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初恋のカケラ  作者: 南条仁
初恋のカケラ
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第27章:大好きな家族《前編》

【SIDE:志水亜美】


 それは真夏の下旬に入り始めた頃。

 お盆の間は実家に帰っていた私もすぐに和輝さん達の家に戻る。

 再び3人での暮らしを楽しんでいた私にある日、和輝さんがこう切り出した。

 

「亜美ちゃん、旅行に行かないか?」

 

「旅行、ですか?」

 

「麻尋と3人で。ゆっくり旅行とかしたいなぁって。俺って旅行好きなの、知ってるだろう?たまには温泉とか行きたいな」

 

 大学時代はよく亮太兄さんと変な場所へ旅行していた和輝さん。

 趣味が旅行というくらいだもの、別に誘われてもおかしくない。

 社会人になってからは忙しくてあまりいけていないって言っていた。

 

「私はいいんですけど、お仕事の方は?」

 

「有給使って行こうかって。ちょっと前まで立て込んでいて有給も使えなかったからさ。プロジェクトともひと段落したから、どうかな?」

 

「はいっ、私は和輝さんと一緒に旅行に行きたいですよ」

 

 麻尋ちゃんと旅行になんて行くのは初めてだ。

 

「麻尋にとっては初めての旅行になるな」

 

「そうなんですか?それで、いつ頃にします?」

 

「ホテルとかの予約とかは俺がするよ。日にちはそうだな。2週間後くらいでいい?」

 

「分かりました。準備をしておかなくちゃ……」

 

 麻尋ちゃんと和輝さんの3人で行く旅行なんてものすごく楽しみ。

 しかも温泉旅行……私にとっては5年ぶりだ。

 まだ私が何も知らなかった14歳の冬以来。

 あの頃から5年の月日が私達の関係を大きく変えすぎた。

 私は和輝さんと交際したり、奈々子さんの事を嫌いになったり、世の中って本当に分からないものだよね。

 問題はいくつもあって、それを解決する糸口が見つからない。

 皆が幸せにはいられないようにこの世界はできているのかな。

 私はそんな事さえ考えてしまう。

 

「ん?どうかした、亜美ちゃん?」

 

「何でもありません。和輝さんって温泉好きなんですよね?私、温泉ってよく知らないんですけど、どういうタイプとかってあるんですか?」

 

「あぁ、湯質によって違ったり、色々とあるんだ。まずは……」

 

 彼の説明を聞きながら私は嫌な事を忘れることにする。

 何も思い出さなければ私達は幸せでいられる。

 過去なんてどうでもいい、今が幸せならそれでいい。

 私はそう決めたはずなのに、未だにその過去に縛り付けられている――。

 

 

 

「うわぁっ、亜美ママ。みて、みて!なんかへんなのっ!」

 

「ホントだね?和輝さん、アレは何ですか?」

 

 2週間後、やってきた温泉地のど真ん中に大きな池のようなものがある。

 温泉独特の匂いが辺りにはする。

 湯気のあがるその池を見ながら麻尋ちゃんは指をさしていた。

 

「あれは名物の湯畑だよ。ここは雰囲気のあるいい温泉なんだ」

 

 私達が来たのは都会から少し離れた草津温泉。

 和輝さんが有給を取ってお仕事を休んでくれたので

 

「このへんなにおいは何なの、パパ?」

 

「これは硫黄の匂いだよ。硫黄って言うのは温泉の匂いなんだ」

 

「そーなんだ?」

 

 麻尋ちゃんは初めての温泉にはしゃぐ。

 とはいえ、私も温泉地なんて数えるくらいしか来ていない。

 

「……何だか卵が腐ったような匂いします」

 

「うっ、亜美ちゃん、それを言っちゃ雰囲気がなくなるから。硫黄の匂いは特徴的だけどすぐに慣れるよ。さぁて、まずは予約している温泉旅館へ行こうか」

 

 私達は雰囲気のある古い旅館へとやってきた。

 通してもらったのは和室のお部屋。

 広めのお部屋に荷物を置く。

 

「お食事は夕方の6時からだそうです。それまで温泉に入りに行きませんか?」

 

「やっぱり、温泉っていいよなぁ。すぐに行こう」

 

「おんせん、おんせんっ♪」

 

 和輝さんも何だか麻尋ちゃんと同じように楽しそうだ。

 ここ最近、急がしくて彼も疲れ気味だったはず。

 こうして落ち着いた時間をとるのは必要な事だと思う。

 旅館に備え付けられた温泉もあるみたいだけど、まずは温泉街の方の温泉に行く。

 

「麻尋ちゃんは温泉って初めてだよね?」

 

「はじめてなのっ!おおきなおふろでしょ?」

 

「そうだよ。とっても大きなお風呂なの」

 

 和輝さんと入口で別れた私は麻尋ちゃんを連れて温泉へと入る。

 湯気に包まれた温泉、とてもいい香りがする。

 

「熱いお湯だからゆっくりと入ろう。麻尋ちゃん」

 

「うわぁ、すっごくおっきいの!」

 

 初めてみる温泉に麻尋ちゃんはお湯に身体をつける。

 

「どう、気持ちいい?」

 

「うんっ。なんかね、ぽかぽかするっ」

 

「温泉は普通のお風呂と違うんだよ」

 

 それにしても広い浴槽って子供の時は泳ぎたくなる衝動がある。

 まぁ、それほど泳ぎが得意じゃない私は大人しくしていたけどね。

 麻尋ちゃんはどうなんだろう?

