第32章:想いをぶつけて
和輝の視点です。
【SIDE:結城和輝】
奈々子と亜美ちゃんの仲を何とかしようと考えていた。
しかし、そのう行為が余計に亜美ちゃんを傷つけてしまう。
ショックを受けた奈々子は落ち込んだ様子で帰って行った。
亜美ちゃんがあんなに怒った姿を見せるのは初めてみた。
ずっと彼女の優しい一面しか見ていなくて。
あの子にも当然、そういう側面があるんだって事を俺達は考えてもいなかった。
それが今回、彼女をひどく傷つける結末へとなってしまったんだ。
それに麻尋も亜美ちゃんに拒絶されてショックだったようだ。
ずっと泣いてばかりの麻尋。
麻尋は亜美ちゃんに拒絶されてしまったのがよほど悲しいみたいで、布団に寝つくまでずっと泣いていた。
そっとタオルで涙のあとをぬぐう。
「……ごめんな、麻尋」
俺は娘の寝顔を眺めながら亜美ちゃんの事を考える。
彼女は麻尋を愛してくれていたはずだ。
こんな形で拒まれるとは思っていなかった。
それは俺にとって何よりも衝撃的な事だった。
『……私は麻尋ちゃんのお世話をしてただけ。母親として育てていたわけじゃない』
違う、亜美ちゃんは彼女の母親のようにしてくれていた。
彼女の存在に救われてきたのは事実なんだ。
『麻尋ちゃん。もう一度言うよ。私は貴方のママじゃない。私はね、亜美おねーちゃんなのよ。いつまで経っても、きっとそのままなんだ』
今でも俺は信じられないでいる。
亜美ちゃんが麻尋に向かってあんな発言をした事を……。
俺はあれが彼女の本音出ない事を信じたい。
「亜美ちゃんは麻尋が嫌いなわけじゃない。そうだよね」
あんなにも仲良くしてくれていたのに。
どうして、こんな事になったんだろう。
「俺も悪いな。何も言えなかった、言ってあげられなかったんだ」
そんな自分のふがいなさを感じていた。
俺はどうするべきなのか、迷ってしまったのが今回の原因だから――。
亜美ちゃんが家に来なくなって数日が経過していた。
彼女の存在がいないと言う事がこんなにも辛いことなんて。
俺も麻尋も嫌と言うほど痛感させられていた。
「パパ、りょうりがマズイ……」
「うぐっ。確かに、何だ、この味は。塩の加減を間違えたか?」
慣れない料理作りは失敗に終わり、結局俺達は外食続きだ。
亜美ちゃんの料理が恋しくなるな。
はぁ、あれから連絡を何度とっても出てくれない。
一度、家に行こうとしたが、亮太が代わりに様子を見てくれることになったので任せる。
「ねぇ、パパ。あのね、きょう、亜美ママの絵をかいたのっ」
「亜美ちゃんの?」
「うんっ。亜美ママ、早くかえってきてほしい」
画用紙に描かれた女の人、それは亜美ちゃんだと言う。
大好きな人をテーマに書いたものらしい。
麻尋はあの出来事があっても彼女の事を大好きなままだ。
それは俺としては安心していたことでもある。
当初、彼女は拒まれた原因が自分にあると思いこみ、かなり沈んでいた。
『亜美ママが私のこと、きらいになったのって、私が悪い子だから?』
子供にとって好きな相手に拒絶されるのはかなり辛いことだったはずだ。
それでも、麻尋の気持ちは変わらない。
それが彼女の本当の想いだと知る。
麻尋の中で亜美ちゃんがどれだけ大きい存在なのか。
俺の想像以上に必要な存在で、大切な人なんだって。
「何とかしないと……。このままでいいはずはない」
俺もある程度の覚悟を決めて、会社帰りに亜美ちゃんに会いにいこうとした。
だが、それは思わぬ出来事により、出来なくなる。
その日、俺の携帯電話にかかってきたのは病院からだった。
「え?奈々子が倒れた?本当ですか?」
どうやら、奈々子が倒れたらしい。
亮太に連絡がとれず、俺の方に連絡が来たらしい。
俺は麻尋を保育園から家に連れて帰る。
「麻尋、お留守番できるか?」
「うんっ。だいじょーぶだよ」
「誰か来ても、出ないでいいから。テレビでも見ていてくれ」
