第26章:線香花火の記憶
【SIDE:志水亜美】
久しぶりに帰った実家で、ただいま兄さんといい争い中。
もう12年も前になる彼らが中2の時の話が争点だ。
「奈々子さんの方からフッたってどういうことよ?」
「そのまんまの意味だよ。中2の時、僕と奈々子は付き合う事になった。まぁ、つきあうきっかけは細かくなるから割愛。何か奈々子の方は昔から僕の事が好きだったらしくて、うまい具合に交際できたわけよ」
「それ、どこからどこまでが捏造話?」
「……全部、真実だ!亜美、そこまで僕が奈々子に好かれる事実を信じられないか?」
私は「うん」と大きく頷くと彼は露骨なへこみ方を見せる。
何か今日はこの人、やけに動揺しているなぁ。
普段の彼はそれほど、私の言葉に傷つかないくせに。
それが何だか不思議に思えたの。
「ま、まぁいいや。それが本題じゃないから。それで、付き合い始めて半年くらい経った頃、いきなり奈々子から別れを切り出された。正直、僕もその頃は奈々子に本気だったから失恋したってショックだったぜ。そんでもって次の日にいきなり、奈々子が和輝と付き合いだしたって言って……むぐっ!?」
私はハンカチで彼の口を慌ててふさぐ。
あーっ、あーっ、聞こえない、私は何も聞いてない。
ふたりがそのタイミングで交際したなんて事実を私は知りたくない。
「それ以上、余計な事は言わないで。その話は聞きたくないの」
「ぷはっ、何しやがる。話せって言っておいてそりゃねぇよ。意味分かんないし」
「私が知りたいのは兄さんの方に原因があるってことだけ。兄さんは女の子絡みだと鬼畜で最低で、どうしようもない人だもの。奈々子さんを苦しめた理由もそこにあるんでしょ」
「そこまで全否定するなよ。僕だって男としての責任は考えてるんだぞ」
彼の交際の経験人数を聞いたらその台詞が嘘臭く感じるのは当然だ。
そんな兄さんだからこそ私は奈々子さんとの交際がとてもショックなんだもの。
「……もういい。これ以上、話したくない」
「はぁ、お前も変だ。何がふたりにあったんだ?僕はそれすら分からず、非常に困っているんだが?和輝に直接、その辺の事情は聞くとして。奈々子に何かメッセージとかないか?それも一応、聞いておきたくてな」
「何もないわ。以上よ」
今の私は奈々子さんと話をする気持ちは一切ない。
何か話をすればきっと彼女を責めてしまう。
考えれば考えるほど、私は酷い言葉を行ってしまうに違いない。
だから、彼らの過去を知りたくないし、話もしない。
「頼むから一言くらいくれよ。ねつ造するぞ?」
「もし、変な事を言ったらお父さんに、大学時代に綺麗なお姉さんについて行って、ぼったくりバーにひっかかって借金してた事を言うからね?初めてお金を借りたあの情けない事件を……」
「や、やめてくれ。あれは、その……既に金は支払済みだし、遠い過去の話じゃないか。親父がああいうのに厳しいのはよく知ってるだろ!?」
「それなら変な事を言わないで。どうしてもと言うなら、奈々子さんにはこう伝えて。『今は何も話したくないし、会いたくないって』。OK?それでいいでしょ」
奈々子さんの事を私は嫌いになりたくないの。
だからこそ、今はお互いに時間をおきたいんだ。
私の言葉に兄さんは珍しく真剣な顔をする。
「状況は最悪だと言う事だけは分かった。お前ら、いつか仲直りできるのか?」
「さぁ?できるかもしれないし、できないかもしれない。私は奈々子さんをずっと憧れのお姉ちゃんとして好きでいたかったの……それをさせてくれなかった、だから嫌い」
でも、これまでの姉妹のような絆は否定したくなくて。
だから、私は今、こんなにも胸が苦しいの――。
亮太兄さんとの話を終えた私は麻尋ちゃんを迎えに保育園に行く。
すぐに彼女は私の方へと駆け寄ってきた。
仲良く麻尋ちゃんと手を繋ぎながら少し暑い夕暮れの道を歩く。
「あのね、亜美ママ。“ハナビ”ってしってる?」
「はなび?あぁ、花火ね。知ってるよ、それがどうかしたの?」
「うん、おともだちのみーちゃんがママとパパといっしょにしたんだって。赤くて、青くて、ぴかぴかって光るんだって」
そっか、花火かぁ……そーいえば、夏の季節は子供の頃、よく花火とかしたな。
和輝さんと奈々子さんや兄さんと一緒に仲良くしてた。
まだ小さな私に年上だった彼らは優しく教えてくれたっけ。
亮太兄さんが調子に乗って大量に火をつけたネズミ花火に追い回されたりしたのをふと思い出した。
「亜美ママ、花火ってたのしいの!?」
目を輝かせて尋ねてくる麻尋ちゃん。
相当、その子に楽しかったと聞かされたんだろう。