 そういえば、和輝さんが麻尋ちゃんは泳いだりしたことがないって言っていた。

 

「……んにゃー」

 

 彼女は心地よさそうに温泉につかっている。

 私はそんな彼女を見つめながらのんびりとリラックスする。

 最近、大変なことが多すぎて私も辛かったから。

 

「ねぇ、亜美ママ?おんせんってどーして、こんな変な匂いがするの?」

 

「温泉は、いろんな成分、って言っても分からないか。えっと、身体を元気にしてくれるいいものが入っているんだよ」

 

 多分、この説明で分かってくれると思う。

 

「そーなんだ?亜美ママも“げんき”になった?」

  

「え?元気って……私が?」

 

「だって、亜美ママ、げんきないんだもんっ。いつもくるしそーな顔をしてる」

 

 麻尋ちゃんに心配させてしまっていたらしい。

 奈々子さんの件でここ最近の私が沈んでいたせいかな。

 

「そうかな?そんなに私って元気なかった?」

 

「うん、むーって顔をしてたよ」

 

「そっかぁ。麻尋ちゃんに心配かけちゃったね。もう大丈夫だよ、温泉で元気になったし、麻尋ちゃんが元気を私にくれるからもう大丈夫だよ。元気、元気っ」

 

 笑顔の麻尋ちゃんこそ、今の私にはかなりの救いになっている。

 彼女がいてくれること、それが私の支えになっている。

 

「げんき?亜美ママがわらってくれるとうれしいなぁ」

 

「笑う、か……。麻尋ちゃんがいてくれるから笑顔になれるんだ」

 

 私はぎゅっとお湯の中で麻尋ちゃんの手を握る。

 小さな手の温もりが私に勇気と力を与えてくれている。

 いつまでも俯いてばかりじゃいけない。

 

「ありがとう、麻尋ちゃん。おかげで元気が出たよ」

 

 私が笑顔を見せると彼女もつられて笑顔を見せてくれる、ホントに可愛い子だなぁ。

 しばらくお湯につかってると麻尋ちゃんはそろそろ限界らしい。

 

「麻尋ちゃん、もう出ようか?」

 

「あいっ」

 

 私はそっと彼女の手を引いてお風呂を出る。

 温泉って長時間入っていると逆に疲れちゃうし。

 ある程度の時間でお風呂を出ないといけない。

 お風呂上がりの麻尋ちゃんの髪をいつものように拭いてあげる。

 

「あら、麻尋ちゃん。ずいぶんと髪が伸びてきてる。そろそろ髪の毛、切ろうか?」

 

「いやー。亜美ママみたいにもっとのばしたい~っ」

 

「え?そう?麻尋ちゃんがそう言うならそうするけど」

 

 長い髪になればなるほど、お手入れが大変になる。

 私が小さい頃は確かお母さんが髪の毛を切ってくれてたっけ。

 そして、そんな私の髪を結ってくれたりしたのは奈々子さんだ。

 子供の頃の私の記憶、奈々子さんが私に言うんだ。

 

『亜美は本当にお人形みたいに可愛いわね』

 

『ねぇ、奈々子お姉ちゃん、私もこの子みたいな髪の毛にできる?』

 

 私は奈々子さんに遊んでいた人形を見せた。

 当時はお姫様のような髪型に憧れていたから。

 

『うーん、ちょっと難しいけどできるわよ。お姉ちゃんに任せなさい』

 

『ホントっ!?可愛くしてねっ』

 

『おいおい、奈々子なんかに髪形いじらせたらひどい目にあうぞ』

 

『外野はうるさいから黙ってなさい。亮太の髪もいじってあげようかしら?』

 

 そう言うと傍にいた亮太兄さんは「それは勘弁」と逃げ出す。

 そのあと、思考錯誤しつつも奈々子さんは私の髪を可愛らしく仕上げてくれたの。

 あの時、本当にお姫様みたいで嬉しかったのを覚えている。

 思い返せば思い返すほど、私の思い出の中には彼女がいる。

 

「……麻尋ちゃん、今度、髪型を少しだけ変えてあげよっか?」

 

「それってかわいい?」

 

「きっと麻尋ちゃんには良く似合うと思うよ。今も可愛いけど、もっと可愛くなれる」

 

「えへへっ。楽しみ~っ」

 

 奈々子さんが私にしてくれたような事を麻尋ちゃんにしてあげたい。

 やっぱり、私は奈々子さんを嫌いになんてなれないよ。

 どんなに考えても、どんなに悩んでも……。

 奈々子さんと亮太兄さん、和輝さんの本当の関係を知りたくないのは今も変わらない。

 だけど、彼女本人を嫌いになることはしたくない。

 だって、大好きなお姉ちゃんには変わりないのだから――。

 

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