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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
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第28章:大好きな家族《後編》

【SIDE:志水亜美】


 お食事を終えてから私はもう一度温泉につかっていた。

 麻尋ちゃんは、はしゃぎ疲れてしまったのか和輝さんが寝かしつけている。

 無邪気な彼女はホントに見ているだけで楽しい。

 私は温泉からあがると部屋にあがる。

 そこにはぐっすりと眠る麻尋ちゃんがいた。

 その横で何だか疲れた様子の和輝さんも……どうしたのかしら?

 

「どうかしたんですか、和輝さん?」

 

「……子供の無邪気さの恐ろしさを知ったところさ」

 

 彼は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。

 疲れた様子には理由があるらしく、どうやら一騒動があったみたい。

 眠るまで麻尋ちゃんと何かあったのかな。

 

「我がままを言わないのがうちの娘だと思っていたんだが」

 

「最近、ものすごく元気ですよね。麻尋ちゃん」

 

「あぁ。寝かしつけるのに苦労したのは何ヶ月ぶりかな。……亜美ちゃんがいてくれて、あの子もようやく落ち着いてきたのかもしれない」

 

 彼はそっと麻尋ちゃんの頬を撫でて言う。

 寝息をたてる彼女は起きる気配すらない。

 

「……奈々子と別れてからこの子なりに雰囲気を読んで大人しくしていたのかもな。今にして思えば、だけど。子供だから分からないと思ってたが、ちゃんと分かっていたんだ。奈々子にはもう会えないってさ」

 

 子供が母親を望むは当然のこと。

 それもまだ3、4歳の子供なら理解しろと言う方が難しい。

 それなのに、麻尋ちゃんは和輝さんを困らせたりしなかったそうだ。

 普通なら母親に会いたいと、言うべきところもそんな我が侭を言わない。

 

「この子にとって奈々子の存在は大切なものだったはずなんだ」

 

「お母さんですもの。大人の事情を分かってくれなんて言えません」

 

「その寂しさを麻尋は亜美ちゃんのおかげでずいぶんと救ってくれている。亜美ちゃんのことをママって言うだろう。あれは彼女は亜美を母親だと認めている証だ。だから、寂しさを抱かなくなってきて、我が侭を言うようになってきたんだよ」

 

 我が侭を言ってくれることが和輝さんには嬉しいみたい。

 

「そうなんですか」

 

 私もそう言ってもらえると嬉しく思える。

 

「亜美ちゃんがこの子の母親代わりをしてくれて嬉しい」

 

「だって、麻尋ちゃんは可愛らしいですから。それに誰かに甘えたい年頃なんですよ。私が彼女にとっての甘えられる存在になれたら、それだけで嬉しいんです」

 

 麻尋ちゃんに何かを与える事は、私も彼女から与えてもらう事も多い。

 

「亜美ちゃん……」

 

 彼は私の肩をそっと抱いてくる。

 私も何も抵抗せずにその抱擁を受け入れた。

 窓辺から見える温泉街の夜景を見つめて言う。

 

「……私からも質問してもいいですか?」

 

「いいよ。俺に答えられることなら」

 

「和輝さんにとって私は必要な存在ですか?」

 

 前にも聞いたけど、改めて答えを聞かせてほしい。

 私が和輝さんに必要とされているか。

 その事が不安に思えているの。

 奈々子さんの事とかこの頃はいろいろとありすぎたから。

 

「……ダメだな、俺は。亜美ちゃんに不安ばかり抱かせちゃってる。ごめんね、亜美ちゃん。俺がしっかりしていないから不安にさせちゃって。必要だよ、今の俺には誰よりも亜美ちゃんが必要なんだ」

 

「本当ですか?」

 

「あぁ。亜美ちゃんと再会して今のような関係になれていなかったら、きっと俺はダメになっていた。麻尋だってずっと苦しい思いをさせていた。俺もそうだ、キミがいてくれるから自分でいられる気がする」

