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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
31/46

第30章:愛情の瓦解《前編》

【SIDE:志水亜美】


 秋の涼しい風に吹かれ、夕闇が広がる空の下で。

 私は睨みつけるような強い視線で奈々子さんを見ていた。

 

「私は……私は奈々子さんと再会なんてしたくなかった。再会しなければ私はずっと幸せの中にいられたの。私から何もかも奪わないでよっ!」

 

 私の荒げる声に麻尋ちゃんは怯え、和輝さんも表情を暗くする。

 感情が氾濫するままに私は言葉を叫ぶ。

 私の幸福が瓦解する、その痛みは私を狂わせていくの――。

 

「……私は奪わないわ。亜美、貴方の居場所を奪うつもりはない。私の事が亜美にとって負担になってるのは理解しているの。何も言えず、騙し続けたことに変わりはなくて、傷つけてしまったのも事実だもの」

 

「傷つけるも何もない。奈々子さんは自分勝手すぎるよ。和輝さんを傷つけて、私の想いを踏みにじって、こんなことをするの?私のこと、そんなに嫌いなの?奈々子さんのこと、お姉ちゃんだとずっと思っていた。それなのに――」

 

 大好きだった人にどうしてここまで私は痛みを与えられなきゃいけないの。

 奈々子さんへの愛は憎しみへと変わる。

 愛してきた気持ちが大きければ大きいほどに、憎しみも強くなるもの。

 

「亜美、私は亜美が好きよ。ずっと妹のように接してきた可愛い私の妹だもの。傷つけるつもりなんてない。私は……」

 

「だったら、どうして?こんな真似をするのよ。ひどいよ、奈々子さん」

 

 私達の間にあった絆は既に崩れ落ちているの。

 壊れてしまった関係を元に戻せずにいる。

 私が彼女を一方的に責めていると、和輝さんが制止する。

 

「少し、場所を変えないかな?ここじゃ、人目もあるだろう?」

 

「……場所なんて関係ないです。和輝さん、私は奈々子さんと話をしているです。邪魔をしないでください。話をするのが目的なんでしょ?」

 

 私は和輝さんから目を背ける。

 今の私には彼の視線には耐えられないから。

 

「奈々子さんは本当にずるい。人の気持ちなんてお構いなしに自分の我が侭を突きとしてばかりいる。自分の弱さから兄さんの事から逃げた。愛してもいなかった和輝さんと交際して、そんな偽りの愛情なんか意味ないじゃない」

 

 今の私は彼女を許すことができない。

 ひどい言葉を続けざまに彼女に怒りを向けた。

 

「前に私は今が幸せなら過去なんて関係ないって言ったよね。でも、それは違う……。今の奈々子さんには幸せになる権利なんてないっ!」

 

 その一言に場の空気は凍りついていく。

 でも、それが私の本音だった。

 奈々子さんが幸せでいる現実を認めたくないの。

 

「わ、私は……私は……――」

 

 彼女は瞳に涙を浮かべて困惑している。

 大好きなお姉ちゃんだったからこそ、私の怒りも本物だった。

 

「私は奈々子さんの幸せを認めない。私や和輝さん、兄さんや麻尋ちゃん、皆の想いを踏みにじり、利用して、苦しめ続けた貴方が幸せになんて――」

 

「亜美ママっ!こわい顔しちゃいやなのっ!」

 

 私にしがみついてきたのは小さな手。

 麻尋ちゃんは私の手を必死に掴みながら言うんだ。

 

「おこらないで、亜美ママっ。ママがないてるよ?ダメ、やめてっ」

 

「麻尋ちゃん……」

 

「やさしい亜美ママにもどってよ。こんなのいやなの、いやだよ……。ママをいじめたりしないで?いつもの亜美ママはそんなにおこらないのに」

 

 潤んだ彼女の瞳に私は心を掴まれた痛みを覚えた。

 そうなんだ、この子にとっての本当の母親は私じゃない。

 

 ――麻尋ちゃんは奈々子さんの子供なんだ。

  

 私の中で大事にし続けてきた何かが壊れる。

 

「……違う、私は違う。私じゃないんだ」

 

 私は麻尋ちゃんの手を振りはらう。

 驚いた彼女はその手を押さえてこちらを向く。

 

「……亜美ママ?」

 

「だから、違うって言ってるじゃない。私は麻尋ちゃんのママじゃない。貴方のママなんかじゃない、麻尋ちゃんの家族でもない。そうよ、分かってる。当然の事実だもの」

 

