第24章:初恋のカケラ《後編》
【SIDE:高梨奈々子】
亮太と別れた翌日、私は屋上へと彼に連れていかれいた。
「どういうことだ、説明しろ。奈々子、お前は何を考えている?」
「……何も考えていないのかもね」
「ふざけるなよ、何で和輝と付き合いだした!?お前、僕への当てつけのつもりか?」
苛立ちを隠さない亮太。
長い付き合いでもこれだけ怒りを見せるのは初めてかもしれない。
その執着心、交際している時に見せて欲しかった。
私だけが貴方の特別だと思わせてほしかったのに。
「……そうよ。これで私の気持ちも少しは理解してくれた?」
「嫌と言うほど理解させられた。だけど、何で和輝と付き合う事なんて……」
「お互いに愛情がないのが分かってる。子供の恋愛ってそうじゃない?誰でもいいから傍にいて欲しいことがある。私は和輝を利用した、だから、こんな形で付き合う事にしたのよ。それがどうしたっていうの?」
私の方に軽い衝撃が走る、亮太の平手が私の頬をぶっていた。
「痛いわ、何をするのよ?」
私は痛む頬を押さえて、彼を見つめた。
「僕は確かに恋愛においては奈々子を苦しめていたかもしれない。ひどい奴と言われてもしかたない、自分本位な奴だ。けどさ、何で和輝まで巻き込むんだよっ。アイツを利用する……そんな事を許せるはずがないだろ」
亮太と和輝、性格は違えども二人は親友だ。
私とは違う感じで今まで付き合ってきている。
「亮太は私を軽蔑する?貴方が私を……?」
「僕が嫌いならそれでいい。だからと言って他の奴を巻き込む形はやめてくれ」
「どの口がそれを言うのかしら?そういう亮太だって、すぐに他の女の子を近づけてるじゃない?あと2、3日もすれば新しい恋人ができてるんでしょうね」
「僕は奈々子が好きだ、今でもその気持ちは変わっていない」
亮太は戸惑いを隠せないと言った感じだ。
最低なのは私だと言う自覚はある。
「……嫌いだなんて言ってないでしょう。私は亮太が好きよ。でも、貴方の性格が嫌いなの。和輝の方がきっと私とはうまく付き合える気がする。和輝は気配りできるし、優しいもの。お互いに別れた方がよかったのよ」
一晩経って、自分の中で気持ちの整理ができた。
私が亮太と別れた事は間違いなんかじゃなかったんだ、と。
「お互いにいい恋愛経験をしたと思えばいいじゃない。人生、恋に溢れているわ。初恋がすべてじゃない。そうでしょ?」
「……本気かよ。お前はそれでいいのか?」
「亮太、私は……弱い女なの。貴方は私の弱さに気づいてくれなかった。きっと亮太は私の事なんて本気で好きじゃない。好きだと思いこもうとしているだけなのよ。いい?私たちはもう恋人じゃない。幼馴染としていましょう」
私は亮太との交際の日々をいい思い出のままでおきたかった。
「僕はお前ほど割り切れる人間じゃない」
「私だってそう簡単に割り切れるわけないじゃない。けれど、そうすると自分で決めたからするのよ。亮太、いつまでも子供みたいな考えはやめてよね」
私の言葉に彼はただ俯いているだけだった。
私だってこんな結末を望んでいたわけじゃない。
嫌な事もたくさんあったけども、いい事の方が思い出として記憶に残しておきたかった。
亮太との決別、私の初恋は終わったんだ。
あれから数年が経ち、私と和輝の関係は思いのほか良好だった。
亮太を忘れるためにと付き合い始めたけど、相性がよかった事もあり、お互いにとって愛を感じあえる仲になっていた。
初恋の痛みを忘れて、心を切り替える事が出来た。
和輝は浮気の心配なんてまるでなし、居心地のいい存在であり安心できる相手だった。
大学卒業後、子供が出来て、結婚して、幸せな家庭を築けていた。
私と和輝の子供、麻尋が3歳になって言葉を喋れるようになり、子供がいる生活がとても幸せなものだと感じていた。
「ねぇ、和輝。見てよ、麻尋が絵を描いたの。可愛いでしょう?」
「絵?あぁ、花か?いいじゃないか」
仕事から帰ってきた和輝は眠る麻尋を見ながら言う。