子供を残していくのは心配だが、連れて行くわけにもいかない。
準備を終えてから、亮太に連絡をとる。
何度かめの連絡の末にようやく連絡をとれた。
亮太もすぐに病院へくるらしい。
俺の方が先についたので病室に向かうと、そこには顔色の悪い奈々子の姿がある。
医者の話だと、特に深刻ではないが、過労と睡眠不足で倒れたらしい。
今日一日、入院すれば明日には帰れるそうだ。
病室で点滴を受ける彼女はこちらを申し訳なそうな顔をして言う。
「……ごめんなさい。面倒をかけたわ」
「ようするに、よく寝て、疲れをとって、食事をしろってことだろ?医者の話じゃ、こんな状態になるには昨日、今日、徹夜したものじゃないってな。いつからだ?」
「最近、ちょっとね……あはは、ダイエット失敗とか?」
「自分で“とか?”とつけてる時点でおかしいだろ」
ちょっとで病院に運ばれるわけがない。
こうして点滴を受けながらベッドに寝そべる弱々しい奈々子を見れば分かる。
俺は近くにあった椅子に座りながら言う。
「冗談言ってるだけまだマシか。やっぱり、亜美ちゃんの事か?」
「自分のしてきたことの責任よ。彼女に責められるのは仕方ないわ。それだけのことをしてきたの。私は常に自分勝手に生きてきた。亜美に嫌われるのは当然かもね」
口ではそう言いながらも、こうして倒れこむまで思い悩むとは……。
疲労やストレス、悩み……抱え込みすぎて、押しつぶされたんだ。
それだけ亜美ちゃんの事が妹として大事なんだろう。
その事を話すと彼女は天井を見上げて、
「亜美は私にとって妹だったのかな」
「違うのか?奈々子にとって亜美ちゃんは妹同然の存在だろ?」
「妹のように思っていたわ。誰よりも親しく接していたつもりだった。けれど、あの子に言われたの。妹のように思ってくれたらどうしてこんなにひどい事をするのって……。私は姉失格、ダメ姉よ」
ここ数日の間、彼女は自分をどれだけ責めたんだろう?
彼女は淡々とそう告げる口調にはいつもの明るさはない。
「亜美に嫌われて初めて知ったわ。こんなにも自分の中であの子の存在が大きかったなんて。失わなくても気づいていたけど、私は亜美に依存していた。亜美は私にとってたった一人の妹だった、私はその絆を裏切ったのよ」
後悔しても、それは自分を責めるだけしか意味がない。
後悔をしたところで、何かを得られることなんてひとつもない。
「和輝、私は最低な事をしたわ。亜美のこと、裏切るつもりなんてなかった。けれど、私が彼女の前に再び現れたことがすべての始まり。彼女が手にしていた幸せをぶち壊してしまった。私は恨まれて当然ね」
奈々子の事を亜美ちゃんはそう考えていないはずだ。
麻尋が亜美ちゃんを好きでい続けたように。
人の想いを断ち切ることは難しい。
俺は静かに奈々子に語りかける。
「好きな人間を嫌うのは、簡単なことじゃないんだ。綺麗事って言うかもしれないが、俺は”絆”っていうものを信じたい」
「亜美は……私を許さない。きっとね」
「許してもらえるように話せばいい。何もしなければ解決しない」
謝罪して許してもらうには時間がかかるだろう。
「……そうね。何度も謝って許してもらう」
その時、扉をノックする音が聞こえた。
廊下に立っていたのは亮太だ。
「奈々子の話は聞いた。おい、奈々子。あれだけ体調には気をつけろっていっただろ」
「ごめんなさい……」
あとは亮太に任せればいいだろう。
麻尋の事もあるので、俺は部屋を立ち去ろうとする。
「それじゃ、奈々子。俺はもう行くよ」
「ありがとう、和輝」
「あぁ、それじゃ……え?」
俺達の視線はその扉の向こう側に向けられる。
そこにいたのは亜美ちゃんだった。
久々に見た彼女の顔。
震える声で亜美ちゃんはその名を呼んだ。
「――大丈夫ですか、奈々子さん」
亜美ちゃんが奈々子の名前を呼んだ瞬間、何かが再び動き出した気がしたんだ。