 先ほどの麻尋ちゃんを見て思い知らされた現実がある。

 私は本当の家族にはなれないんだって。

 和輝さん達の中に私は入れない、その絶望感が私に愛を失わせた。

 どんなに家族の真似ごとをしても。

 どんなに母親のように接していても。

 私は麻尋ちゃんの母親になることはできない。

 子供を生んだ事もない私は愛情を“与えるフリ”をしていただけなんだ。

 いくら可愛い子供と仲良くしても、そこに本物の家族の絆はない。

 血縁関係、親子としての目に見えない絆の前には私の“家族ごっこ”は無意味なんだ。

 いつだったか、美代子が私に言ってた言葉を思い出す。

 

『子供。4歳だっけ?子供がいるって、1番大変なパターンじゃない。いい?常識的にも子連れの男なんて絶対にやめた方がいい。子育てもしたことがない亜美さんができることじゃない。今はただのお世話でも、育てるのはまた違うもの』

 

 あの時の私はそれを愛情があるから大丈夫だと否定していた。

 それが間違いだったのかもしれない。

 

「……私は麻尋ちゃんのお世話をしてただけ。母親として育てていたわけじゃない」

 

 私がしてきた事は所詮、家族ごっこ。

 家族の真似ごとは楽しくても、本物には到底なりえない。

 

「やだよ、亜美ママっは私のママだよ。私のママでいてよっ」

 

「麻尋ちゃん。もう一度言うよ。私は貴方のママじゃない。麻尋ちゃんのママにはなれないの。私はね、亜美おねーちゃんなのよ。いつまで経っても、きっとそのままなんだ」

 

 私は身体を震わせて麻尋ちゃんにある言葉を告げようとする。

 

「亜美ママ……ひっく、うぅっ……」

 

 涙ぐんだ小さな彼女に言うべきことではない言葉。

 

「亜美ちゃんっ!それ以上は麻尋には言わないでくれ」

 

 だが、ギリギリのところでそれを和輝さんは止めた。

 

「和輝さんも悪いんですよ。私のこと、知ろうとしてくれませんから。奈々子の事は俺がよく知ってる、そう前に言いましたよね?数年間、結婚生活してきて当然の事なんでしょう。でも、それなら私の事は……?」

 

「それは……」

 

「いつも口癖のように和輝さんは私に言いました。『亜美ちゃんの優しさに甘えてる』って。私には優しさしかないと本気で思っていたんですか?」

 

 嫌われたくない、好かれたい人だからこそ私は自分の一面しか見せてこなかった。

 それで幸せだったから見せる必要もなかったもの。

 だけど、違うんだ。

 

「和輝さんは私を理解してくれようとしてない。私の事、大切だって思ってくれても、本当に心のうちまで知ろうとしてくれなかった。それって愛だっていえるんですか?」

 

 いつだって私は和輝さんのいい妹なんだ。

 

「私はずっと不安でした。妹としての立場から抜け出せていないんじゃないのかって。和輝さんが私の事を恋人扱いして、愛してくれることを望んでいたのに。本当に大事な時には触れてくれない。そんなの、辛いだけですよ」

 

 私達は恋人じゃなかったのかな……?

 初めての恋をして、幸せだと感じ続けた日々は幻想でしかなかったの?

 いつも笑顔で楽しかった日常に意味はなかったの?

 

「――嫌い、皆が大嫌い。奈々子さんも和輝さんも嫌いです」

 

 言えなかった嫌いと言う言葉が感情の氾濫に押し負けて出てしまう。

 私は瞳の端に溜まる涙を拭いながら、振り向くことなくその場から歩きだす。

 

「待ってくれ、亜美ちゃん」

 

 私を掴んで止める和輝さん。

 大好きな人、初恋の相手、私のすべてを捧げてもいい男の人。

 なのに、今はその顔を見るのすら辛いの。

 

「さよなら、和輝さん。私は和輝さんと麻尋ちゃんの家族にはなれませんから。家族ごっこはここまでです」

 

「亜美ちゃん。キミの言う通りだ、俺はずっと亜美ちゃんの事を理解してあげられなかった。傷つけてきた事は謝る。だから、考え直して欲しい。すまない、この通りだ……」

 

「お願いだから、今は放っておいてくださいっ――」

 

 私は和輝さんにそう叫ぶと逃げだすようにその場から去る。

 積み上げてきた愛情が瓦解する。

 崩れていく想いを止めることはできなくて。

 一部だけが壊れてしまったら、最後まで崩れるしかないの。

 “寂しさ”と“辛さ”と“悲しさ”と“愛しさ”。

 そして、何よりも“悔しさ”が私には受けとめられないくらいにキツイの。

 負けた気がしたんだ、本物の家族の絆を目の当たりにしたこと。

 私がしてきたことを全否定されたような衝撃を受けた。

 だから、私は……自らの手で全否定された自分の想いを壊した。

 様々な感情がうねりのように私を支配する。

 

「私が悪いの?こんな風に思ってしまう、私が……」

 

 溢れていく想いと同じくらいに涙が瞳からこぼれ落ちる。

 夜の暗闇が空を覆う中で私はひとりで泣き続けていた。

 

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