今日の買い物の時、ノートとクレヨンを麻尋に買ってあげた。
それから彼女はずっと絵を描いていたの。
「……この子、絵を描くのが好きみたいよ。クレヨンを買ってあげたんだけどね、絵を描いてばかりなの。私は絵を描くの苦手だったのに。でも、こういうのっていいわよね」
「そうなのか。絵心ってのがあるのかもしれないな。好きな事をさせてあげればいい」
麻尋の存在は私たち夫婦にとって大事なもの。
けれど、皮肉にも私と和輝は麻尋が生まれてから色々と衝突していく。
どこからおかしくなったのか自分でも分からない。
「……私たち、もうダメなのかしら」
冷え切って行く関係、私は自分の弱さを改めて感じた。
もう2度目の失敗はしたくなかったのに。
和輝との離婚は私にとって麻尋との別れでもある。
子供から離れることの寂しさと悲しさ。
私はホントに後悔ばかりしている……。
和輝と離婚してから数週間後、私は仕事を見つけて一人暮らしをしていた。
不動産会社の事務の仕事にも慣れはじめてきた時、私は亮太と再会をする。
彼は地元企業の営業職についていた。
サラリーマンなんて彼には似合わないと思っていたけど、意外とスーツ姿がよく似合う。
「こうして亮太に会うのは久しぶりね」
「久しぶりって言っても4、5ヵ月ぶりだろ。しかし、お前らが離婚するとはな。いい関係だと思っていたんだが……」
彼に誘われて居酒屋に入った私達。
こんな風に彼と一緒にお酒を飲むは大学時代以来だった。
お酒自体、麻尋を産んでから控えていたし、かなり久しぶりかも。
「まずはおつまみから……これとこれね」
「……お前、今日は僕のおごりだからって勢いよく飛ばし過ぎ」
「いいじゃない、たまにはパーっと騒ぎましょうよ。今の私はそういう気分なの」
離婚以来、沈み切っていた気分を変えるいい機会だと思えた。
亮太は私に苦笑いを浮かべながら日本酒を飲み始める。
「うわっ、亮太ってホントにおっさん臭くなったわ」
「僕はまだ26歳だぞ、26。世間ではまだ青年と呼ばれてもおかしくない年頃だ。おっさん扱いはやめてくれ」
「……私も同じ年齢なんですけど?」
「そりゃそうだろ。同い年の幼馴染なんだからさ」
私は冷えたチューハイを飲みながらおつまみの唐揚げに手を伸ばす。
久しぶりの亮太との再会、嫌な気分をすべて吹き飛ばしてくれるような気がした。
「……ねー、亮太。最近、女性問題は起きてないの?」
「女性問題って失礼だな?女性関係と言ってくれ」
「どっちでもいいじゃないのよ~。和輝にとってはすぐに関係は問題になるわけだし」
「お前、酔ってるなぁ……。あんまり酔うなよ」
そう言うけども、酔わない方がおかしいのよ。
昔の亮太なら既に私と同じ状態になっているはず。
「……それで、どーなの?恋人はいるの?いないの?」
「いないよ、今はな。大学卒業してからは遊び気分で付き合う気もなれなくてな」
「そう言いながら合コンいきまくってるんでしょ?また女の子泣かせて……亮太は清純な女の子を泣かせる才能に満ち溢れているもんねー、あはは~っ」
「おい、こらっ。人をひどい奴みたいに言うなよ」
彼は呆れた声で私にそう告げた。
そんな彼とのいつものやり取りが私に思わぬ発言をさせてしまう。
「――だって、私も泣かされた美少女の一人じゃない?忘れたわけ?」
お酒の勢いって言うのは怖い。
私が素面じゃ絶対に言わない一言を簡単に引き出してしまうから。
「奈々子。お前、自分が何言ってるか分かってるのか?」
「ホントのことだもんっ。私は亮太にいっぱい泣かされました~。愛したり、いろいろとしてあげたのに……亮太ってば私の事より、他の子と遊んでいる方が笑顔だったりしてつまんなかったもん。“奈々子”はそれが寂しかったの」
頭がぼーっとするくらいに酔った私は彼に言葉を紡ぐ。
「……亮太、私の事はまだ好き?」
「おいおい、いいのかよ、そんな事を聞いて。お前なぁ……」
「言ってよ。私、もうフリーだもの。聞いてもいいでしょ?」