「とっても楽しいよ。それじゃ、帰りにスーパーで買っていこうか?」
「ホント!?やったーっ。花火だ、花火~っ。えへへっ」
ものすごく喜んでくれる麻尋ちゃん。
私は帰りのスーパーの買い物で子供用の花火セットを購入する。
自宅に帰って食事を終えた後、私はテレビをみていた和輝さんを誘う。
すると、近くの公園でしようと言う事になり、場所を移動する。
公園は激しくない花火程度なら許可されており、私達以外にも家族が遊んでいた。
水をバケツにくんできて、火の準備も完了。
「いいか、麻尋。花火っていうのはこの先っぽから火が噴き出すんだ。気をつけろ。まずは見本を見せてやるからな。俺の真似をしろ」
そう言って和輝さんは花火に火をつけた。
キラキラっと手元の花火が音を立てて輝きだす。
「きゃーっ、すっごくきれいなのっ!」
思わず叫ぶ麻尋ちゃん、赤く燃える花火に見とれている。
初めてみる花火が大層気に入った様子だ。
彼女の手元を私はしっかりと掴んであげて、危なくないようにする。
「いい?麻尋ちゃん、花火は人に向けちゃダメなの。気をつけないとね」
「あーいっ♪亜美ママもしようよっ!」
「そうね、それじゃ、これにしようかな?」
私は麻尋ちゃんの横で気を配りながら花火をする。
子供の頃以来の行動に何だか楽しくなる。
だから、嫌でも昔を思い出してしまうの。
私が麻尋ちゃんにしているように、私に花火を教えてくれた奈々子さんのことを。
しばらくして、花火もそろそろ本数がなくなりかけてきた。
「ねぇ、亜美ママ。これはなぁに?」
その花火セットについてたのは、最後にする定番の線香花火だった。
地味だけど、これをしないと花火が終わった気になれない代物。
「それは線香花火っていうの。小さな火がポってつくけど、危ないから足元に落とさないように気をつけてするのよ」
私は麻尋ちゃんと一緒に線香花火に火を点ける。
「にゃー。小さくてきれい~っ。パチパチっていってるよ!」
どうやら彼女は線香花火が気に言った様子だ。
「ふふっ、何だかこういうのも面白いですね」
私が和輝さんにそう語りかけると、彼は「そうだな」と短く答えた。
「どうしたんですか?」
「ん?いや、何か昔を思い出してさ。ほら、よく麻尋ぐらいの亜美ちゃんを交えてやったのを覚えている?亜美ちゃんは最初、火が怖くて泣いちゃったんだよ」
「も、もうっ。そう言う事は覚えてなくていいんですよ?」
私は軽く唇を尖らせて彼に言う。
恥ずかしくなるじゃない、そんな昔の事なんて覚えてないことが多い。
けれど、年の差が7つ違う和輝さんはちゃんと覚えているんだよね……。
幼少の頃の記憶は恥ずかしくて仕方がないの。
「……麻尋と同じように線香花火だけは最初から亜美ちゃんも好きだったんだ」
「そうなんですか。よく覚えてませんけど……んー」
私は何とか思い出そうとする。
私が4歳の時に初めて花火をした日の出来事。
『せんこー花火だぁっ!奈々子お姉ちゃん、このピカピカするのっていいね』
『あら、亜美はこれが気に入ったの?線香花火はより長く火がついてた方が勝ちなの。勝負しましょう』
『こら、奈々子。勝負的な事を教えてもまだ分からないだろう。いいかい、亜美ちゃん。線香花火っていうのは最後まで火が灯り続けたら願いごとが叶うものなんだよ。お願いごとを込めて、火を見守ってごらん』
……そうだ、和輝さんが私にそう言ってくれて私はあの時、願ったんだ。
「ずっと皆が仲良く一緒にいられますように……」
「え?亜美ちゃん?どうしたの?」
「思い出したんです、和輝さんが昔、線香花火の願い事の話をしてくれた事を」
そうだ、私は線香花火に願い事を込めていた。
物事にずっとなんてなくて、成長と共にすれ違う事もあるのに。
ただ純粋にそう願い、ずっと皆が一緒にいられる時間を信じてた。
「……麻尋ちゃん、線香花火にはね、お願いを叶えてくれる力があるんだよ?」
「そうなのっ!?」
「うん。だから願おう、その夢が叶うように……」
私はあの時の願いを叶えられずにいる。
奈々子さんとの関係を壊してしまったのは……私なのかもしれない。
時の流れで変わっていたのは周りじゃなくて、自分の方だった。
「自分が変わっていたことに気づけなかった。全然自覚なかったな、私」
人は願いを叶えて欲しいと願うけど、実際にその願いを叶えるのは自分の力が一番大きくて、どんな願いも、どんな想いも、自分の気持ち次第なんだ……。
夏の夜空の下で私たちは小さな火を灯して見つめ続ける。
些細な幸せを願いながら、その願いが叶う事を信じて――。