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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
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第29章:嫌いと言えなくて

【SIDE:志水亜美】


 旅行から帰ってきた後は、ごく普通に毎日が過ぎていく。

 和輝さんは私を愛してくれて、麻尋ちゃんは可愛くて。

 そんな楽しい毎日も、私の夏休みが終わる9月後半には同棲生活も一時お終い。

 また忙しい大学生活を送っていた。

 大学の講義を終え、昼食を食べていた私に友人たちは興味ありそうに、

 

「ねぇ、亜美さんって結婚するの?」

 

「は、はい?」

 

「いきなりでごめんね。だって、美代子が亜美さんが恋人と同棲してるっていうから」

 

 私はのんびりと飲み物を飲む美代子に目を向ける。

 

「ん?え、違うの?前にそんな話をしてたよね?」

 

「同棲生活はちょっと休憩。しばらくはまた普通の生活です」

 

「夏休み限定だったんだ?また押しかけ妻状態って面倒じゃない。さっさと結婚しちゃえばいいのにねぇ。そうすれば、問題はすべて解決じゃない」

 

 結婚という2文字はそんなに軽いものじゃない。

 ……だって、離婚なんて絶対に嫌だもの。

 しかも相手が離婚経験ありだと余計に躊躇してしまう。

 私が、じゃなくて、和輝さんの気持ちを考えたら……。

 

「おや、その反応はまた何か進展ありげ?」

 

「進展というのか、いろいろとあって……」

 

 私は美代子達に適当に夏休み中の事を話す。

 思えば、同棲し始めて、奈々子さんと再会した頃からおかしくなりはじめた。

 私は和輝さんと麻尋ちゃんの傍にいるだけ幸せだった。

 その幸せを、複雑な感情を抱かせたのはあの再会からだ。

 

「うわぁ、修羅場だねぇ。何よ、それ?えっと、亜美さんのお兄さんと元妻さんが元恋人同士で、それで恋人が……あぁ~っ、ややこしいなぁ。とりあえず、今は向こうもくっつき、こちらもくっつきで問題はないんでしょう?」

 

「そうよ。過去はどうでもいいの」

 

「どうでもいいと言うか、ただ亜美さんは見たくないだけでしょ?綺麗だった思い出を汚されているみたいでさ。そういうの、何となく分かるわ」

 

「どうなのかな。私は子供だった、それだけとも言えるけど……」

 

 私は子供だった。

 その言葉の通り、私は幼い頃から3人の関係を真正面からしか見ていなくて、その側面にどんな影があったのか気づきもしなかった。

 物事において、視点を変えると言う事はとても重要な事だ。

 いろんな側面があるからこそ、面白いともいえる。

 だけど、見たくない現実も当然存在するんだ。

 私にとって、奈々子さん達の関係はそれにあたる。

 思い出を美化したりしたいわけじゃない。

 私はその過去の思い出を汚したくないだけなの。

 

「……で、その元妻のお姉さんとは?」

 

「あれ以来、会っていない。会いたくない」

 

「夏休みに入る前は会いたいって言わなかった?」

 

「時と状況が変われば気持ちも変わるってことなの。実際にあって、見方が変わった」

 

 奈々子さんだけが悪いとは言えない気持ちもある。

 誰だって自分の気持ちのままに、人生を歩みたいもの。

 兄さんとの関係がダメになって、和輝さんと結婚して、そして、再び兄さんとの想いを繋げて、今があるのだということも分かってる。

 私が彼女の事を感情で理解してあげられないだけ。

 私は空になったお弁当箱を片付ける。

 そっと、美代子が私に缶の紅茶を手渡してくれた。

 

「亜美さんの気持ちも分かるよ。でもね、相手の事を理解しようとしてあげることも必要なんじゃないの?それが二人の間にあるわだかまりだとしても……」

 

「理解しようとすること?」

 

「そう。ゆっくり、じっくりと話してみなよ、お互いの本音を言い合うっていうか、元々仲がいい相手なんだから分かりあえない事なんてない」

 

「逆を言えば……分かりあう必要もない」

 

 私は奈々子さんと何を話せばいいわけ?

 和輝さんを裏切り、麻尋ちゃんを捨て、自分の思いのままに兄さんと再び交際を始めた奈々子さんに対して何を言えばいいと言うの?

 

「……亜美さんは一体、どうしたいの?彼女に何を望むの?」

 

「私が望むこと……?」

 

「そうよ。言い方は悪いけど、お姉さんが離婚したから亜美さんは大好きな人と恋人になれた。諦めていた想いに可能性が生まれたんじゃない。亜美さんが欲しいのは自分を納得させる“言葉”でしょう?」

 

 美代子がはっきりと告げた、言葉という意味は私の本心でもある。

 私は納得できない、言いたくても言えない事が、聞きたくても聞けない事がある。

 

「いい?他人の人生にケチつけたり、文句言うのは簡単だけど、そんな権利は誰にもないってのは忘れちゃダメよ?自分の価値観、そんなもので他人の人生を否定する事なんてただの我が侭だもの。その人がいいと思って歩んでる人生なんだから」

 

 私は我がままなのかな。

 全てが幸せのままでいて欲しかったと願う私の心。

 自分の今の幸せと、過去の憧れていた幸せが私を苦しめている。

 

 

 

 

