ、亜美ママっ!!」

 

 そう言って私に抱きついてくる。

 可愛らしい声で甘えてくれるその存在が私は嬉しかった。

 

「この前は怒ってしまってごめんね?」

 

「ううん。また帰ってきてくれたからいいのっ」


 麻尋ちゃんに許してもらうと、何かが込み上げてくる。

 ダメだ、この子のことが本当に私にとって娘みたいな存在なんだって思わされた。

 

「ごめん、本当にごめんなさい」

 

 こみ上げてくる、涙。

 麻尋ちゃんへの愛しさが私の中にあふれていた。

 私が抱きしめる力を強めると彼女の小さな手が私の頭を撫でる。

 

「亜美ママ、大好きっ。だから、ずっとそばにいて?」

 

「うん。いるよ、私も麻尋ちゃんが大好きだもの」

 

 私と彼女の間にも“絆”と呼べるものがあった。

 それが何よりも嬉しいんだ。

 

「ねぇ、お腹すいたでしょ。今日はハンバーグを作ってあげる」

 

「ホントにっ!?私、亜美ママのつくってくれるハンバーグが大好きなのっ」

 

「一緒につくろう。美味しいのをね」

 

 そして、私たちは久しぶりに一緒の食事をして、一緒にお風呂にも入る。

 何度も繰り返してきたいつもの日常がそこにはある。

 その日常は私にとってとても意味のある事なんだ。

 私が麻尋ちゃんを拒んだ時、世界が崩れていくような感覚があったの。

 私にとっての世界はもう和輝さんや麻尋ちゃんなしには成り立たない。

 大事な2人を失いたくないんだって。

 そんな気持ちを強く私は抱いていた。

 

「ねぇ、亜美ママ。今日はいっしょに寝てほしい」

 

「和輝さん、いいですか?」

 

「亜美ちゃんさえよければいつでも。夏休み中はずっと暮らしていたんだから」

 

 今は実家からこちらに通う生活が中心だ。

 普段のお泊りは基本はなし、同棲していたのは夏休みの間だけ、大学もあるからね。

 でも、こうして麻尋ちゃんに誘われると断る気なんて起きない。

 

「いいよ。そうだ、麻尋ちゃん。この前、和輝さんに買ってもらった本を読んであげる」

 

 私達は寝室に移動して麻尋ちゃんを寝かしつける。

 絵本を読み聞かせてあげると、彼女はすぐに眠っちゃうんだ。

 

「……麻尋ちゃん」

 

 やがて、眠そうな目をしていた彼女は眠りにつく。

 私の手を握りながら、ぐっすりと可愛らしい寝顔を見せてくれる。

 

「寂しい思いをさせてごめんなさい」

 

 私は一言、最後に謝罪して、彼女のベッドから抜け出す。

 リビングでは和輝さんが私を待っていた。

 

「やぁ、お疲れさん」

 

「いつものようにすぐに寝てくれました。麻尋ちゃんって本当に手のかからない良い子です。えらいと思います」

 

「……麻尋がいい子になるのは亜美ちゃんの前だけだよ。俺相手だとどうにもね?」

 

 彼はそう笑って言うと、私に椅子に座るように言う。

 テーブルには紅茶が入れてくれていたので、それを飲む。

 

「あの子の笑顔の源は亜美ちゃんなんだ。この数日、キミがいない事に俺達は寂しさを感じた。心にとても大きな穴があいたような喪失感。言葉ではよく聞くけれど、実際に感じて初めてわかることもある……」

 

「私も同じです。麻尋ちゃんや和輝さんの傍にいる事が私にとっての日常で当たり前のことになっていました。それができなくなって、私も寂しかったです」

 

 つい、数時間前まで部屋にひきこもっていた。

 あの寂しさを短時間で埋めてくれる。

 これを絆と呼ばずになんて呼ぶの。

 私は自信を持ちたいの。

 紅茶の入ったカップに視線を向けながら私は彼に言う。

 

「私は自信がなかったんですよ。和輝さんと麻尋ちゃんの傍にいた奈々子さんを見て、本当の家族ってこう言う感じなんだって思い知らされました。当然なんです、麻尋ちゃんは奈々子さんの実の娘ですから……けれど、それが悔しく思えました」

 

「……悔しい?」

 

「はい。私にとって、麻尋ちゃんの存在は自分の娘みたいに思えていました。それでも、本物の絆には勝てない。私がしているのは結局、家族じゃなくて、家族ごっこでしかないんだって……勝手に思い込んでしまいました」

 

 だから、私は奈々子さんに怒りをぶつけてしまったの。

 本当は私が悔しがることもなく、そんな権利すらないのに。

 家族なのだから当然のことで、でも、当然だという事が悔しくて。

 

「……私、ずるいんです。昔からそうです、自分のずるさをいつも人のせいにする」

 

「そんなことないよ。亜美ちゃんは優しい子だもの」

 

「和輝さんの事だってそうだった。姉同然に慕っていた奈々子さんの恋人だった頃からずっと好きで……。14歳の冬のファーストキスも、奈々子さんには言えずにいました。本当は言わなきゃいけない、反則だったのに……」

 

 私が彼女を否定すること。

 その権利は私にはないんだ。

 改めて考えてみると、私が奈々子さんを責める資格がない。

 

「亜美ちゃんは悪くない。あれは俺が判断したことだ。亜美ちゃんが俺を好きだと思ってくれた事が嬉しくて。ずっと妹だった女の子からの告白。当時の俺には想いに答えてあげる事は出来なくても、してあげられることがあると思った」

 

 思えば5年前のあのキスから私たちの運命は繋がっていたのかもしれない。

 あのキスの夜がなければ、きっと今の私たちの関係はないんだ。

 勇気を出して初めての告白をしたことにちゃんとした意味があった。

 苦しくても、想いを伝えたことに……。

 

「俺の方こそ、キミの気持ちに気づけずにいてごめん。悔しさとか、全然気づいていなくて……。亜美ちゃんは悪くない、ずるくもないんだ。そんな風に自分を責めないでほしい」

 

 大事な人だから、傷つけたくない。

 そっと正面に座っていた和輝さんがテーブル越しに私の手を握りしめてくれる。

 彼は私を責めることなく受け入れてくれる。

 

「……和輝さん、ありがとうございます」

 

 私はその一言を告げて、彼に微笑みで言葉を返す。

 今日からまた新しく日常を始めよう。

 私なりに大切な人たちとの“絆”を深めていくんだ――。

 

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