言ってはいけないセリフだと気づいていた。
けれど、思考能力が低下中の私にはその台詞を止める事はできない。
「……その辺でやめとけよ、奈々子。お前は酔ってるんだからさ」
彼の一言が私の胸を締め付けてくる。
私なんてもう相手にもしてくれないのかなって。
「そうよねぇ……答えてくれるわけなんてないか。私はこの前まで和輝と結婚した身で、子供までいたんだもんね。そんな女が亮太に今さら好きなんて言ってもらえるわけないか。私から言ったんだもの、幼馴染のままでいたいって……」
「奈々子、僕は別にそんな事を責めているわけじゃない。お前が結婚したからとか、子供を産んだとか、それは奈々子の人生だろ?否定なんてしないよ」
「……だから、私は前に進みたいのよ。卑怯でずるいと言われても、私は一人でいるのが嫌なのよ。12年前、私は亮太と別れたことを今でも後悔し続けているんだ」
和輝じゃダメだった、どうしても埋めきれなかった心の隙間。
12年間の遠回りして改めて気付かされたその気持ち。
「そうだな。それじゃ……こうしよう。奈々子、お前が明日もその記憶が残ってたらもう一度付き合うか。素面で告白してこいよ。そうしたら考えてやる」
私の頬にそっと亮太は触れて優しく言った。
「……覚えてたら、いいなぁ」
私は意識まどろのみの中へ沈み込ませていく。
お酒の勢いだけの告白……はたして私は覚えているかな。
翌朝、目が覚めた私は……ベッドの隣に亮太がいることに対して激しく驚愕させられる。
「な、何で、こいつが隣にいるのっ!?」
「ん……何だ、起きたのか」
「一発で目が覚めたわよ。ほら、起きなさいっ!ベッドから出ていけっ!!」
私は彼をベッドから蹴り落として身の安全を確保。
とりあえず、チェック……よし、別に昨夜何かあったわけではなさそうだ。
「ぐはっ、いてぇ……奈々子、お前はいきなり何しやがる」
「それはこちらのセリフよっ!」
ベッドから落ちて頭を押さえる亮太。
私は彼に「何をしているのよ?」と強い言葉で責める。
「お前が居酒屋で寝てしまったんだろうがっ。いてぇよ。お前なぁ、全然、起きないからしょうがなく部屋に送り届けてやったら、お前が全然、俺の手を離してくれなくてなぁ……あぁ、昨日の酔った奈々子は素直で可愛かったぞ」
「う、うるさーいっ!余計な事を言わないで」
私は顔を赤らめてただひたすら照れるだけだ。
あーっ、恥ずかしくて穴があったら入りたい。
私がものすごく自己嫌悪に悩まされていると……。
「――それで、昨日の事は覚えているのか?」
「え?昨日?えっと……何か話したっけ?」
「……そうだよな、お前が覚えているわけないよなぁ」
彼はなぜかガックリと肩を落とした。
私、何かしたのかしら?
「ちっ。もういいや。奈々子、一度しか言わないから聞け……僕と付き合えよ。お前、今、フリーなんだろ?いいじゃん、僕もフリーだからさ。いい機会じゃないか?」
「え?えぇ!?な、何でいきなりそんな話になるのっ!?」
「……いきなりじゃねぇよ。お前、覚えてないのか?昨晩、お前、僕に告白したんぞ?」
「ちょっと待って!?え?私は……その、えっと、あの……」
昨日の私、何をしているのと責めたい気持ちがあるけれど。
それよりも今、告白されている事が嬉しくもあって。
「少しだけ考えさせてくれない?今、ワケ分からないこともあるし」
「まぁ、僕はいいけどな……。10年以上待ってるんだ。あとどれくらいでも待つさ」
「何かすごい一途なセリフを言ってるように聞こえるけど、その10年ちょっとの間に二桁以上の女の子と付き合ってた事実はどうなのよ。結婚してた私が言えたセリフじゃないけどさぁ」
私達は互いの顔を見合いあって、何とも言えずに笑い合う。
「大切なのはこれからだろ?と言い訳をして見たり。今度は不安になんてさせないからさ」
亮太の言葉、何だか今度はうまくいけるような気がする。
11年以上の月日をめぐり、再び私達の恋は再始動した……。