 

 彼が私に優しく言葉にしてくれる。

 

「亜美ちゃんは優しい子だよ、昔から変わらない。その優しさは俺に力をくれている。俺は亜美ちゃんが好きだ。恋人として大事にしていきたいとちゃんと考えている」

 

「奈々子さんが言ってたんです。和輝さんは人を愛することが苦手なんだって」

 

 兄さんも似たような事を言っていた気がする。

 私は信じていなかったけど、そうなのかな。

 

「……昔は、その、興味すらなかったんだ。恋愛と言う事があまりね。奈々子と付き合う以前からそうだった。だから、奈々子が亮太と別れて俺と付き合いだしたのはその辺が事情がある。けれど、俺も麻尋が生まれたりして愛って言うのを深く考えるようになったんだ」

 

「今の私の私を愛してくれる気持ちは本物ですか?」

 

「亜美ちゃん、最初に言ってくれたじゃないか。愛って何かを教えてくれたのはキミだ。不安にさせてしまうこともある。その辺はこれから努力していくよ。だから、これから先もずっと傍にいて欲しい」

 

 和輝さんが愛を考えてくれてるようになった。

 それは当初、彼が愛が分からなくなったと言っていたことだ。

 

「亜美ちゃんが俺に教えてくれた。愛って何なのか。俺は、奈々子との結婚を決して軽く考えていたわけじゃない。俺なりに精一杯してきたつもりだった。だけど、埋められなかった物があったんだろう。お互いにね」

 

「それは奈々子さんが兄さんを好きだったという話のせいですか?」

 

「あれだけじゃないよ。結婚して色々とあった。麻尋の存在、愛する意味。考えてもあの時はそれが正しいことだと思っていた。今は違う、あれはきっと愛じゃなかった。本当に人を愛するという事を亜美ちゃんと接していて気づけた」

 

 私にとっての和輝さんはずっと優しいお兄ちゃんだった。

 だからこそ、彼の傍にいて何とか支えてあげたかった。

 初めはそれだけの気持ちで接していたの。

 それでも、麻尋ちゃんのお世話をしていくうちに彼女に対しても、母親のような愛情を抱くようになってきた。

 この子の家族になりたいと本気で思えるように。

 

「……和輝さんに必要とされる事が1番嬉しいことなんですよ」

 

 誰よりも傍にいて欲しい。

 その言葉だけで私は満たされる。

 

「もうすぐ夏が終わっちゃいますよね。そうしたら、しばらくはまたちょっと前みたいな生活に戻ってしてしまいます」

 

 今のような同棲生活を送れるのは私の大学の夏休みの間だけ。

 それが終われば再び、大学の放課後、彼の家に行き、自宅へ帰るという生活に戻る。

 その辺の事は両親を説得した時の約束事で変えられない。

 

「ねぇ、和輝さん。私のこと、大事だと思ってくれるのなら私のお願いを聞いてくれますか?別に無理な話じゃありません」

 

 私は彼の抱きしめてくれる手に触れた。

 

「貴方の事を感じさせて欲しい……。あっ、別に変な意味じゃなくて、私が必要とされている事を態度で示して欲しいんです。私、不安がりですから。もう私を不安にさせないって気持ちを伝えて欲しいんです」

 

 子供の頃のように彼に甘えてみたいと言う気持ち。

 私は特別な時間だからこそ、普段は言えない事をお願いする。

 せっかくの旅行だもの、何か思い出が欲しかったの。

 

「亜美ちゃんはもっと自分の気持ちを俺にぶつけて欲しいな。亜美ちゃんが優しいのは知ってるけど、我慢は俺もさせたくないんだ」


「はい……」

 

 恋人同士のキスをして私は笑みを浮かべる。

 幸せな家族に私達はなれるのかな。

 この時の私は漠然としつつも、未来に対して明るい希望を抱いていた。

 それなのに―――。

 

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