 それは麻尋ちゃんを保育園まで迎えにいこうとしていた最中の事だった。

 保育園の前に麻尋ちゃんは既に出ていたんだ。

 

「え?和輝さんが迎えにきてたの?私の方が早いって思ってたのに」

 

 そう思うけど、隣にいた人影に私はドキッとさせられた。

 

「ママ、ひさしぶり~っ」

 

「そうね。元気にしてたの、麻尋」

 

「うんっ。私は元気だよー」

 

 麻尋ちゃんを抱き上げていたのは、奈々子さんだったんだ。

 優しく自分の子を抱く彼女。

 

「ったく、お前はいつも急だな。連絡は事前にしてくれ……」

 

 そして、その隣には和輝さんもいる。

 今日はお仕事が早めだからここで待ち合わせをしていたの。

 それなのに、どうして奈々子さんと一緒にいるの?

 

「あら、ごめんなさい。いいじゃない、こう見えて、覚悟決めるのに時間がかかったの。気持ちだけ決めて、肝心な連絡をし忘れてたのは失態だったけど」

 

「それじゃ意味がないっての。ホントに変わらないな、奈々子は昔からそうだ」

 

 彼女に呆れる物言いをする和輝さん。

 

「ひどいわねぇ。ふふっ、別にいいでしょ。麻尋、少し大きくなったかな。前よりも可愛くなったわ。和輝じゃなく、私に似てる子だものね。これからもっと可愛くなるわよ。私も子供の頃は超可愛いって近所で評判だったんだもの」

 

「ホント?私って可愛いくなるの?」

 

「当然よ。めっちゃ可愛くなるに決まってるわ」

 

「おい、こら。待て。奈々子、お前が自意識過剰なナルシストなのはいいが、それを麻尋に変な方向で教えるのはやめてくれ。変な事を覚えたらどうしてくれる」

 

 家族として、触れあう3人の姿がそこにはある。

 たとえ、離婚していたとしても……。

 私が入りこむ事なんてできない、それは私にとって昔を思い出させる。

 兄さん達、幼馴染の3人の関係はいつも私にとって憧れだった。

 どんなに親しくても、私は彼らの妹的存在で、対等の存在ではなくて。

 あくまでも3人の幼馴染、4人の幼馴染の関係じゃない。

 その疎外感にも似た寂しさ、今の私は同じ気持ちを切実に感じさせられていた。

 私はギュッと唇を噛みしめてその場から逃げだしたくなる。

 

「……やめて、やめてよ」

 

 そんな光景、見たくなかった。

 私は家族じゃない、麻尋ちゃんは私の子供じゃない。

 奈々子さんが私の居場所を奪うの、当たり前のようにそこに入り込むの。

 そんなことされると、私の居場所がどこにもない。

 私は本当の家族じゃないもの、家族の代わりでしかないもの。

 

「亜美ちゃん……?よかった、来てくれた。実は奈々子が話したい事があるって」

 

「亜美。この間はごめんなさい。よく考えて、話をすべきだと思ったの。私、今まで亜美をだまし続けてきたから。その事を謝りたくて、いろいろと私も悩み考えたわ。どうする事が1番いいのかって」

 

 彼女達は私に気づいてこちらに近づいてくる。

 苦しい、胸が苦しいよ、嫌だ、こんなの嫌なの……。

 

「――和輝さん、私の事を愛してくれるって言ったくせに」

 

「え?亜美ちゃん?」

 

「私、今ので気づかされました。私はどんなに頑張っても、本当の意味で和輝さんや麻尋ちゃんの家族にはなれていないんだって。ダメなんですよね、私じゃ……。私は本物の家族じゃない。いつだって、私は……」

 

 そこで初めて私の様子がおかしい事に気づいたらしい。

 すぐに和輝さんは私に言葉をかけてくれる。

 

「どうしたんだい、亜美ちゃん。家族って?俺は亜美ちゃんのことを……」

 

「奈々子さん、私は奈々子さんに話なんてありません。もう聞きたくない。どうして、どうして、私の邪魔をするの?奈々子さんが私の前に再び現れなければ、すべてうまくいってたのにっ!奈々子さんさえいなければ――」

 

 言ってはいけない一言が口から出てしまう。

 抑え込んできたもの、我慢し続けた感情が溢れ出していく。

 

「あ、亜美?勘違いよ、私は別に和輝とやり直すとかそんなんじゃないの。ただ、貴方とお話したくてここにきただけで。変な誤解をしないで?」

 

「勘違い?そんなことはしてないっ。だけど、私にとっては不愉快でしかないの。私の居場所をとらないでよ。お姉ちゃんのくせに、私の事、妹だって、大事に思ってくれたって言うなら、私をこれ以上苦しめないでっ!!」

 

 私にとってもはや奈々子さんの存在そのものが悪だ。

 私の居場所を平然と奪い、私から和輝さんや麻尋ちゃんとの関係まで壊した。

 そんな彼女を私は許す事なんてできなくて。

 だけど、嫌いと言う言葉だけは言えなくて。

 私は彼女に想いを叫ぶしかできない。

 

「私は奈々子さんと再会しなければずっと幸せでいられたの。貴方が全部壊したんだよ。お願い、これ以上、邪魔しないで。私から何もかも奪わないでよっ!」

 

 夕暮れに響く私の声は奈々子さんの顔を強張らせていた――。

 

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